21 吸血鬼の最期
大量の水に視界が奪われる。森の微かな光も、ぼやけて分からなくなってきた。
まずいな、俺こんなところで死ぬのか? せっかく異世界に来たのに、冒険者にもなれず彼女もできず……。だんだん意識が遠のいていく。
「グアァァァァァ!!!」
誰かの叫び声、もう誰が叫んでいるのかも分からない。ラウド辺りが攻撃を避けて反撃に出たのか?
次の瞬間、体が浮いた。周囲の水が離散し、体は地面にたたきつけられる。
「ぐふッ」
俺
がなんとか目を開けると、そこには目を押さえて苦しんでいる吸血鬼バーロウの姿があった。
あまりの苦しさに、コルアが放り投げられるのが見える。これでバーロウが本体のみになった。
「なんだ!? どういうことだ?」
隣でラウドも混乱している。他のメンバーも、次々に目を覚ました。苦しみ続けるバーロウを見て、俺はあることが思い当たった。
「十字架だ!」
「十字架って、お前がくれた十字のダンボールのことか?」
バーロウのかき回すような水魔法によって、ポケットや荷物に入れていた4人分の十字架が目の前に現れたのだ。
「クソっ、なんでこんなもんが……」
俺が異世界から来た事をバーロウは知らない。うろたえようを見るに、自分の弱点が十字架であることも知らないようだった。
「うわぁぁぁ!!」
体が焼けこげるダメージを受けるのに耐えられなくなったのか、バーロウは手当たり次第に水魔法をぶちまける。
しかし、目を覆った状態で四方八方に水を打ち込んでいるので、避けるのは容易だった。水の勢いで土が巻き込まれていく。……これ、使えるかもしれない。
その間にミゼルはコルアを遠くへと投げた。投げた先でコルアが生きてるのかは分からない。
「ハッハッハ、こんなの当たらないぜ!」
「余裕こいてないで、隙を見て攻撃するよ!」
調子に乗るラウドをミゼルが諭す。俺も相手の魔法を避けつつ、攻撃のチャンスを伺っていた。
暫く見ていると、水魔法を打つ方向に一定のパターンがあることが分かった。他のメンバーもそれを察したようだ。
俺たちはアイコンタクトをとる。次に相手が後ろを向くとき、一斉に攻撃を仕掛けよう。バーロウが後ろを向く、前の動作を取った。
「今だ!!」
ラウドの合図で、俺たちは間合いを詰める。ラウドとジャムは武器で、俺とミゼルはそれぞれの魔法をバーロウの体に打ち込もうとした。
「このときを待っていた! お前たちが1か所に集まるこのときを!!」
バーロウはニヤリと笑い、水魔法を打ち込む。それは俺たちの方向ではなかった。しかし、今までのパターンに従った方向でもなかった。
「関係ねぇ、行くぞ!」
ラウドが切り込もうとしたその瞬間、バーロウの姿が見えなくなる。消えたわけではない、高速で移動したのだ。
「はぁっ、やっと壊せたぜ」
バーロウが水魔法を打った先には、ボロボロに溶けたダンボールがあった。それは十字架の消滅を意味する。
「目を隠していても、最初に見た場所くらい覚えてる。お前らに隙が出来るのを待ってたんだよ!」
全部作戦だったのか……こいつ頭が切れる。暗雲が立ち込める。それは俺たちの未来を指しているようだった。
力を取り戻してしまえば、またあの威力の魔法が来る。どうやって戦う……? すでに俺だけでなく、全員が満身創痍だった。
「どうする? もう相手を弱らせられないぞ」
「今考えてます! うーん」
俺が考えている間にもバーロウはすぐに技を打ってきそうだ。すぐに結論を……。
俺は思いついた作戦を、フィオナの風魔法を使って全員の耳にのみ伝達した。
「そんなん無理だろ!」
「本当にうまくいくのか?」
実行役のラウドとジャムは半信半疑だった。それでもやるしかない。
「何を話しても、もう終わりだァ!!!」
バーロウが水魔法を打ってきた。さっきよりも広範囲、躱すのは絶望的だった。
「今だ!」
ミゼルが土魔法を打ち、俺たちの目の前にある土が盛り上がって壁を作った。しかしバーロウの水魔法は、妨げられもせずに土壁を破壊する。
「突っ込むぞ!!」
ミゼルの作った土壁を、ラウドとジャムが内側から突き破る。土壁に視界を奪われ、その裏で何をしていたのかバーロウには見えていなかった。
「フン、突っ込んできても同じことだ!」
土壁を超えて出てきたラウドとジャムに水が襲う。しかし彼らの手には、剣が十字にクロスされていた。
「グワァァ!!」
