11 惚れた依頼者はセクハラに
「今日からここでお世話になります」
にこやかに言い切るランスに、頭が真っ白になった。全ての言葉が理解できず混乱した俺は、ひとまずランスを事務所に通した。
「え? 教師を始めたはずじゃ?」
ランスからは教師として採用されたという話も聞いていた。特に何かをやらかして失敗するタイプには見えない。それに、そもそもランスの退職代行をしてからまだ2週間も経っていなかった。
「確かに教師としては合格したんだけど、新学期に合わせてになるからね。働き始めるのはまだ先なんだ」
今までは勇者を辞めた後にお世話になった人たちに挨拶に行ったり、家の整理をしたりしていたらしい。なるほどね。
「さっき言ってたお世話になるって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。僕を助手として、半年間ここで雇っていただけませんか?」
頭が追いつかない。べつにランスは勇者時代、相当稼いでいたはずだ。
「実はね、仕事を辞めてから思ったんだ。やっぱり何かしていないと暇だなぁって。でもギルド自体をやめてしまったから、そっちの仕事には就けない。それに、もう勇者の仕事はやりたくないしね」
それで思い当たったのが俺のところだった。いや、別にまだ退職代行屋始めるわけじゃないんだけどな、と思いつつも既に依頼をいくつか解決してしまっていたので言い返しづらい。
「まぁ、半年だけなら」
「ありがとう、恩に着るよ」
こうして俺はランスを雇うことになった。
俺も考えていたことはある。勇者を目指さないことでサナ、俺が最初にお世話になった少女、の両親を探す方法がいまいち無くなってしまっていた。
でも、ランスの人脈から勇者は来るだろう。その人たちから話を聞けば、いつか有力な情報が得られるかもしれない。
正直、それを得るまではあまりサナとクランツの元には帰らない方が良い気がしている。変な期待を抱かせてしまうかもしれないからだ。
「じゃあこれからよろしくね、先輩」
「先輩なんてやめてくださいよ! ランスさんはランスさんなんですから」
ランスを雇ったことで、少なくとも半年間は退職代行を専門にすることになった。
人手も増えたので、俺はランスとともに退職代行屋の看板を作ったり事務所を掃除したりした。ついでに仕事を本格的に始めるため、役所で手続もした。
「これでいいかな?」
「もう少し下げてください……そこで大丈夫です!」
「ふうっ、これで人が集まりやすくなるね!」
『勇者の退職代行始めました、お仕事辞めたい人はぜひ!』
これでもっとたくさんの人に知ってもらえるだろう——そう思っていた時期が僕にもありました。
「ぜっっっんぜん来ねぇ!!」
そこから1週間はめっちゃ暇だった。何せ依頼が来ない。
よくよく考えれば、実際にここを訪れて依頼してきたのってこの前のノインだけじゃん! しかも退職代行の意味を勘違いしていたし、どうして他の人が集まると思っていたのだろうか。
「お茶が入ったよ」
「ああ、ありがとう」
ランスは助手としての務めを完璧に果たしている。ランスのお陰で事務所もかなり綺麗になった。
なんだろう、ランスは魔法も確かに使えるんだけど、それ以上に要領が良い。一度教えたことはすぐに覚えて身につけてしまっていた。明らかに才能の無駄遣いだ。
ピンポーン。
「……はい、ただいま!」
俺はあまりに久々に鳴ったチャイムの音を聞き流しそうになってしまった。やっと依頼が来た! 期待に胸を躍らせて俺が扉を開くと、そこにはミゼルが立っていた。
「こんにちは! ランスがここで働き始めたって聞いてね、レイジ君にも久々に会いたかったしお邪魔しました!」
嬉しさとがっかりが混ざったような複雑な気持ちになった。まぁランスの退職代行のとき、ミゼルのお陰で解決したからな。改めてお礼を言いたかったしちょうどいい。
「久しぶりだねミゼル、はいお茶」
「ありがとう。ランス、顔色がかなり良くなったんじゃない?」
確かに仕事を辞めてから、ランスの顔色は良くなっていた。ミゼルと再会したこともあり、ランスはとても嬉しそうだった。
「最初はちょっと大変だったけど、今では前と変わらずにパーティーで仕事が出来てるよ。レイジ君がおすすめしてくれたギルドのオタスケサービス、凄い使いやすいし!」
コルアの代わりに俺が申し込んだオタスケサービスは、ギルドがマッチングをしてパーティーに足りない人材を引っ張ってきてくれるというものだった。
「最初はとっかえひっかえやってたんだけど、その中で何回か来てくれた1人と凄い連携が合ってね。正式にパーティーにお迎えしたんだ。ランス、焼きもちしないでよ?」
「いや、むしろ安心したよ。これで僕も安心して新しい道だけを考えられる」
俺たちはしばらく、ランスが抜けた後のミゼルたちの話や昔どんな冒険をしたのかという話をしていた。特にランス達が過去にゴールドランクの剣士と出会った話は、俺の中でかなり印象に残った。
「僕たちが申し込んだ任務に、そこには普段いないはずの魔物が居てね。ピンチになったときにゴールドランクの剣士が2人、助けてくれたんだ」
俺がランスに助けて貰ったときと似たような境遇だった。難しい任務になるほど下調べがあまり十分ではなく、そういう事態に陥ってしまうことは多いらしい。
「ホントにかっこよかったなぁ。私惚れそうになっちゃったもん」
ミゼルはうっとりしている。ラウドがこれを見たらなんて言うだろうか。
