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27 塗りつぶされた過去

 タツキの剣が俺の胸に突き刺さる寸前で止まる。明らかに動揺しているようだ。


「お前……誰なんだ?」


 タツキの刃の握り方には見覚えがあった。人差し指の位置が峰に掛かっている、少し特殊な握り方だった。


 それはまさに、俺が転生する原因となったナイフ男の握り方と酷似していた。


「俺はお前に刺されて死んだ男だよ。まさかどっちも転生していたとはね」

「……」


 タツキが放心状態になった。その隙を見て、俺は転がりなんとか刺される危機を脱した。


 俺の方が死んだのは先だ。しかし今までの様子を見るに、タツキの方が先に転生してきたようだ。


 ここで時系列が狂っているため、タツキがいつ頃からこの世界にいたのかは想像がつかない。しかし、それよりも聞きたいことがあった。


「死ぬ直前、あんたが震えていたのが見えた。本当は人を殺すつもりなんてなかったんだろ? それなのに、こっちの世界では一切躊躇いが無い。一体何があったんだ?」

「……」


 タツキは無言を貫いたままだ。顔は反対側でよく見えない。俺は警戒しながらも、タツキに近づこうとした。


ズギャァァァァ!!


 地面ごと抉る斬撃、一歩ズレていたら死んでいた。さっきの攻撃とは比べ物にならない威力だった。


「うわぁっ!!」


 俺はなんとか態勢を立て直す。しかしタツキの放ったその斬撃は、ブレているように見えた。俺を狙うならもっと正確に打ってくるだろう。だからこそ、俺でもかわすことが出来た。


「お前……お前のせいで……」


 タツキは肩を小刻みに震わし、呟いた。


「お前とあのおやじのせいで、俺はおかしくなっちまったんだよ!!」


 俺のせいで? タツキが何を言っているのかが分からない。前のような落ち着きのある話し方ではなくなり、明らかに動揺しているのが見て取れた。


「お前の言う通り、俺は人を殺すつもりなんてなかった」


 ナイフだってただの飾りのつもりだったんだ、と吐き捨てるようにタツキは言った。


「それなのに、勝手な正義感であのおやじが来やがったんだ」


 タツキの怒りで冷気が増す。空気中の水蒸気すら凍り、俺の頭や体を掠める。しかし痛みではなく、触れた氷から何かを感じた。


 これは、記憶か? タツキから目を逸らすのは危険だと分かっていながらも、俺はその氷に意識を集中させた。



「ナイフを置きなさい!」


 おやじが自分に話しかけてくる。俺も見たことがある光景。これはタツキの記憶? そうだ、俺はこのとき関わりたくなくて、踵を返したのだった。


 周囲には大量の野次馬。自分の体じゃないのに、タツキの焦りが伝わってくる。服の下を汗が伝い、体の表面だけが冷たい。


「私だって、どうにでもなれと思うことはあるさ。それでも、毎日を生きてる」

「うるせぇ!!」


 ここは俺が聞いていなかった会話だ。踵を返した後だろう。ただ、おそらく聞いていたとしても、おじさんが立派だという感想しか抱かなかったと思う。


 しかしタツキの記憶だからか、今はそれとは異なる感想が出てくる。


(このおやじは独りよがりだ。家族もいるし頼れる人間もいる。その前提を当たり前かのようにして、俺に投げつけてくる)


「君にだっているだろう? 愛している人とか家族とか! 私は君に死んでほしくないんだ!」


(なぜいると決めつける? 俺のことなんか何も知らないのに。死んでほしくないのはお前が嫌な気持ちになりたくないからだろう)


