26 黒の衝撃
タツキが黒い斬撃を飛ばす。
「レイジさん、危ない!」
間一髪、フィオナが風魔法で軌道を逸らした。それでも俺の顔をかすめて頬に冷たい線が走る。
すれ違いざま、俺はその黒い斬撃の正体を悟った。氷の刃に泥を混ぜ、さらに硬度を増したものを飛ばしていたのだ。普通じゃ考え付かない、恐ろしい発想だ。
背後から轟音が聞こえる。後ろの壁に斬撃がぶつかり、粉々に弾け飛んだんだ。
「くっ!」
フィオナが風のバリアを張る。前方からの衝撃を防いでも、壁から跳ね返った余波が襲いかかってくる。まともに受ければ即死級の一撃だ。俺はただ立ち尽くすしかなかった。
もしフィオナがいなければ、この場で命は尽きていた。だが、そのフィオナもすでに肩で息をしている。たった一撃でここまで追い詰められるのか。
「やっぱり君は弱いねぇ。前から魔力を感じなかったし、分かってはいたけどさ」
タツキの声は退屈そうだ。完全に俺を見下している。
だが――この距離、この状況。ポケットの小瓶に残された魔力をすべて解放すれば、勝機はあるのではないか。希望が頭をよぎる。
俺が小瓶に手を伸ばした瞬間、パキッと音が響いた。タツキからではない、横方向からの音。
「はぁ、はぁ……ありがとうございます、タツキ様」
声とともに、氷の繭から姿を現したのはアーノルドとユキだった。怪我は負っているものの、切り傷であることからランスの攻撃は受けていないことが分かった。
「ここは我らにお任せを」
「君たち、本当にできるのかなぁ? 前も失敗したじゃない」
「一分で片付けます」
「言ったね」
次の瞬間、アーノルドとユキが音を置き去りにして襲いかかってきた。フィオナは風魔法で防ぎ、俺も小瓶の魔力を開放してなんとか支える。俺はアーノルドの攻撃の隙を狙い、一撃を入れた。
「まだだ!」
アーノルドは剣を地面に突き立て、全身で衝撃を受け止める。以前は盾を持っていたはずだ。ランスたちとの戦闘で壊されたのだろうか。そんな思考をする間もなく、次の斬撃が迫る。
「……サナのところに行かなくていいんですか!」
「うぉぉ!」
叫びは届かない。アーノルドの瞳からは光が消え、ただ命令に従う機械のように剣を振るってくる。
一方のフィオナも苦戦していた。ユキの手にあるのは二本の短刀。無駄のない動きと連動して、隙がまるでない。フィオナの風魔法はことごとく押し返されていく。
「それなら……!」
フィオナの周囲に風が渦を巻き、竜巻となって体を覆う。捲れ上がった氷の粒も風に乗って舞い上がった。
「無駄だ!」
ユキが短刀の一本を投げる。だが竜巻の中にフィオナの姿はない。
「どこに――」
声を出す間もなく、背後から。風で身体を押し下げたフィオナが姿勢を変え、背後を突いた。クレアとの戦いで用いた戦法だ。
「ここだぁっ!」
バリアとなっていた風を一気に放出。氷粒を巻き込み、銃弾のようにユキへ殺到する。轟音とともに土煙が舞い、確かに直撃したように見えた。
「きゃあっ!」
だが響いた悲鳴はユキではなく、フィオナ自身のものだった。彼女の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
「とどめだ!」
その隙を見逃さず、アーノルドがフィオナに飛びかかる。俺は咄嗟に土魔法と風魔法で煙幕を作り、彼の進路を阻んだ。
「くそっ!」
アーノルドは距離を取り、剣で煙を裂いて視界を確保する。
なぜフィオナがやられたのか――その答えはすぐに明らかになった。彼女が放ったはずの氷の粒が、そのまま逆流してきたのだ。
「ぐっ……きゃあぁ!」
無数の氷塊がフィオナの身体を切り刻む。皮膚に触れるたび、赤い飛沫が凍りつくのが見えた。
血が地に落ちる前に氷に閉ざされる。タツキが放ち続けている冷気だ。タツキは横で退屈そうに寝そべっているだけだというのに。
