16 暴風を切り抜ける秘策
「はい、お母様」
フィオナが返事をする先をそーっと見ると、そこにはフィオナそっくりの母親がいた。その近くには年老いた執事が1人、部屋の奥には少なくとも2人のボディーガードが見える。
「明日のダンスパーティーは多くの家が集まります。決して無礼の無いようにしてください」
「はい、気を付けます」
フィオナとその母、どちらの発言からも気を抜いていない圧が感じられる。俺が想像していたよりもかなり険悪なようだ。
「クレア様、そろそろあのお話をされては」
クレア、執事の呼ぶその名前はフィオナの母親のものらしい。執事から書類を貰い、クレアは口を開く。
「あなたを今後、家の用事以外で外に出ることを禁じます」
「えっ」
フィオナが声を洩らす。俺はさっきの輪ゴムの教訓からなんとか耐えた。
しかし家から出るのを禁じるって相当まずくないか? 今まで考えていた作戦が全てパーになってしまう。第一、そうなった時点で彼女を救うことは圧倒的に難しくなる。
「どうしてですかお母様! 私……」
「あなた、ここ最近退職代行屋、と名乗る者の事務所へ向かっていますね」
バレてる!! クレアがフィオナに差し出したのはフィオナが俺たちの事務所を訪ねる写真だった。クソっ、あの有能執事め、撮られていたのか……。
「それだけではありません。つい先日、あなたの婚約者として決まっていたバッカス氏から断りの連絡がありました。理由は言えないとのことですが」
バッカス? あぁあのセクハラ男か。うーんさすがに怖がらせすぎてしまったか……まさかここまで行動が早いとは。今までの行動が全て裏目に出てしまっている。
「以上のことから今後、家を自由に出ることを禁じます」
「随分な言い草ですね」
「——何ですって?」
フィオナの唐突な爆弾発言に俺も驚く。フィオナの方を見ると、さっき俺が手渡した資料と遺言を広げていた。
「なっ……! どこでそれを!?」
クレアは動揺し、すぐに横の執事を睨む。執事は自分ではないと首を振るが、その足元は震えていた。おそらく家の要人のみ知っている事なのだろう。
まぁ彼には気の毒だが、もう家を出られなくなるリスクを考えると今のフィオナの行動は正しい。
「すべて読ませてもらいました。どうして隠していたのですか?」
「……それはあなたのためを思って」
「嘘つき。家の伝統が壊されるのが嫌なだけですよね? 私は魔法使いが嫌だった。それなのにずっと……」
換気扇越しでもクレアの動揺が見て取れた。これはかなり効いただろう。そう思っていたが、執事が彼女に何かを耳打ちするとクレアの緊張が一気に弛緩したように見えた。
「フィオナ、もう一度その遺言を読んでみなさい」
フィオナが読み上げていると、急にクレアが叫んだ。
「そこです! 我らの祖であるフォルトはその強力な魔法を使って伝統を変えました。しかしあなたはどうですか? 同じ風魔法、それも暴風の劣化版で伝統を変えられるんですか?」
くそっ、この母親めちゃくちゃな理屈で通そうとしてきやがって……フィオナの立場を考えればそれに言い返さなければならないが、この張り詰めた空気でフィオナが返せるとも思えなかった。
俺が出るか……!?いや、でもここで俺が登場しても更なる混乱を招くだけだ。俺がフィオナの方を見やると、覚悟を決めた目をしていた。
「ではお母様、私の方が強いと証明できれば魔法使いを辞めて良いのですね?」
決闘か! いや、でも静風のフィオナに勝ち目はないしやっぱり俺が出た方が……意味ないな。でもさすがに実の娘だし断るか? 悩んでいると今度はクレアが口を開いた。
「分かりました」
分かるんかい!!俺は心の中で思いっきりツッコんだ。
執事もクレアを止めようとするが、一喝され渋々とその場から離れた。よく見ると、さっきまで後方にいたボディーガードたちの姿も無い。
「二言は無いですよ。あなたが挑んだ勝負ですから」
「はい、お母様」
怖すぎる。母親のクレアからは既に何本か風の矢が飛んでいる。矢自体は目には見えないが、周囲の壁が一瞬にして剥ぎ取られていくのが見える。
「くっ」
暴れ狂うクレアの矢を、フィオナは風を盾にしてなんとかガードしているように見えた。
「娘とはいえ、本気で行きますよ」
次の瞬間、一気にクレアが風を放った。風というよりもそれは嵐。窓ガラスはすべて割れ、換気扇の蓋も外れてどこかへ飛んで行ってしまった。俺はなんとか耐えながら、2人の様子を見守る。
フィオナはガードをして、なんとか耐えているようだ。たまに反撃をしているが、クレアの風魔法にすぐに打ち消されている。
『……レイジ君、聞こえるか?』
『(ランス!)』
2人の風がぶつかる音の中、ランスの声が聞こえた。どうやら調べ物をしていたらしい。
『今、君が行ったところとは別の資料室にいる。そこで、フィオナの母親、クレアに関する資料があったんだ』
