23 黒い悪夢
「お爺ちゃん!」
轟音に驚いて目を覚ましたサナがクランツへと駆け寄る。サナをなだめながら、クランツは言った。
「悪いことは言わない。お前さんも早く逃げるんじゃ。もうすぐここも危険になる」
クランツはサナにコートを着せ、自分も荷物の整理を始めた。サナも事実を理解し始めたのか、素直にクランツの言うことにしたがって準備をしている。その中で、俺は立ち尽くしていた。
「……できません」
「レイジ君? さっきも言ったがあやつのランクは黒。到底かなう相手ではない」
「それでも仲間が心配です。俺は街に戻ります」
「そうか……仲間を見つけ次第すぐに非難するんじゃぞ」
クランツの忠告に俺は返事をしなかった。サナの手が俺の服を掴む。「行かないで」と言葉にはしないが、その震えが全てを物語っていた。
「必ず戻るよ」
嘘でもいい。俺はそう言い残し、玄関のドアを閉じた。
「……レイジ君」
「どわぁぁぁ!!」
また後ろにクランツがいた。ずっと引っ付いてきてたのか。本当に気配消すの上手いなこのじーさん。
「儂が前に渡した小瓶、新しくなっているな。これなら複数人の魔力を、属性ごとに保存することが出来る」
属性ごと、それは攻撃の多様化を意味する。今までは水魔法と風魔法のそれぞれしか使うことが出来なかった。
「この世界の魔法は火、水、土、風の4つ。基本的に1人1つの魔力属性を宿している」
なるほど、だから皆1つの属性しか使っていなかったのか。フィオナの風、ミゼルの土、ランスと映画館の2人、コルアは水属性だ。
「もし違う属性を使おうとすれば、普通は自分の魔力に引っ張られて失敗する。しかしお前さんは魔力が無い。もしタツキと対峙しても、複数の属性を組み合わせれば目くらまし程度にはできるじゃろう」
そう言うとクランツは、自分の魔力を小瓶に入れてくれた。入れ終わった瞬間、クランツは膝から崩れ落ちる。
「大丈夫ですか!?」
「儂も衰えた。魔力はそこまで多くないが、出来る限りの火属性は入れておいたぞ」
小瓶の一部が、赤く光ったのが見えた。これもあのジェファー師匠のなせる業だろう。後で、皆にも魔力を分けてもらおう。俺は小瓶をローブの内側へ仕舞った。
「では、行ってきます」
「儂はなるべくサナを安全な場所へ連れて行く。アーノルドたちが気になるのは確かじゃが、レイジ君の命を優先してほしい」
「わかりました。クランツさん達もお気をつけて」
俺は街へ走った。今までの冒険で、身体能力は格段に上がっていた。ここに来た頃とは比べ物にならないスピードで、俺は街の入口へと突っ込んだ。
「……なんだ、これ」
そこは一面火の海だった。元々何の店があったのかも分からない。柱が倒れて、床が崩れている。人が見当たらない。
もう皆やられてしまったのだろうか。声を出して探したいが、タツキがいる可能性がある以上あまり自分の居場所を晒すわけにもいかない。
「……レイジ!?」
俺が振り返ると、そこにはランスの姿があった。
「ランス!」
「良かった! 詳しい話はあとで。ここは危険だから付いてきてくれ!」
俺はランスに言われるがまま、火の中を走った。事務所へ向かうのかと思っていたが、既に燃やされてしまったらしい。ランスが足を止めたのは、馴染みのある建物の前だった。
「ここって……」
「ここの主人と手伝いの方が水魔法の使い手でね。咄嗟の判断でここは燃えずに済んだんだ。周囲は炎に囲まれていて相手からも見えない」
ここは宿屋。それも俺が前に依頼を解決したハーレント、ノインの営む紙芝居屋敷だった。
「レイジさん、無事だったんですね!」
俺たちが中にはいると、すぐにノインが迎え入れてくれた。立派に自立した彼を見ると嬉しくなる。初めてあったころの気の弱さは、とうに消え去っていた。
「あんた、久々だねぇ」
奥からハーレントも出てきた。相変わらず持ち前の明るさを振舞っている。
「皆も奥で休んでるよ。治療も順調だ。あのミゼルっていうお嬢ちゃんが張り切ってくれてねぇ」
どうやら街の住人はここに避難していたらしい。ミゼルだけでなく、色々なパーティーのヒーラーが協力して怪我人の治療を行っていた。
「それにしても、レイジ君が無事でよかったよ」
ランスが安堵したように溢す。そういえばクランツたちのところに行くと誰にも伝えていなかったな。改めて反省し、俺は皆が避難している部屋へと向かった。
