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02 さらばスローライフ、こんにちは地獄の入り口

 翌日、俺はサナとクランツの家事を手伝った。その合間に、二人のことや街の暮らしについても少しずつ知っていった。


「私たちも街にはたまに行くんだけどね、家はずっとこっちで暮らしてるの」


 洗濯物を並べながら、サナがぽつりと呟いた。


「……何か理由があるの?」


 聞いた瞬間、しまったと思った。こういうときは、たいてい触れられたくない事情があるもんだ。


 退職代行をやっていたときだって、こういう沈黙や遠回しな言葉には特に気をつけていたはずなのに、すっかり油断していた。


「いや、別に言わなくても……」


 慌てて否定したが、サナは首を振り、あっさりと口を開いた。


「お母さんが大事にしてた家なんだ。だから、おじいちゃん――クランツがね、ここで暮らしてほしいって言ってるの」

「……そっか」


 “お母さんが愛した家”。過去形になっているのが気になったが、それ以上は踏み込まなかった。


 洗濯を終えて戻ると、クランツが食卓で迎えてくれた。


「おかえり。手伝ってくれて助かるよ」


 その目は相変わらず優しい。……泊めてもらっている身としては、これくらい当然だとは思うけどな。


 気になったのは、声がするのに姿が見えないことだった。


「おじいちゃーん?」


 サナが呼ぶと、奥の部屋からクランツが姿を現した。


 ……あそこは、俺の魔力がゼロだと判明した魔法陣の部屋じゃないか。嫌な記憶が蘇る。


 クランツは布のようなものを手にしていた。


「これをお前さんにやろう」


 手渡されたのはローブだった。家に来てすぐ服はもらっていたが、これは明らかに外用の装備だ。


「昔作った、魔法使い用の服じゃ。よほどの強敵でなければ、一度は攻撃を防げる」


 防御アイテムキタ――(゜∀゜)――!!


 内心は跳ね上がっていたが、さすがに爆発させずにお礼を言って受け取る。


「ありがとうございます」


 袖を通してみると、サイズはぴったりだった。


「かっこいいよ、レイジさん!」


 ……前世じゃまずもらえなかった褒め言葉に、思わずしどろもどろになる。いや、素直に嬉しい。


 その日の夜、食卓でクランツが言った。


「明日、買い出しで街に行こうと思うんじゃが……一緒に来てみんか?」

「買い出し!? やったぁ!」


 サナは目を輝かせ、食事そっちのけで服を選び始めた。クランツが「食事の後にしなさい」と諫める。


「いいんですか?」


 仕事を探す機会にもなる。いつまでもお世話になっているわけにもいかないしな。


「まぁ、無理に出て行かんでもいいんじゃが……」


 クランツは心配そうに俺を見た。魔力が無いことを案じているのだろう。それでも、自分で生きる道を探したかった。



 翌日。三人で街へ向かう。


 走ってみて分かった。――俺の忍者走り、ほんとに平均だった。


 さすがに5歳児のサナや老人のクランツよりは速いが、そこまで差がない。泣きそうになりながらも、なんとか街へ辿り着いた。


 街の賑わいは、想像以上だった。例えるなら平日の新宿。人でごった返し、レンガ造りの建物が並び、鎧姿の勇者から洒落たローブの魔法使いまで、誰一人として浮いていない。


 パンの香りと鍛冶屋の金属音が交じり合い、歩くだけで胸が高鳴った。


「買い物は儂らに任せて、お前さんは散策でもしてきたらどうじゃ?」

「さんせーい!」


 二人に背を押され、俺は街を歩いた。まずは気になっていた魔法瓶の店へ。


 不思議な瓶が並ぶ棚、魔法陣に手をかざして決済する客たち。……そう、皆、手をかざして支払っている。


 俺がじっと眺めていると、ブザー音が鳴った。


「お客さん、魔力が足りないよ」


 ――嘘だろ。魔力ゼロだと買い物すらできないのか!?