「顔は見せてくれなくて、僕たちを助けたらどこかに行ってしまったんだ。男女だったのは覚えてる。あの強さはゴールドランクに違いない」
ランスはシルバーランクだったので、説得力がある。もしかしたら黒の可能性もあるかもしれないとランスが呟き、より興味が湧いた。
「じゃあどこの誰かは分からないんですね」
「そうなんだ、お礼を言いたいところなんだけどね」
「私たちがもし今後会ったら、言っておくわよ」
勇者と聞くとサナの両親が頭をよぎるが、さすがに同一人物ではないだろう。そんな奇跡はそうそう起こりえない。
話がひと段落ついたところで、話題は今の俺たちに変わった。
「それで、実際退職代行屋開いてみてどう? 最近はうまくいってるの?」
「それが全然で……まず人が来ないですね」
俺は苦笑いをして言った。そういうと、ミゼルはホッとしたような顔をして口を開いた。
「じゃあ、私の友人紹介しようかな。今日はその目的もあってきたの」
ミゼルはギルドカードで連絡を取り、暫くしてチャイムが鳴った。
黒の下地に緑の線が入ったローブを身に纏っており、長い黒髪の女性だった。一瞬だけ風が揺らいでローブの裾が舞うと、そこから見える目は透き通っていた。ここまで美しい人を見たのは初めてだった。
「彼女はフィオナ、私の友達で魔法使いをしているの」
「フィオナと申します。よろしくお願いします」
あまりに丁寧にお辞儀をするので、俺もたじろいでぎこちないお辞儀で返した。その美しさに俺はまだ心臓を抑えられていなかった。
「最近仕事を辞めたいって言っていたから、ここを紹介したのよ」
「そうだったんですか。それでは、あなたのことを教えていただいていいですか?」
なんとか正気を取り戻し、仕事脳で淡々と彼女の情報を聞くことにした。
フィオナ、年齢はミゼルと同い年、つまり俺とランスの1つ上だ。あ、ちなみに俺は年上も恋愛対象内だぜ。
フィオナは3年程魔法使いをやっており、家は代々魔法使い一家なのだという。
「私が専門に使っているのは風の魔法です。そこまで大きなものではないですが」
そう言うと彼女は部屋の隅にある壺を指さした。俺が見ると、その壺が勝手に動き出した。
相当な重さのはずなのに、紙くずのようにクルクルと回っている。暫く回った後、壺は何事もなかったかのように動かなくなった。
「割れそうなのであまり強くはやりませんでしたが、こんな感じです」
「凄いでしょフィオナちゃん、自分の体も浮かせられるし、本当に凄いわぁ」
「そんなことないですよ」
ミゼルの誉め言葉に対して、緊張がほぐれたのかフィオナが少し笑顔を見せた。やべぇ、可愛い。仕事脳が破壊されかけたので、俺はなんとか質問を続ける。
「それでは、今魔法使いの仕事を辞めたいということですか?」
「はい、もう嫌なんです。私の魔力は元々、戦闘には向いていないんです。それでも戦いに使われるのがもう嫌で……」
なるほど、戦闘向きじゃない魔力もあるのか。フィオナの家は代々風の魔法使いだが、その性質は暴風と静風に分かれるらしい。
「私の先祖はずっと、親も含めて暴風でした。でも私はなぜか静風しか使えなかった。それでもずっと戦闘訓練をされてきたんです」
そう言うとフィオナは泣き出した。ランスがすかさずハンカチを持ってくる。くそ、モテる男は違うぜ。こういうときの気の利かなさで差がつくんだよなぁ。
「大丈夫ですか? ゆっくりでいいですから」
俺も慌てて声を掛ける。フィオナはすいません、と涙をぬぐい、説明を続けた。
「パーティーも親が決めたものなんです。いわゆる昔から関わりのある家同士で結成されていて」
ランスに聞いたところによると、そのようなパーティーも一部存在するらしい。貴族など身分が高い家は、よりその傾向があるとのことだ。
「結婚もそのメンバーとしなさいと親に言われていて、なんとか今まではうまくかわしてきたんですけど……」
最近、その相手からセクハラを受けそうになることも増えたそうだ。他のメンバーはメンバーで家の事情を知っているので、何もしてくれないらしい。
「パーティーだと、泊りがけの任務に行くことも多いです。今はまだなんとか撒けていますが、そのうちもっとひどい目に遭うこともあるかもしれません」
フィオナの様子を見るに、この退職代行は早めの解決が必要だと感じた。異世界にも過干渉な毒親はいるのか……しかも現世よりひどそうだ。
「分かりました、依頼を引き受けましょう」
俺はなんとか、早めにこの事態を解決する方法を考えようと覚悟を決めた。決してこの子に惚れたとかそういうことではない。
「僕が勇者をしていたときも、ミゼルから彼女の噂を聞いたことはあったんだ」
2人が帰った後、ランスはふと口にした。
「ああいう家ってやっぱり多いんですか?」
「そうだね、そして辞めることが出来たというのは聞いたことが無い。かなり厳しい戦いになるかもしれないね」
ランスのいつになく真剣な面持ちに、俺は生唾を飲んだ。でも、やるしかない。一番の問題は親だが、まずはパーティーのメンバーから当たろう。
「解決しますよ、退職代行屋として」
「うん、一緒に頑張ろう。先輩」
「だから先輩は嫌だって!」
「じゃあ師匠で」
俺たちは早速、フィオナを救うプランを練ることにした。
お読みいただきありがとうございます! 高評価感想を頂けるとランスがウインクしてくれるかも? え、レイジの方が良いって? しょうがないなぁ(^_-)-☆