 タツキの心の声が流れ込んでくる。


「ほら、君もまだやり直せる! こっちへ戻ってくるんだ!」


 そう言うと目の前のおやじはこちらへ近づいてきた。その一歩一歩が恐怖に包まれている。タツキの手を取ろうと、おやじが自分の手を伸ばす。


 タツキは恐怖で振り払おうとしたが、その手にはナイフがあった。ナイフの切っ先はおやじの伸ばした腕を掠め、それを見た通行人が悲鳴を上げた。


「きゃぁぁぁ!!」


 目の前でおじさんが腕を押さえる。赤い血が鮮明に見えた。それだけが、世界と分離してタツキの視界に流れ込んできた。タツキは足が震えて動かない。


 止血、ガーゼ、救急車……頭の中では色々な解決策が浮かんでいる。しかし身体と連動しない。ただじっとりとした汗が噴き出していた。


「……あっ」


 何か声が聞こえた。横からだ。視線を向けると、そこには男が宙を舞っていた。俺だ。


 自分で自分を見るというのは変な感じだが、改めて不可解な行動だった。理解する間もなく、ナイフに俺の体が突き刺さった。


 血が止まらない。さっきのおやじが俺を介抱しているのを、タツキはただぼんやりと眺めていた。


 とうとう足に力が入らなくなり、すとんと膝から座り込む。目はうつろ。俺が最期に見たタツキの目と同じだ。


 俺が死んだことが周知となり、場は凍り付いたように静まった。しばらくして、腕を押さえたおじさんが口を開いた。


「あんた、やっちまったな。牢獄で反省してくれ」


 諦めたような目。タツキが何度も向けられた目だった。そうか、さっきまでの言葉は嘘だったのか。俺が人を殺した途端、ゴミのような目を向けるのか。


 ここで俺とタツキの考え方に大きな乖離が生じたような気がする。感覚がタツキからはがされそうになった。しかしここで抜けてしまえば先を見ることは出来ない。俺はなんとかしがみついた。


(ナイフが肉を裂く感覚、慣れてくると面白いな。人を殺すって、思ったより大したことないな)


 どんどんタツキの思考が自分から離れていく。それでも必死に食らいつくが、意識が遠のいていくのは時間の問題だった。


(……力があれば全部壊せるのにな)


 最後に聞こえてきたのは、タツキの今を表す言葉だった。



「気を乱した。もう終わりにしよう」


 タツキの声でハッと我に返る。感覚が戻ってきた。ただ、実際に記憶を見ていた時間は1秒程度だったようだ。傷口も増えていない。あの一瞬で大量の情報が流れ込んだのだろう。


「あんたの過去が分かったよ、タツキ」

「嘘を言うな! もう俺は乱されない」

「自分を勝手に決めてくる人間が嫌だった。前提を押し付けてくる人間が嫌だった」


 俺の言葉にタツキの肩が揺れた。眉間にしわが寄る。


「あんたは、本当は人を殺したくなんかない。現実を認めたくなくて、無理やり人殺しが楽しいというベールで自分を覆ったんだ」

「何が分かるんだよ……お前に! 何が!」

「分からないよ! でもそれでいいんだろ? 分からないなりに寄り添ってほしかったんだろ!?」


 タツキの心が揺らぐのが見て取れた。チャンスはここしかない。俺はさっき散った魔力を瞬時にかき集めた。結局ここで魔力を持っていないのは俺だけだ。小瓶が砕けて散ったとしても、魔力を使うことはできる。


「させるか!」


 相も変わらず戦闘スキルが高い。タツキは瞬時に見抜き、魔力が溜まっている俺の手を腕から切断しようとしている。俺と魔力を無理やり剥がそうとしている。魔力を集めたところで、属性の配分を考えなければならない。今タツキに攻撃されれば、俺は攻撃を打てずに死んでしまう。


「本当にイライラさせてくれる、さっさと倒しておくべきだったよ」


 タツキが踏み込んだその時、ガクンとタツキの動きが固まった。


「は?」


 タツキが踏み込む直前、ピキッという音がした。アーノルドやユキが出てきたときと同じ音。何が起こったんだ、新しい敵か?


 魔力の構成を考えながらも、俺はタツキに目をやった。頭から順にみていくが、外見に変化はない。タツキが下を向いた。そこには手がへばりついていたのだ。


「誰だ!?」


 タツキは無理やり剥がそうとするが手はどかない。フィオナとジャムはさっき後ろに飛ばされたはず。当たり前だが、グレゴリーが突き飛ばされた壁も動きはない。


 ラウドが助けに来てくれた? いや、通信によればラウドが一番重傷だったらしいし、そもそも下から這い出てくるのがおかしい。


 ボコッという音とともに、手の持ち主が顔を表した。


「まだ死んでないのは、君だけじゃないよ。タツキ君」


 ランス!! 明らかにボロボロだったが、生きていた! なぜ? 話では死んでいたはずだったが。


「……何で生きてるんだよ! しつこい奴だな!!」

「しつこくもなるさ。どうしても生かしたい人がいるんでね」


 そう言うとランスは俺の方を見て叫んだ。


「今だ!!」


 ランスのお陰で調合は間に合った。俺は最大威力の魔法を打つ。


「なんで……瓶は破壊したはずだろ!!」

「俺は魔力が無いんだ。だから、空気中のすべての魔力を使える! お前は氷魔法しかない。お前がいくら魔法を使ったところで、俺の魔力は奪えない!」


 タツキが焦ってランスの腕を踏みにじる。しかし、それでもランスが手を放す事は無かった。


「やれ! レイジ!!」


 最大火力のエネルギー砲は、タツキを正確に射抜いた。ランスを巻き添えにして。


お読みいただきありがとうございます! 次回は遂に最終回です!

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