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17 伝統を変える者

「では、行きますよ」


 これ喰らったらさすがにやばい! クレアが溜め込んでいるのは、俺でも分かるほどのとてつもないエネルギーだった。


「はぁっ……」


 フィオナは立ち上がり、風でバリアを作る。しかし、こんなもので防げるとは到底思えなかった。魔力が減ったのか、さっきよりもバリアが小さくなっている。


『フィオナさん、逃げろ!』


 ランスが通信越しに叫ぶ。


 しかし、さっき使った風で自分を押し下げてかわす手はもう使えない。仮に使えたとしても、さっきのエネルギー砲とは規模が違う。威力は倍どころではないだろう。


 窓の外に飛び出すか……そう思っても、庭は開けていてすぐ追いつかれる。下方向を狙われれば、フィオナは一撃で終わるだろう。


 まだ、クレアのエネルギー砲の発射には数秒必要のようだ。強い衝撃波一発でかわされることなく仕留めるつもりなのが理解できた。


 どうすればいい? どうすればフィオナを救える?


(「本当に危ない時を除いて、一振りくらいがちょうどいい」)

(「ここまで全部、フィオナが起こした風のお陰だけどね」)

(「フィオナがいない!!」)


 そのとき、俺の頭の中で一つの作戦が思い浮かんだ。手には発信機代わりの小瓶がある。よし、一か八かだ!