「フィオナ!」
俺はアーノルドが距離を取った隙を逃さず、火と風を組み合わせて熱風を放った。氷は一気に溶け消える。
「チッ」
ユキが先ほど投げた短刀を回収し、再び構えを取る。その冷静さに背筋が凍る。あの膨大な氷粒を、ただ一本の短刀で全て打ち返したのだ。ゴールドランクの恐ろしさを改めて思い知らされた。
「はぁっ!」
気付いた時には遅かった。視界を取り戻したアーノルドが斬りかかってくる。避けられない――
「伏せろ!」
背後から声。そしてキィンと金属がぶつかる音がした。
「グレゴリーさん!」
俺の前には駆けつけたグレゴリーの姿があり、アーノルドの攻撃を剣で受け止めてくれた。伏せる余裕のなかった俺は衝撃で吹き飛ばされ、ローブは無残に裂けたが、命だけは繋がった。
「ならまずは一人!」
ユキがフィオナにとどめを刺そうとする。だが、その刃は別の剣によって弾かれる。
「僕もいますよ」
ジャムだった。彼の剣さばきでユキの短刀は二本とも宙を舞う。
「ケガを負っていたはずじゃ?」
「最後の力を振り絞って、ミゼルが治してくれたんだ。彼女は安全な場所に隠したよ」
「最後」という言葉に胸が痛む。ランスの顔が脳裏をよぎる。だがミゼルが無事で本当によかった。
「みんなで倒すぞ!」
グレゴリーとアーノルドが再び激突する。だが次の瞬間――
「はい、時間切れ」
アーノルドの剣が宙に舞う。彼の腕ごと。
理解が追いつかない。タツキの手に握られた氷のナイフを見て、ようやく状況を悟る。
「やっぱり期待外れだったね。消えてよ」
タツキが残りの体を蹴飛ばした。アーノルドはそのままユキの元へ吹き飛び、二人まとめて壁に叩きつけられる。
「君の持ってる小瓶、面白いね。色んな属性を使える人間は初めて見た。もっと遊びたいけど……もう飽きちゃったな」
タツキが一気に距離を詰める。氷の刃が振り下ろされ、俺の顎をかすめ――ポケットの小瓶を直撃した。
小瓶の砕け散る音。魔力を示す光が虚しく消えていく。
「君自身はもう面白くない」
返しの太刀が這い上がり、俺の首筋を狙う。
「あぶない!」
グレゴリーが剣で受け止めた。俺は必死に姿勢を低くした。だが次の瞬間、グレゴリーの剣は粉々に砕け散る。
「そんな……ばかな……」
ゴールドランクの剣士を支えた剣が、いとも容易く縦に断ち割られた。その衝撃は俺たちに十分すぎる絶望を与えた。
「邪魔だな、ほんとに。消えろよ」
タツキのナイフが、無情にグレゴリーの胸を貫いた。
「グレゴリーさん!」
「逃げ……」
言葉を言い切る前に、タツキの蹴りが横腹を打つ。吹き飛ばされた先で壁が崩れ、轟音が響いた。
「そんな……」
ジャムの剣が手から落ちかける。同じ剣士として、短い時間でもグレゴリーを尊敬していたのだろう。その喪失感は俺も同じだ。
「……このっ!」
感情的になったフィオナが風魔法を最大まで高めて放つ。おそらく小瓶から散った風の魔力を吸収し、威力を増幅させたのだ。
「はぁっ!!」
空気そのものを裂く風の砲撃。その威力に周囲の空気も渦の様にねじれる。しかし――
「えっ」
タツキは瞬時に見切り、横合いから切り裂いた。
「うわぁっ!」
爆風が吹き荒れ、俺たちはまとめて吹き飛ばされる。姿勢を低くしていた俺ですら、かなり弾き飛ばされた。ジャムとフィオナがさらに遠くで動かなくなっているのが見える。
「ねぇ、もう終わっていいかな?」
目の前にタツキの顔。完全に詰みだ。
「最期に言い残すこととかある? 君は転生者だから、二回目か」
「……」
「無いなら――」
剣が心臓を狙う。その寸前、俺は口を開いた。
「……お前、あのときのナイフ男だろ?」
お読みいただきありがとうございます! いよいよクライマックス! 最強の黒い転生者、タツキを倒す方法はあるのか...!?




