20 吸血鬼伝説
俺はジェファーの工房へ向かった。前回のように剣を投げられてはたまらない。俺はそっと扉から彼の様子を覗いた。
工房にはジェファーが1人だけ、もうすぐ休憩に入るようだった。
「すいません」
「なんだまたお前か」
ジェファーは俺を怪訝な目で見たが、傍らの剣を見て血相を変えた。
「これは……!!」
「あ、触っちゃ……」
俺はフィオナの風魔法を借りて、剣を浮遊させて触れないよう運んでいた。しかしその努力もむなしく、ジェファーはガッツリつかんでしまった。
「ぐっ……」
ジェファーは一瞬苦悶の表情を浮かべたが、すぐに口角を上げた。
「フン、これくらいで儂が折れるか。刀と共に死ぬ覚悟は出来とるわい」
ジェファーは全く暴走しなかった。それどころか鞘から剣を抜いて、詳しく調べているようだった。
「これは……魔力で覆われているな」
「あの、ジェファーさんは大丈夫なんですか?」
「儂は刀を愛しとる。これくらいでやられはせんわい」
ジェファーの理屈は分からなかったが、彼によればこの剣たちは魔力で覆われているらしい。そういえばランス達も一瞬耐えてたな、なんかすぐに暴走した自分が情けなくなってきた。
「儂も昔、この症状を引き起こす剣を見たことがあるんじゃ、呪具として良剣が捨てられるのを見ていられなくてな」
ジェファーが取り出してきたのは、過去の事件について書かれた新聞だった。
『魔剣の正体は吸血鬼だった!? 討伐完了の知らせ』
「今から50年前、これと全く同じ事件があってな。魔力はこれよりも強く、多くの人が操られ惨殺されたんじゃ」
記事によれば、当時のゴールドランクの騎士が複数人で吸血鬼を封印したらしい。その祠が、例のクエストに近い位置だった。
「じゃあ、今回も吸血鬼が?」
「可能性はある。倒した魔物は囮、本体はまだ生きている」
吸血鬼。 伝説が現実になるのかもしれない。俺たちは息を呑み、次なる戦いの作戦を練り始めた。
「吸血鬼か……」
ランスは記事を眺めながら呟いた。記事の話は聞いたことがあるものの、実際に見たことは無いそうだ。
「俺の知っているドラキュラと似てるのかな?」
「レイジ君の世界にもいたのかい?」
俺は現世でのドラキュラの知識をランスに伝えた。人の血を吸うことや苦手なものなど。
「まぁ、実際にはいないらしいからあくまで作り話なんだけど」
「その弱点は初めて聞いたな。吸血鬼は無敵だと聞いていたから。でも、血が好きなことは記事を見る限り正しい。もしかしたら効くかもしれないね」
俺はランスとともに吸血鬼の苦手なものを調達した。まずは、段ボールを切り出して十字架をいくつか作った。
「日の光も苦手なら、昼に行くのはどうだ?」
「あぁ、それなんだけど」
ミゼル達によれば、例のクエストの場所は日の光も入らない暗い森らしい。実際、ミゼル達が攻略に向かったのも昼だ。
「じゃあ後は、ニンニクだな」
「ニンニク? どんな食べ物なんだい?」
「えーっと……臭いけど美味しい野菜って言えばいいかな」
市場を一巡して、俺たちはついに似た匂いの野菜を見つけた。油で炒めると、あの独特の香りが立ち込める。
「こ、これは……! 間違いない!」
「僕にはいい匂いに感じるけど」
「まぁ、今に分かるさ」
俺はニンニクを口に入れ、ランスに向かって息を吐いた。
「くっさ!……オエッ……でも効きそうだね!」
「チッ、何なんだアイツら!」
吸血鬼、バーロウはいら立っていた。自分の邪魔をする人間、しかも剣の対処法を知っている。
「……どうやら不機嫌なようだね、バーロウ」
声がしたのに、風も気配もない。背後にいつの間にか男が立っていた。知らない人間。バーロウは警戒して即座に距離を取るが、男は微動だにしない。
「調子はどうだい?」
「ちっ、あんた……何者だ」
「ただの通りすがりさ。だが忘れるな、お前を外に出したのは俺だ」
男の威圧感に、バーロウはただ声を出すので精いっぱいになる。明らかに人間なのに、他の人間とは違う何かが立ち込めていた。
「今、回復するために人間たちの血を飲もうとしている。魔力で人間を高ぶらせて、鮮度の良い血をな」
「そうか、せいぜい俺の役に立ってくれよ」
そう言うと男は瞬時に消えてしまった。バーロウの背筋に冷汗が流れる。
「……なんなんだよ、クソっ」
バーロウは奥の洞窟へと、また戻って行った。
「という訳で、4人にはまた協力してもらいたい」
「前はかっこ付かなかったからな! 任せろ!」
ラウドは胸を叩いて頷いた。他のメンバーも同じ気持ちらしい。今回は調査ではなく決戦だ。前と同じように分身を倒すだけでは意味がない。
