19 剣に操られる者、剣を操る者
「はぁ、なんとか収まったね」
ミゼルが疲れた調子で呟く。俺たちはなんとか2人をロープで縛りあげて、動きを止めることが出来た。結構強く縛り付けたのでラウドとジャムには気の毒だが。
「しかし、どうしてこんなことに?」
ランスには俺から調査をミゼルたちに頼んだことは伝えていたが、実際に何があったのかは俺もまだ聞いていない。ミゼルはクエストでの出来事を、順を追って話し始めた。
「クエスト自体はそこまで難易度の高いものではなかった。魔物も無事に倒したんだけど、そこから2人がおかしくなっちゃったの」
報告のため事務所に向かうと、ラウドが暴れ出した。ミゼルが制圧するも、今度はジャムが暴れ出し手が付けられなくなっていたところへ俺たちが帰ってきたらしい。
「私もさっき初めてみましたけど、あの様子はかなり危なかったですよね」
出前の包みを置きながらフィオナが呟く。ちょうど彼女が注文の品を届けに来てくれなければ、俺たちも危なかっただろう。
「フィオナはもう、風魔法を使うことには抵抗はない?」
「はい。魔法使いは嫌ですけど人の為に使うなら平気です」
笑顔を取り戻したフィオナにほっとしつつも、まずは現状を理解しなければならない。ラウドとジャムを調べるが、特に怪しいものは見当たらない。共通項は、剣士。
「でも、剣を持っている人間のみ罹るんじゃないかとは思っていたんだ」
俺がミゼルたちに頼んでいたことはそれもある。実際、ヒーラーであるミゼルとレンジャーのコルアはおかしくなっていない。
「それで言うと、少し変なことあったかも」
ミゼルはコーヒーを飲みながら、話し始めた。あまりに攻略が簡単だったこと、魔物の様子がおかしかったこと。
「魔物の様子がおかしい?」
「そうなの。特に攻撃もしてこなくて、でも魔法が効かなかったわ。だからラウドとジャムが連携攻撃で倒したの」
特殊な体質をもつ魔物は一定数いるらしい。ただ、ミゼルが気がかりだったのは倒される前、その魔物が満足そうな顔をして消えたことだ。
「切った手ごたえはあるって言ってたから幻術ではないと思うわ。ただ後でギルドを確認したら全く同じ依頼がずっと続いていたの」
「同じ種類の魔物が大量にいるってことか……」
満足そうな顔をしていたって言うのも気になる。普通は悲鳴や唸り声をあげるもんだからな。
「やっぱり彼らの剣を調べてみる必要がありそうだね」
ランスがラウドの剣に触る。鞘に触れたところで、ランスの様子がおかしくなった。
「……ランス?」
「すぐに冒険に行かないと……勇者として」
「危ない!」
俺はランスから剣を振り落とした。剣が手から離れると、ランスはハッと正気に戻った。
「あれ、僕は今何を……」
「良かった……」
驚くのはこれだけではなかった。ラウドも正気に戻っていたのだ。
「あれ、俺何で縛られてるんだ?」
「ラウド! 戻ったのね!」
ミゼルがラウドに抱きつく。なぜラウドも正気に戻ったんだ?
おそらく原因はこの剣だろう。俺たちがジャムから剣を取り上げると、彼も普段の様子に戻った。
「あれ、何で縛ら(以下省略)」
「つまり、原因はこの剣か」
「でも、これ冒険者になってからずっと使ってたんだぜ?」
ラウドが首をかしげる。新しい剣に細工があるわけじゃなさそうだ。ともかく、俺は依頼人のフレイルに電話を掛けた。
『はい、フレイルです』
「まだ根本の原因は分かっていませんが、旦那さんの暴走を止める方法は分かりました」
『本当ですか!?』
彼女の声は上ずっていた。よっぽど苦しかったのだろう。俺はすぐに、グレゴリーから剣を離すように指示した。
「今日寝ている間にやってみようと思います」
翌日、彼女から連絡が来た。無事にグレゴリーが元の調子に戻ったらしい。俺とランスはさっそく会いに行った。
「君たちが退職代行屋だね、迷惑をかけて申し訳ない」
出てきたのは、無事に自我を取り戻すことができたグレゴリーだった。中に招待され、俺たちはお茶をご馳走になった。運んでくれたフレイルも、笑顔を取り戻している。
「暴れていたときの記憶はありますか?」
「全く無いんだ。だからこそ、妻から話を聞いたときはぞっとしたよ」
ラウド達も記憶が全く無かった。酔っているような感じなのだろうか。俺はグレゴリーに、調べたいから剣を見せてもらうように頼んだ。
「もちろん構わないが、もしよければ持って行ってくれないか?」
「大丈夫ですけど、グレゴリーさんは良いんですか?」
「もう勇者は引退しようと思っているんだ。妻にも迷惑をかけたしね」
俺たちはグレゴリーから剣を貰い、布に包んでその場を後にした。やはり直接剣を触らなければ問題は無いようだ。
これでひとまず依頼は解決となる。礼は追ってするとのことだったのだが、やはり例のことが頭に引っ掛かる。
「どうして剣士だけ暴れたんだろう……」
「依頼は解決したけど、根本的な解決にはなっていないからね」
ラウド達の様子も鑑みるに、今後も多くの冒険者が被害に遭うことは予想できる。ただちに原因を解明する必要があった。
……いや、これ解決しなかったらずっと依頼来て永久機関できるんじゃないか?どうせ今回解決しても報酬とか無いんだし。どうも、ゲスです。
「おーい君たち、ちょっと待ってくれ!」
グレゴリーに呼ばれたことで俺の悪徳業者スイッチは止まった。あぶねぇあぶねぇ。
「君たち、もしこの原因を調べるなら私が依頼人になろう。報酬が無いんじゃ、ビジネスとしてはやりづらいだろうからね」
「いやでも前回の報酬もありますしそんな……」
「喜んで引き受けさせていただきます!」
ランスを押しのけ、俺は即答した。 やったぜ、依頼確定。これで正義と報酬の両取りだ!