 異世界ニートまっしぐらな未来に震えながら、俺はそっと店を後にした。


 買えなくても、見て回るだけで楽しい。そう思いながら歩いていると、「ギルド」と書かれた建物が目に入った。


 足は勝手に動いていた。


 中は酒場のようで、受付嬢が冒険者たちと話していた。脇に「魔力測定セルフメーター」なる機械が置いてある。市民プールにある血圧計みたいなやつだ。


 並んでなかったので、測ってみる。


『ピー、測定完了――魔力量:ゼロ』


 ……うん、分かってたよ? でも数字で突きつけられると余計に辛ぇ。


 肩を落として外へ出ると、すれ違った冒険者たちが会話していた。


「僕、もう勇者やめたいな……」

「なんだ? 魔法使いにでも転職するのか?」

「いや、そういう訳じゃないけどさ」


 勇者でも辞めたくなるんだな……と、妙に親近感を覚えながら俺は街を後にした。


 ――このときの俺はまだ知らなかった。“転職代行”が、この世界でも役立つなんて。



 買い物を終えて、俺たち三人は家へ戻った。


 しばらくはクランツたちのお世話になりながら暮らしていたが、さすがに居候を続けるのは気が引けてきた。


 深夜、サナが寝静まったあと、俺は一人クランツの部屋へ向かう。念のためノックをすると声が返ってきた。


「レイジ君か?」

「はい」

「入っていいよ」


 ギィと重い扉を開けると、老眼鏡をかけたクランツが本を読んでいた。


「どうかしたかな?」


 優しい眼差しに胸が痛む。それでも俺は口を開いた。


「あの……そろそろ、この家を出ようかと考えていまして」


 クランツの目がわずかに寂しげに揺れる。


「サナはお主に懐いていたからのぉ」


 それは俺も痛感していた。本当に、サナとクランツには救われてばかりだ。異世界での不安も、二人のおかげで消えていった。


「ただ、ずっと甘え続けるわけにもいきませんから」

「儂らは構わんが……仕事の当てはあるのかの?」


 やっぱりそこが問題か。一人で生きていくには、働かないと始まらない。


「街で冒険者ギルドを見かけました。募集されていた仕事を、やってみようかと」


 魔力ゼロの自分には大きなハンデがあるとわかっている。それでも挑戦してみたい。前の世界ではできなかった失敗だって、ここなら経験に変えられる。


「儂は止めない。辛くなったら、いつでも戻ってきなさい」


 クランツの目は温かかった。出立までの二、三日の間に、サナへは俺から話しておくよう言われる。


 だが、五歳の子どもにどう伝えればいいのか。言い出すのが怖くて、気持ちは重くなるばかりだった。



――翌日。


 俺はいつも通り家事を手伝った。クランツも昨夜の話には触れない。サナは何も知らず明るく笑いかけてくる。その笑顔がかえって辛い。


 昼食後、サナと近所の牧場へ薪を取りに行くことになった。子どもと老人だけでは運ぶのも割るのも難しいから、牧場の主人に売ってもらっているらしい。


「嬢ちゃん、久しぶりだな! お、その人は?」

「レイジさんって言うんだ。最近この街に来たんだよ!」

「そうか、よろしくなレイジさん。何もない所だが、楽しんでいってくれ!」

「ありがとうございます」


 優しいおじさん……いや、めっちゃマッチョなおじさんだった。羨ましい。俺は心の中で筋トレを誓う。


「いつもの量でいいか?」

「うん、お願いします!」


 サナがポケットから青い小瓶を取り出すと、主人はそれを操作してから返した。


「じゃあまた来てくれ!」


 歩き出してからも、俺は気になって仕方なかった。


「サナちゃん、今の小瓶って……」

「言ってなかったよね!」


 それは魔力の小瓶だった。


「私、まだ子どもだから魔力が少ないの。だからこうして魔力を入れてもらってるんだ」