一呼吸置いた後、ランスの生唾を飲む音が聞こえた。何か言うのを思いとどまっているようにも聞こえる。
『ランス?』
『すぐにフィオナさんを連れて逃げた方が良い。彼女は……僕よりランクの高い、元ゴールドランクの冒険者だったんだよ!』
ゴールドランク!? それはつまりあのランスでも、戦ったら負けるということを意味していた。最悪ランスをぶっこめばいっかと思っていた俺の作戦は塵となってしまった。
そもそも部屋の外には警備が溜まっている。ランスとはいえ、そんなに多くを相手取ることは出来ない。
『でも、フィオナがもう戦い始めて!』
『彼女のランクはブロンズ、ゴールドには到底かないっこないよ』
ランスによれば、今攻撃を防げているのも奇跡だということだった。
彼女たちの戦況を見ると、フィオナのガードがたまに破られている。クレアの荒々しい風の矢が、フィオナの頬をかすって血が飛ぶのが見えた。
これはまずい……どうする? フィオナは持っても2分だろう。素人の俺から見ても、フィオナがそれくらいしか耐えられないのは明らかだった。
『フィオナさん! どうするんだ!?』
俺はフィオナに話しかけるが、彼女からの返事はない。それはそうだ、こんなに切迫した状況では、話すこともできないだろう。
「今諦めるなら、ケガをせずに済みますよ。私だって1人娘を傷つけたくはない」
「ぐっ……諦めない!! 諦めたら、一生お母様の言いなりです。私は……私の人生を生きたい!」
あーもうどうすればいいんだ!? 俺が連れて帰ろうにもここまで激しい戦いだと、風に切り刻まれるだけだ。いつものように話し合いに持ち込むことが出来ない。
次の瞬間、フィオナの風魔法で作っていた盾が消えた。まずい! 力尽きたのか!?
こうなったら俺が身代わりにフィオナを守って……いや、それでも彼女が助かるとは限らない! ランスはまだこちらへ向かっている最中だ……。
奇跡的にクレアが見逃しているとか無いか?急いでクレアの方を見ると、左手に溜め込んでいた魔力を打ち出すところだった。
「これでとどめです!!」
フィオナのバリアが消えて1秒も経っていない、とんでもないエネルギー砲が、フィオナに打ち込まれた。
あまりの衝撃で部屋が崩れそうになる。家具やベッドが散乱し、煙でフィオナの状態を確認することが出来ない。俺は飛び出したい衝動を必死に抑える。
『フィオナさん!!』
応答がない。クレアはその場に立ち尽くしている。フィオナの近くの煙に隙間が空いたとき、クレアが叫んだ。
「——いない!?」
クレアは慌てて周囲を確認するが、フィオナの姿はない。視界の悪い部屋の上からでは、俺も見つけることができない。
「どこ!?」
「お母様の手は分かっています!!」
フィオナの声がした! 煙をかいくぐってその方向に目を凝らすと、クレアの足元にフィオナがいた。
「なんで……」
「バリアを解いた瞬間、自分に上から風を送って攻撃を避けたんです! 攻撃を打った後、お母様には隙が出来る!!」
(あの人を見返すため、こっそり繰り返し練習していたのはこの一撃……!)
フィオナは隠していた左手をクレアの前に突き出した。クレアがやっていたのと同じ、エネルギー砲だ! いけ、フィオナ!
「まて……やめ……」
「うぉぉぉぉ!!!」
フィオナの打ったエネルギー砲がクレアにヒットするのが見えた。次の瞬間、クレアは吹き飛び部屋の壁に穴が開いた。
「はぁっ、はぁっ」
フィオナはその場に座り込んだ。すべての魔力を今の一撃に込めたんだろう。そうでもしないとゴールドランクは倒せないのか、俺は嬉しさと同時に恐怖も覚えていた。
「や、やりましたレイジさん……」
『すごいよフィオナ! 今そっちに向かうから』
ガラッ
俺が下りようとすると、と音がした。空耳か? 次の瞬間、ドン!という爆音とともに周囲の瓦礫が吹き飛んだ。
「うぉっ」
俺は慌てて換気口の中に身を隠す。フィオナもなんとか風の盾を作ってガードする。
「……フィオナ」
おい嘘だろ、その声は……。俺は自分の耳を疑いたくなった。
「娘にここまで本気を出させられるとは、親として誇るべきなのかしらね」
今度は目を疑いたくなる。瓦礫が弾かれたその先には、クレアが何事もなかったかのように立っていたからだ。もちろん怪我は負っているが、致命傷ではないのが見て取れる。
「う、嘘……」
フィオナもさすがに戦意を喪失している。魔力を使い果たした上でこの状態じゃ無理もない。
「本気でやらないと、分からないみたいですね。少し痛い目に遭ってもらいましょうか」
クレアはさっきよりも大きなエネルギー砲を両手で作り始めた。巨大な竜巻は周囲の瓦礫を枯葉のように舞わせる。これはまずい……
お読みいただきありがとうございます! 遂にバトルが勃発......満身創痍のフィオナに勝ち目はあるのか?
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