24 最期の言葉
彼がその姿を現した途端、避難していた人々の半分が恐怖から気を失って倒れた。
立っている人間も、その震える足を押さえるので精いっぱいだった。
「そんなに怖がらないでよ。殺しがいがないなぁ」
なんの悪びれも無くタツキは呟いた。人を殺すことに一切の躊躇いが無いんだろう。
「あれ、君たちじゃないか! やっぱり生きていたね」
タツキは俺やラウド達を見て元気そうに言った。その直後、2人の人影がタツキの後ろに現れた。
「……アーノルドさん! ユキさん!」
その姿はボロボロだった。かろうじて生きている、いや、無理やり生きさせられているという言い方の方が正しい惨状だった。
「やっぱり知り合いだったかぁ、だから手を抜いてしまったんだね。もう俺が完全に支配したから大丈夫だよ」
その瞳には光が無く、ただ操り人形のように動いていた。一体どんな仕打ちを受けたのか、想像もできなかった。
「うわぁぁぁ!!!」
震えていた住人のうちの一人が叫び声をあげて逃げようとする。恐怖に耐えきれなくなったのだろう。しかしその恐怖で歪んだ顔は、すぐに粉々に切り刻まれた。
「俺の前で喚くな、耳障りなんだよ」
その横暴さに全員が震えあがる。声を上げる者はいなくなり、静寂が訪れた。
「……どうしてこんなことをするんですか」
周囲が静まるなか怒りを煮えたぎらせた俺は、相手の目も見ずに聞いた。まともな答えは返って来ないだろうが、つい聞いてしまった。
「うーん、難しいことを聞くね。俺が強いからかな?」
彼がそう答えた瞬間、5人が飛び出すのが見えた。グレゴリーを先頭に、ラウド、ミゼル、ジャム、そしてランスが飛び出した。
「俺たちが止めるから今のうちに逃げろ!!」
そう言うと5人はタツキに突っ込んでいった。勝ち目がないのは明らかなのに。
「無理だ! みんなでなんとか逃げて……」
「それができねぇのは明らかだろ!」
俺の忠告はラウドに遮られた。確かにこのままでは全滅だ。しかし心がついて行かない。
そうだ、小瓶に入った魔力を全て使えば何とか……その考えは、ランスに遮られた。
「レイジ君。君が皆を先導して、1人でも多く生き残るんだ!」
そう言うとランスはもう振り返らなかった。俺はランスが、まだ小瓶を使うなと伝えているように見えた。
「ランス!! みんなぁ!」
「……急いで逃げるぞ!!」
コルアが俺の手を掴む。俺はまだ途方に暮れたまま、彼らを見ることしかできなかった。
「何とか助け……」
「あいつらがこんなんで死ぬわけないだろ! それにこの人たちを逃がすことを望んで、あいつらは飛び出したんだ!」
俺は無言のまま、先頭へ飛び出した。全員が俺に注目する。
「逃げましょう! 1人でも多く!!」
「私が風魔法を後ろから打ちます! 風に乗って進んでください!」
フィオナも叫ぶ。気絶した人間たちも、風魔法を使って無理やり押し出す。
「俺から逃げようとしてるの面白いなぁ、無理でしょ」
タツキから黒い斬撃が飛ぶ。
フィオナとクレアがなんとか風で向きを変えるが、それでもこちらへ向かってくる。斬撃の周りの衝撃波だけで、何人もが吹き飛ぶ。
「ぐはっ」
「グレゴリーさん!」
ゴールドランクのグレゴリーですら、斬撃を受け止めるだけで精いっぱいだった。たったの一撃で盾が破壊される。
「まずいっ!」
ランス達が防ぎきれなかった斬撃が俺たちの方へまた向かってくる。
「走るんだ! なんとか逃げよう!」
「無理だよ、君たちはもう袋のネズミなんだから」
そう言うとタツキは、アーノルドとユキを俺たちの方へ向かわせた。
「させるかよ!」
ラウドとジャムが応戦する。決してこちらへは向かわせないという強い意志を感じた。
「くっ、なぜ……」
以前は簡単に制圧できたのに粘る彼らを見て、アーノルドたちは驚きを隠せない。
「前は疲れてたからな。それに、今はどうしてもお前らを先に進めらんねぇ!!」
ラウドが剣を振り、アーノルドの盾にひびが入る。しかしアーノルドもやられてばかりではない。すぐに反撃した。
「アハハ! 無理だよ、無様だなぁ」
タツキが高みの見物で高笑いする。その声が、トンネルを介してこちらまで響いてくる。
俺は怒りに震えた。逃げながらも、全力で言葉を投げ返した。