 なるほど、そんな方法があるのか! なら俺も魔力瓶を使えば買い物ができる! 街での一番の不安が一気に解消された。


 ウキウキしながら帰っていると、サナが急に立ち止まった。


「レイジさん、本当に家を出ちゃうの?」

「えっ、どうしてそれを……」


 昨夜、トイレに起きたときに俺とクランツの会話を聞いてしまったらしい。参ったな。本当は俺から話すつもりだったのに。


「冒険者になるの?」


 思わぬ質問に拍子抜けする。少なくとも「行かないで」と泣かれる展開じゃなくてホッとした。


「いや、まだ決めてないよ。魔力もないし……ははっ」


 自嘲気味の笑いが空に消える。情けない言葉だ。


「そっか……」


 サナの表情は沈んでいた。


「どうした?」

「……レイジさん、冒険者にはならないでね」


 なぜだろう。心配してくれている、それだけではない気がした。近くの岩に腰を下ろし、続きを待つ。


「私のパパとママも、冒険者だったの」


 サナは小瓶をいじりながら話し始めた。父から貰ったものらしい。


「パパはすごく有名で強い冒険者で、ママはヒーラーで……一緒にパーティーを組んでたんだ」


 パーティー内恋愛。羨ましい……いやいや、今は真面目に聞かないと。


「私が生まれてからママはヒーラーをやめたけど、パパは勇者の仕事を続けてて。ほとんど帰って来なくて、寂しかった」


 サナの声は少し震えていた。


「ある日、パパは帰ってこなくなったの」


 やはり……想像していた結末。言葉が出ない。


「……そっか」

「それでね、お母さんはお爺ちゃんに私を預けて、パパを探しに行ったの」


 そこで堪えきれず泣き崩れるサナ。俺にできるのは、そばにいてやることだけだった。


――だからクランツと二人暮らしだったのか。


「だからね、レイジさんには冒険者になってほしくないの」

「……わかった。約束する」


 心からの誓いではない。だが、今はそう言うしかなかった。


「たっだいまー!」


 サナは涙を拭い、すぐに明るさを取り戻した。その強さに、心底感心する。


「おかえり」


 クランツの優しい声が響く。この温かい時間が、ずっと続けばいいのに。


――翌朝。


 俺は「今までお世話になりました」とだけ書いた置き手紙を残し、家を出た。


 部屋を通り過ぎると、寝返りを打ったサナが小さくつぶやく。


「……いかないで」


 胸が締めつけられる。そっと毛布を掛け直し、玄関を出た。


 稼いだら必ず生活費を返しに来よう。そう心に決め、ドアを閉める。


「……レイジ君」

「うわっ!!」


 背後にクランツがいた。……そうだ、老人は早起きなんだった。


 心臓を落ち着ける俺に、クランツはポケットからピンク色の小瓶を差し出す。


「これを持っていきなさい。サナの瓶と同じだ。儂の魔力を込めてある。少しだが、街での生活の助けになるだろう」

「ありがとうございます!!」


 最後まで、なんて良い人なんだ。何度も頭を下げ、俺は家を後にした。最初にこんな人たちに出会えたことを、一生忘れない。


……けれど。


 俺は異世界ウハウハライフを楽しみたい。金も女も名誉も欲しい! このままじゃ平和に終わってしまう。


 最初はスローライフも悪くないと思っていたけれど、やっぱり小説みたいに波乱万丈を味わいたい。クズな俺を、許してくれ。


 そんな思いを胸に、慣れないスキップで街へ向かう。まさかその足取りが“地獄の入り口”へ続いているとは、このときの俺は知る由もなかった。



第2話もお読みいただきありがとうございます! 更新は基本的に9/11と9/12は8時、12時、20時。その後は20時ごろを想定しています! 高評価感想を頂けると作者のテンションが上がります。

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