「レイジさん!」
名前を呼ばれて振り返ると、急に手を握られた。
「フィッ、フィオナはん!?」
おそらく世界で一番情けない声が出た。そらそうよ、急に好きな子に手握られたんだから。
「心配してくれたの?」
「当たり前です! 本当に無事でよかった……」
俺たちの様子をランスがにまにましながら見ている。この野郎。再開を噛みしめていたかったところだったが、ラウド達も合流してきやがった。
「おお、無事だったか!俺たちも全員バッチリだぜ」
そう言うラウド達の顔には、炭がついていた。よく見るとランスもそうだ。逃げ遅れた住人たちを避難させていてくれたのは彼らだったのだ。
「皆、ありがとう」
「いいってことよ。ランスが一番心配して、お前のことずっと探してたんだぜ?」
本当にありがたい。俺はランスに改めて礼を言った。
「もう少し雑談していたいところだけど、今は情報の共有が先だ。ここに避難している人も、けが人を除いて全員集めてくれると助かる」
「なんだなんだ?」
「重要な話があるんだってよ」
俺は人々を集めて、今起こっていることの詳細を伝えることにした。全員で考えた方が、いい作戦も思いつきやすい。
「この惨状を引き起こしたのは、タツキという黒ランクの冒険者です」
俺の一言に全体がざわつく。タツキ、という名前を知る者はいなかったが、黒の冒険者が暴れた事件を記事で知っている人は多かった。
「……噂じゃ一晩で街が消えたらしいぜ」
「もう俺たち終わりだぁ!」
「落ち着いてください。今からみんなで、この状況を抜け出す方法を考えたいんです」
俺はクランツから聞いていた、タツキという勇者の情報を全員に包み隠さず話した。
「タツキは転生者で、剣と魔術に長けています。街を滅ぼすことの目的は分かっていませんが、強い冒険者を攫って手下にするという話です」
俺は実際にタツキという人物に遭遇したこと、部下に追いつめられたことを話した。
泣き出す者、怒り出す者。反応はそれぞれだった。
「皆さんが避難できること。それを第一優先とします」
しかし俺はこれだけの人数を安全に避難させる方法を思いつくことは出来なかった。
「そこで、みなさんの意見を募りたいんです。ここにはシルバー、ひいてはゴールドランクの勇者もいる。皆さんのアイデアをお借りしたいんです!」
俺がそう言い放つと、沈黙が訪れた。全員、自分事として全力で考え始めていたのだ。さっきまで泣いていた子どもも、友人と図を書いて話し合っている。
「あの、私の魔法使えませんか?」
手を挙げたのはフィオナだった。彼女の考えた作戦は、竜巻を起こして全員を遠くに飛ばすというものだ。
「確かにそれはいいアイデアですが、タツキは空を飛べるとの情報も入っています。身動きの取れない滞空は、むしろリスクになるかも」
フィオナの意見でも俺は妥協しなかった。皆を救うために。
そこからは、提案と議論が数時間も続いた。提案が底をついてそのどれもが上手くいかないと結論づけられたとき、やはりもう無理なのではという雰囲気が漂い始めた。
「こんなん考えても無駄だろ……」
「どうせ死ぬんだ。最後ぐらいゆっくりさせてくれよ」
「探せばきっと見つかります! みんなで考えましょうよ!」
ランスやフィオナが周囲を必死に励ます。しかし、一度広まった負のエネルギーはあっという間に全体を包み込む。
もうどうしようもないのか。俺も諦めかけていたそのとき、1人の少年が手を挙げた。
「あ、あの、僕1個思いついたんですけどいいですか?」
全員が彼に注目する。おどおどしながらも、少年は自分の考えた脱出プランを述べた。
「空がダメなら、地面はどうですか? 火の被害も受けないし……」
「んーでも、どうやってこの人数を避難させようか?」
「まず水魔法で土を柔らかくして、それを風魔法を使える人を戦闘に押し出していきます。崩れそうになった天井は真ん中あたりで火魔法を使って水分を飛ばして、足りなくなった土は土魔法を使える人が補充するのはどうでしょう……?」
彼の発言に全員が停止した。
「それだ!!」
あまりに完璧な作戦だった。それならば相手に悟られるリスクを最小限に、且つ安全に脱出することが出来る。
「じゃあ、それぞれの魔法が使える人たちでチーム分けしよう」
ランスとノイン、ハーレント率いる水部隊。フィオナとその母親、クレアの率いる風部隊。ゴールドランク騎士グレゴリーの率いる火部隊。ミゼルの率いる土部隊。綺麗に分けることが出来た。