「絶対にお前に勝つからな! アーノルドもユキもお前も、俺が全員辞めさせてやる!!」
黒い斬撃は止まない。そこから俺たちは振り返るのをやめた。ただ前を見て突き進む。
「これは……まずいな」
戦いの中、ランスは明らかに劣勢に立たされていることを悟っていた。
そうなることは分かっていたが、それでもレイジたちを逃がすためには時間を稼ぐ必要がある。
タツキだけでも勝ち目がないのに、アーノルドとユキにラウド達が取られてしまっている。
ミゼルとランス、そしてグレゴリーの3人でタツキと対峙するのは、さすがに無理があった。
「ねぇ手下になってよ、君たちが仲間になれば更に支配が加速するからさぁ」
タツキにはダメージを与えるどころか、攻撃を防ぐので精いっぱいだった。
それでもランスたちの隙間を潜り抜け、攻撃はレイジたちの元へ向かってしまう。
「きゃぁっ!」
ミゼルがとうとう斬撃に耐えられなくなり、飛ばされてしまった。
「ミゼル!!」
「気を抜くなよ?」
「ぐはぁっ……」
ミゼルの悲鳴に気を取られたラウドが、アーノルドの攻撃をもろに喰らってしまった。ジャムはユキにかく乱されて、少しずつダメージを受けている。
グレゴリーも剣で斬撃を相殺するのに精いっぱいで、疲れが見て取れる。ランスもグレゴリーのお陰で持っているだけで、このままでは持久戦にすらならない気がした。
「どうすれば……」
ランスは攻撃を受け流しつつ考える。レイジ君ならこういうときどうする?
ランスはひたすらに模索した。レイジとの今までの出来事、会話を思い出す。
(「同じ魔力を連動していれば位置情報も分かるはず、これでGPSの完成だ」)
あの時の発想を応用すれば!
しかし今ここにフィオナはいない。風魔法を使って何か作戦を起こすことは出来なかった。
「……そうか、これなら!」
やれるか? ランスの心に疑問がよぎるが全力で抑え込む。
やるんだ。ランスは剣で斬撃を相殺しつつ、グレゴリーの近くへと向かった。
「ランス君! 持ち場を離れたら危険だ!」
「作戦があるんです……」
「火魔法を? 本当にいいのか?」
「はい」
ランスは鞘をグレゴリーに預けて、また持ち場へと戻った。
「もう、単調だなぁ。手を抜いたらもう少し面白くなるかと思ってたのに」
タツキの攻撃がやむ。ミゼルとラウドは気を失い、ジャムもこらえるので精いっぱいだった。
しかしすぐに、とんでもない攻撃が来ることは分かった。相手が自分たちを殺す目をしていたからだ。
「最後に言い残すことはあるかな?」
「そうだね……消えろクソったれ」
ランスはそう言うと剣をタツキに向けて投げた。しかしバリアで遮られ、剣は粉々に粉砕されてしまう。
「これが最後かぁ。クックック、面白いなぁ君!」
「……作戦通りだよ」
ランスは呪文を唱える。唱え終わると、ゴポッという音とともにとんでもない水しぶきが打ちあがった。
「水魔法、奥義」
「タツキ様!」
アーノルドたちがすぐに駆け寄ろうとするが、あまりの水流に飛ばされる。
「グレゴリーさん、お願いします!」
グレゴリーは気絶したミゼル達を抱え、水流を足場にして一気に飛んで行った。
ランスにアイコンタクトされたジャムも、よく分からないまま彼の後を追った。
「逃がすためかぁ、一本取られたよ。でもこんな水遊びで俺を楽しませられるかな?」
「確かに逃がすためだよ。でもそれは君からじゃなくて、僕から逃がすためだ」
そう言った瞬間、シューという音とともに何かが水に触れた。ランスの剣の鞘だ。
「チッ、まさか……」
ランスはグレゴリーに、鞘に火の魔法を最大まで注いでもらっていた。
「鞘が形を保ってくれてよかった、これで僕の作戦は成功だ」
「ありがとう、レイジ」
鞘が水に触れる。とんでもない爆音とともに、水蒸気爆発が起こった。
轟音とともに視界が真っ白に染まり、熱風が皮膚を焼いた。呼吸すら奪われ、ただ水と蒸気に呑まれていった。
爆発で押し出された水が、一気に俺たちへ迫ってくる。
「な、何あれ!?」
フィオナの声は恐怖に震え、風魔法でもその奔流を押しとどめられない。
「ランス……!」
水に呑まれながらも、俺は必死にランスの名を呼んだ。しかし意識は闇へと沈んでいった。
――目を覚ましたとき、ランスの姿はどこにも無かった。