『フィオナ! 聞いてくれ!』


 呼び捨てにしたことで、フィオナが反応したように見えた。前は戦闘中で呼んでも反応してくれなかったからな。


『返事はしなくていい。俺の指示に従って!』

『レイジ君、いったい何を?』


 ランスもまだ理解できていない。彼にはひとまずフィオナたちの方へ急いでもらい、俺は自分の作戦をフィオナに伝えることに集中した。


『まず、今作っているバリアを薄めて体全体を覆って!』


 フィオナはバリアを体全体に広げた。まるで、ひとつの竜巻が彼女を包み込むようだ。


『そのまま左に2歩、後ろに3歩下がって……そこです!』


 その位置は、ちょうど俺のいる換気口の真下。


『あの……そろそろ限界です』


 体全体を覆う風魔法は、体力を削る。それでも彼女には踏ん張ってもらう。フィオナを救うには、危険だがもうこの方法しかないのだ。


『あのエネルギー砲を止めるには、同じ力の風の塊でぶつけるしかない。俺を信じて、今の範囲で全力を出して!』

「はぁっ……えぇぇぇい!!!」


 その瞬間、フィオナの風が強まり周囲の瓦礫まで巻き込む。瓦礫は土埃となり、クレアの視界からまたフィオナが消えた。


「またその手ですか! 同じ手には乗らん!」


 クレアは抑えきれないほどのエネルギー砲を、フィオナの足元に向けて放つ。


 耳がちぎれそうな轟音。打撃の衝撃で、フィオナがのけぞる。その顔は狂気じみていて、自分ごと吹き飛ばす覚悟のようだった。


 その瞬間、俺は小瓶の魔力を全て彼女に注ぎ込む。クレアの砲が迫る。あと一歩で当たるそのとき、フィオナの風の色が変わった。


「とどけぇぇぇぇ!!」


 俺の叫びと共に、フィオナの風魔法が覚醒。体を覆うバリアがひとつの塊となり、クレアのエネルギー砲にぶつかる。


「そんな……まさか……」


 2つの大きな風の塊が正面から衝突する。クレアは立て直そうとするが、押し返される魔力の波に僅かに後退した。


 爆発音が響き、俺は換気口の奥へと吹き飛ばされる。それほどの衝撃だ。


 戻って確認すると、フィオナの部屋の屋根は吹き飛び、立っていたのはフィオナだけ。目の前には倒れたクレア。今度は立ち上がる気配はない。


「……勝った」


 フィオナはその場に倒れ込む。今度こそ、彼女の勝利だ。



「よく頑張りましたね、フィオナ」


 暫くして目を覚まし、フラフラになったクレアを執事が支える。


「彼女に魔力の補給を」

「ハッ」


 クレアの命令で注がれた治癒魔法で、フィオナは傷を負わずに回復した。


「お母様……」

「あなたの魔力、見事でした。家を出ることを許可します……母としては、褒めたくはなかったけれど」


 クレアは部屋を出ていく。まぁ、部屋と言っても原型を留めていなかったが。


「……いい仲間を持ちましたね、フィオナ」


 俺には何と言っていたか聞こえなかったが、その声を聞いてフィオナは安心したように目を瞑った。


「よっと」


 誰もいなくなったことを確認して、俺はフィオナの元へ降り立った。足をねん挫したのは秘密だ。


「いたた……フィオナ、大丈夫ですか?」

「うーん」


 フィオナは薄く目を開け、安心した表情を浮かべた。


「ありがとうございました。あなたがいなければ、ここから一生出られなかった」

「いやいや、そんなことは……」

「2人とも、大丈夫か!?」


 俺の通った換気口を伝って、ランスも下りてきた。さすがに2人の時間を邪魔しやがってとは思わなかった。


「ランスさんも、ありがとうございました」

「いや、ほとんどレイジ君の活躍だったからね。それより、僕たちは早めにずらかろう」

「そうだな、ここで俺たちの存在がバレると、せっかく決まったことが覆りかねない」

「あ、でも——」


 フィオナは言いかけた途中でパタンと急に眠りに落ちた。一瞬死んだんじゃないかと心配したが、疲れが限界を迎えただけだった。


「じゃあ行こうか」


 俺とランスはフィオナを横にし、起こさないようにこっそりとその場を後にした。



「頼んでいたこと、大丈夫そうか?」

「あぁ、君たちが活躍している間に済ませておいたよ」


 ネズミを囮にして俺がたどり着いた部屋は、古い部屋で床が一部腐っていた。ランスに頼んで、そこから外までのトンネルを掘ってもらっていたんだ。


 ちょっとまてランスファンの皆さん、別に本人に掘らせたわけじゃない。魔法を使えば、土を押し出すのは容易なんだ。距離があっただけで時間がかかっただけ! 決してブラック労働じゃない。


 そんなこんなで、俺たちはランスのトンネルを通って安全に脱出。風魔法の罠も、さすがに地中までは届かなかった。



 暫くしてフィオナは目を覚ました。


「あれ? レイジさん、ランスさん?」


 周囲を見渡すが、脱出した後のため俺たちの姿は当然ない。


「大丈夫かな? もうお母様に2人がいることバレてたから、風魔法の罠は解除されていたんだけど……」



 そんなこともつゆ知らず、俺たちは泥だらけの体で事務所に戻り、武勇伝に浸っていた。


「ところで、そんなに風が舞うところで、よく小瓶の魔力を全て彼女に注げたね」

「ああ、台風の目って知ってるかな?」


 フィオナの周囲を風が回転していたことで、その真ん中は無風状態になった。それで俺は寸分の狂いなく、小瓶のすべての魔力を注ぎ込むことができたんだ。


「そんなトリックがあったのか……」

「トリック何て大げさな。それより風呂に入ろう、もう泥だらけだ」



 あの後、フィオナは無事に家を出ることができたらしい。フィオナからの手紙には、自由への喜びが筆跡から見て取れた。


 告白でもしておけばよかったかな……もちろん、バタバタしてそれどころではなかったが。もう会うことは無いだろう。でも、どこかで笑顔でいてくれたらそれだけでいい。


 うん、それだけ……それだけじゃねぇよぉぉ!!! あんな美しい人、滅多に会わないって! 流れで名前呼びまで出来たんだぞ!? 今からでもミゼルさんに頼んで連絡先教えてもらおうかな……。


 暇になった俺がそんなことを考えていると、チャイムが鳴った。


「はい、退職代行屋です」

「ご注文いただいたランチセットになります」

「どわぁぁぁ!!!」


 なんと目の前にいたのはフィオナ。


「あぁ、いらっしゃい」


 事務所の奥からランスが出てきた。俺はランスの腕を引っ張って連れ出し、小声で耳打ちした。


「(どういうこと!?)」

「(あぁ、どうやら新しく近くのカフェでバイトを勧めたんだ。レイジ君、彼女に惚れてたしちょうどいいでしょ?)」

「(あぁ、まぁ……ってえぇ!?)」


 こうして、彼女と離れることは無くなった。まぁ俺としては嬉しいんだが、実際に会うとキョドるのはどうしようもない。


「これからもよろしくお願いします!」

「あ、うん、よろしく」


 会話に困っていると、またチャイムが鳴った。今度は立て続けに2回だ。せっかちな客なのだろうか。


「依頼だ、出迎えないと」


 俺がドアを開けると、そこには2人が立っていた。中年の女性と、若い青年。親子?


「退職代行屋です、ご一緒ですか?」

「「いえ、別です」」



 他人同士、すなわち2件同時の依頼が来た。


 俺は2人を事務所へ招き入れ、話を聞くことにした。この選択が、未来を凄惨なものにするとも知らずに。


お読みいただきありがとうございます! フィオナ編、無事に完結! ハッピーエンドかと思いきや新章開幕!?

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