ラウドやジャムなどの剣士たちは魔術よりも剣技を得意とするため、もし天井が崩れ落ちた場合に支える要員として各所に配置することにした。
「……そういえば、レイジはどこなんだ?」
ラウドが尋ねる。まずい、俺が転生者で魔力が無いことがバレれば、タツキの仲間だと思われてしまうかもしれない。しかしここでしどろもどろになれば、怪しまれる。
「レイジ君には指揮を執ってもらおう。今までも僕たちをまとめてくれていたしね」
俺の秘密を唯一知っているランスが助け舟を出してくれた。よし! これで怪しまれずに済む。
「でもよ、それにしても自分の魔力が使える位置で指示した方が良くねぇか?」
誰だ今言ったやつ。多分住人の1人だろうけど。その一言で、全員の視線がまた俺に向いてしまった。
「えーっと、その……」
何かないか? そう思って体をまさぐると、硬いものに手が当たった。そうだ、クランツの小瓶! 別れ際のサナの目が頭をよぎるが、俺は説明した。
「僕は魔力を溜める小瓶を持っています。これはジェファーさんという職人に作っていただいたもので、魔力さえ貯めれば全ての属性魔法を使用できます」
後ろの方でジェファーがドヤ顔しているのが見えた。ポーランを含めた弟子たちが師匠を賞賛する。
「儂が作った小瓶じゃ。相当な量の魔力を貯め込むことが出来る」
「俺は前の戦いでまだ魔力が癒えていません。皆さんの魔力を少しだけ、頂けませんか?」
俺がそう言うと、皆は迷ったような表情を浮かべた。それはそうだ。この世界では魔力はお金のようなものだから。
「じゃあまずは僕から」
ランスが水魔法を供給する。続いて、俺の知り合いたちが次々と自身の魔力を入れてくれた。
「お前には多分これからも世話になる。依頼料ってことで払うよ」
その様子を見ていた住人達も、次々と魔力を支給してくれた。
「ありがとうございます!」
全員に分けてもらい、今までとは比べ物にならない量の魔力が貯まった。募金ってこういうことなんだな。俺は現世で斜に構えて募金していなかったことを後悔した。
「任せたよ、退職代行屋さん」
「わかりました。退職ではないですけど、皆さんを避難させてみせます!」
俺たちは荷物をまとめ、すぐに宿を出る準備をした。いつまでも炎が燃えているとは限らない。火が消えれば、すぐにタツキに見つかってしまうだろう。
「皆さん、準備は良いですか?」
「おー!」
俺たちは班に分かれて、表の庭に出た。タツキの姿は見えない。火も相変わらず燃えている。
「じゃあ僕たちから」
ランス達が水魔法で地面を湿らせた。途端に足が沈む。
「じゃ私たちがトンネルを作ります!」
間を空けず、フィオナたちが風魔法を地面に打ち込む。するとすぐに全員が入れそうな穴が出来上がった。
「中々やりますね」
「お母様に教わっていましたから」
クレアとの仲も穏やかになり、俺は一安心した。2人を中心に作った道を進んでいく。火魔法は壁を固くするだけでなく、燈にもなる。俺たちは地中だったが安心して進むことが出来た。
「じゃあ後ろは固めていくよ!」
ミゼル率いる土部隊が地面を埋めていく。堀ったトンネルがどんどん元通りになっていく。
「……これ、うまく逃げられるんじゃないか?」
「あぁ、まちがいねぇ!」
その場にいる全員がそう思っていた。盛り上がった雰囲気の中、拍手が聞こえるまでは。
パチ、パチ。
地下の湿った空気に、乾いた拍手がやけに大きく響いた。誰も笑っていないのに、その音だけが楽しげに聞こえた。
全員が音のする方向を振り向く。手を叩いていたのはこの作戦を提案した、頭のいい少年だった。
「なんだ君か、脅かすなよ」
1人の大人が近づく。しかし何か少年の様子がおかしい。俺は全力で叫んだ。
「近づくな!!」
一瞬で首がもげた。ボトッという鈍い音とともに、近づいた体が消える。暗い洞窟で、落ちる血の音だけが響いた。
「……え?」
誰もが理解できていなかった。
「ここまで引っ掛かってくれるとは思わなかったよ。俺のこと、随分よく調べてくれたね」
パキ、ミシ……バキッ。骨が鳴る音とともに、少年の体がねじれていく。
「俺がタツキだ。よろしくね」
お読みいただきありがとうございます! 遂にタツキが登場...自分で書いてて恐ろしい...(笑) 高評価感想をいただけると嬉しいです!