バーロウが雄たけびをあげる。先ほどよりも近い位置の十字架。効果は抜群だった。しかしバーロウが既に放った水魔法は、ラウドとジャムを無情にも襲う。
「もうげんか……ゴボボ」
「ぐっ......何か考えてるんだろ、頼んだぜ」
ラウドとジャムは、耐えきれずに剣を手放してしまった。剣が2人の手から離れ、十字架は消えてしまった。
「なかなかいい作戦だったがな」
なんとか回復したバーロウは剣を一瞬で遠くの空へと投げやった。
「ここまで高く上げておけばお前らも取りにいけまい! この隙を逃すほど俺は愚かじゃないさ」
バーロウの激流は既に土壁を飲み込み、俺とミゼルもなす術なく巻き込まれた。大量の泥水は、俺たちの視界を急速に奪った。
「死ねぇぇ!!」
ラウド達は気絶している。俺もほとんど意識を失いかけていた。その瞬間、切り裂くような大きな音が鳴り、光が差した。
「な、これは……」
バーロウの前に現れたのは大きな十字架。気づいたときには既に遅かった。
「ギィィヤァァ!!!!」
叫び声が森に響き渡る。それは水の中でも聞くことが出来るほど、大きな音だった。
……よし、作戦通りだ。
「クソっ、どうやって……俺は……」
巨大な十字架に焼かれ、バーロウは灰となって消滅した。それに伴って水魔法も消える。
さっきも経験したが、体が地面に衝突した。流石に2回目は痛すぎて、全員が意識を失った。
「おい、起きろ!」
俺が目を開けると、そこは同じ森。既に暗雲はどこかへ行っており、かなり長い時間眠っていたことが分かる。
起き上がるとそこにはミゼル達4人の姿が。最後まで眠っていた俺は、痺れを切らしたラウドに何度も呼びかけられていたのだった。
「私達、勝ちましたよ!」
「しかし、どうやって倒したんだ?」
ラウドはまだ首をかしげている。
実はあのとき、ラウドとジャムが作った十字架によって水流が弱まったところを狙って、俺は小瓶の魔力を全て取り出していた。最大威力の風魔法は大きな水流となり、周囲の泥を巻き込んだ。
俺はその後、水の中の泥を大きな十字架の形にした。しかし暗雲が立ち込めていてバーロウがそれに気づく事は無い。
剣を十字架にすれば、バーロウが上に投げて取りに行けなくするのは予想通りだった。その剣が避雷針となって雷を引き寄せ、十字架の後ろに大きな光を作ることに成功したのだ。
「そういう理屈だったのか……あの一瞬でよく思いついたね」
無事に回復していたコルアが納得した。頭をけがしていたのはおそらくミゼルが投げたせいだろう。
「レイジさん、あれが吸血鬼の灰です。どうしましょうか?」
ミゼルに言われた先を見ると、確かにバーロウと思われる灰があった。
勝った。これで街の皆も元に戻るはずだ。灰は復活しないように事務所にでも持ち帰ろうか。
しかし灰の奥に、突如人影が現れた。
「……まだだ!!」
俺の呼びかけで全員が振り向く。そこには、バーロウの灰を何度も掬いながら残念そうに眺める男の姿があった。
「残念だよ、君には期待していたのに……ゴミが」
男がそう言うと灰が消えた。燃やしたのか? そこには何も残っていなかった。灰を燃やしつくす火ならばよほど高温だ。それを瞬時に出したこの男は、不気味な雰囲気を漂わせていた。
消え行く灰を見下ろしながら、楽しそうに口元だけが笑っていた。
「君たち、中々強いね。俺の手下にならない?」
「誰だお前、なるわけないだろうが!」
そう言い放つラウドの足は震えていた。疲れではなく、恐怖から来る震えだった。
「そうか、残念。じゃあ死んでもらおうかな」
男がそう言うと、後ろに2人の人影が瞬時に現れた。男女のようだ。
「アーノルド、ユキ。よろしく頼むよ」
「承知しました、タツキ様」
2人が前に出る。その瞬間、男は消えてしまった。
「待て!」
ラウドがそう叫びきる前に、2人が間合いを詰める。ラウドはアーノルドと呼ばれる男に首を掴まれ、コルアはユキという女に既に手刀で倒されている。
「ラウド! コルア!」
コルアを倒した女が、ミゼルにも近づいてくる。これは勝てないと悟るが、俺にはそれよりも見逃せないことがあった。
アーノルド、ユキ……異世界に来た俺を初めて助けてくれた少女、サナの両親の名前だ。名前だけでなく特徴もそっくりだ。
そんな2人が、今目の前で俺たちを殺そうとしていることが俺には信じられなかった。
お読みいただきありがとうございました! サナの両親が敵!? 一体どうなってしまうのか......続きは明日に!