俺も同行し、ランスはフィオナ救出の際にも使った通信機で援護と指示をすることになった。
「ラウドとジャムは俺が用意した剣を持って行ってくれ」
前みたいに暴走されてはかなわない。ラウドとジャムの剣に掛かった呪いが解けたわけではないため、俺はギルドに2人用の剣を借りていた。
「まぁ、慣れないけど仕方ないな」
ラウドとジャムは剣の握り心地を確かめている。
「ねぇ、何かいい匂いがしない?」
「さすがミゼル、よく分かったね」
俺とランスは努力の甲斐あって、ニンニクにほぼ酷似した野菜を見つけることが出来た。
「出かける前にご飯にしよう。皆、集まってくれ」
俺はガーリック料理を振舞った。作ったのはカフェの店員をしているフィオナだが。料理を見たところで、偏食のコルアが手を挙げた。
「俺、その野菜苦手なんだよな」
「じゃあ、こうするしかないな」
俺はコルアの皮膚にニンニクを塗りたくった。
「ちょっ、臭ぇって! 俺までモンスター扱いかよ!」
コルアのツッコミに全員が爆笑していた。何はともあれ、これで全員ドラキュラ対策は出来たはずだ。
「じゃあ進もう、全員十字架も持ったね?」
俺たちはまた、吸血鬼のいる森へ足を運んだ。
「……この気配は、俺の邪魔をしたアイツか! まさか自分から飛び込んでくるとは。やっと、やっと俺にツキが回ってきた!」
洞窟の中、バーロウは喜びワインをたしなんだ。そうとも知らず、俺たちは暗い森の中を突き進んでいく。
「うわっ!」
「ちょっとコルア、気を付けてよね! 治癒魔法いる?」
木の根に足を引っ掛けて転んだコルアを、ミゼルが起こしながら尋ねた。
「あれ、意外と血が出てるな……まぁ平気だろ」
そう言ったコルアの足元を何かがかすり、森の奥へと飛んで行った。
「どひゃぁ!!」
「なんだ、ただのコウモリじゃねぇか」
ラウドはコルアを馬鹿にしている。しかし、コウモリといえば吸血鬼の手下としてよく描かれている。何か不吉な予感がした俺は、早めに対策をとった。
「ミゼルさん、念のため治癒魔法を掛けてください。吸血鬼が何か企んでいる可能性があります」
コルアの傷跡は魔法によってすぐに閉じ、回復した。吸血鬼は奥にいる。嫌な予感が胸を刺すが、足を止めずに進んだ。
クエストの目的地に着くと、奥の方から何かがひょこっと出てきた。
「ケケケケッ」
吸血鬼とも言えなくもないが、なんかバカそうだ。おそらく分身だろう。
「私たちが前に倒したのはあれです!」
ビンゴ。コルアが水の魔法を魔物へ向かって打つ。俺もフィオナから貰った風魔法で援護するが、一切効いていないように見える。
「じゃあラウドさん、あの魔物を切ってください!」
「よしきた!」
「え、でも」
ミゼルの躊躇いを聞く前にラウドが振りかぶる。相手は急にかわすことも無く、ラウドの間合いに入る。その顔はやはり満足そうだ。
しかし切っ先が相手の肩に当たると、魔物の表情が一変した。
「ギィィィィ!!!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ、魔物は消滅した。
「これでいいな」
ラウドも特に暴走した様子はない。
「どういうこと?」
ミゼルはまだ困惑している。どうやら剣に塗っておいたニンニクが効いたようだ。俺はギルドから剣を借りてすぐ、刀身にニンニクを塗りたくっていたことをミゼルに伝えた。
「これで何匹来ても怖くないな!」
話を聞いて理解したラウドも剣を振り回して格好つけている。その口から出る息は臭いが、それはお互い様だろう。
全員が気を抜いたそのとき、後ろにいたコルアの瞳が赤く光った。
「……遅かったな」
いつものコルアと声は同じなのに、響きが全く違う。空気が一瞬で冷え込む。
「なんで、全身にニンニクを塗っていたはずじゃ……!」
理解が追いつかない。コウモリは気になったが、ニンニクだらけの彼の体。さすがに内部に入ってはいないと思っていたからだ。
「これはニンニクと言うのか、嫌な匂いだ。一度入ってしまえば平気だがな」
コルアの傷口から、バーロウは入り込んだのだ。治癒魔法のときに血が少なかったのは、入り込む際に舐めていたからだったのか……俺はぞっとした。
「さぁ、悪夢の始まりだ」
轟音と共に、巨大な渦が俺たちを飲み込んだ。コルアが普段使う水魔法とは、次元が違った。
「くそっ、速すぎる!」
抵抗する間もなく、視界が水に塗り潰されていく。冷たい闇に引きずり込まれながら、俺は確信した。
本当の戦いは、ここからだ。
お読みいただきありがとうございます!まさかの決戦、吸血鬼バーロウの真の力とは!? 高評価感想をいただけると嬉しいです!