「いいかランス、これはビジネスだ。お互いの利益で成り立っているんだよ」
「まぁ……確かに」
ランスも渋々納得したところで、俺たちはこの事件の真相に立ち向かうことにした。
事務所に戻った俺たちは、ラウド、ジャム、そして新たに手に入ったグレゴリーの剣とにらめっこしていた。
「この剣に原因があるのは分かっているんだけど……うかつに調べられないなぁ」
「下手に手を出すとさっきみたいになってしまうからね」
ランスはまだ一瞬で済んだが、あれもかなり危なかった。後もう少し剣を握っている時間が長ければ、手が付けられなくなっていただろう。
ランスはシルバーランク、剣士として相当な腕がある。暴れたら想像もしたくない。
「そうだ!」
俺が閃いた作戦はこうだ。まず、ランスに魔力の小瓶を託す。これで俺は丸腰、魔力も無い弱小人間の出来上がりだ。もし俺が暴れても、ランスが止めてくれる。
「お待たせしました、レイジさん!」
念のためフィオナも呼んでおいた。これで強い人間が2人。俺がどんなに暴れても鎮圧される自信がある!
「この状態で俺が剣を持てば、暴れるはずだ。その間にどんな変化があるのかを記録してくれ」
「本当にいいのか?」
3人うまくいったからといって正気に戻れる保証があるとは限らない。それでも、俺は挑戦したかった。報酬の為に。
「じゃあ、行くぞ」
俺は鞘に手をかざす。触れた瞬間、黒い冷気のようなものが体を這い上がってきた。 血の気が引き、意識がどこか遠くに引きずられる……。
「じゃあ、私が行きます!」
フィオナが風魔法で、俺の体を固定した。その間にランスが俺の体を調べる。
「まず、意識はあるかな?」
「うるせぇ! 冒険に行かせろ!」
「無いみたいですね。じゃあ続いて……」
「はぁっ、はぁっ。うまくいったか?」
目を覚まし、俺はなんとか元に戻ることが出来た。ただ、ランスとフィオナはいぶかしげな表情をしている。
「何かあったのか……? もしかして俺が傷つけ……」
「いえ、それはありえないんですけど」
すぐにフィオナに否定された。嬉しいような悲しいような。
「君とは明らかに違う意志が喋り出したんだよ。まるで、剣が喋っているみたいにね」
ランスの質問が30問に差し掛かろうとしていたころ、急に俺の動きが変わったらしい。
「……お前ら、何者だよ。俺たちを付け回してるのか?」
ランスは「俺たち」という言葉に眉をひそめた。複数形、そこに強烈な違和感が残った。
「君こそ誰なんだ」
「言う訳ないだろ。これは作戦なんだ。もしこれ以上邪魔するなら、お前らもただじゃすまないから覚悟しとけ」
俺(憑依されている)はそう言い残すと、自ら剣を放り投げたのだそうだ。そして今に至る。
「何か、外部から操られていたということか」
「でも、ミゼルたちが魔物を狩ったときは何ともなかったって言うし……」
仮に俺たちが討伐に向かっても、同じような結末になりそうなのは明らかだった。やはりこの剣に秘密がある。
「俺が憑依されている間、何かわかったことはある?」
「質問はしていたけど目ぼしいことはあまり……ただ、1つ気になったことがある」
「……俺たち? 複数人ってことか」
しかし分かったことはそれだけ。俺たちは頭を抱えていた。
「やっぱり、俺たちだけじゃ分からないよ」
「でも、どうすればいいかな?」
ランスの疑問に、俺は立ち上がった。
「餅は餅屋、剣は剣のプロに聞くのが一番だ!」
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