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10 女将の涙とナイトショー

 胸が高鳴って、思わず立ち上がって叫んでしまった。


「……えいがかん、ってなんだい?」


 ハーレントが首をかしげる。そうだ、この世界には漫画すらない。ましてや映画館なんて知らないに決まっている。


「……えっと、紙芝居の屋敷を作りましょうという提案です」


 最初の勢い虚しく、俺は誤解を生まないように丁寧に2人に説明することにした。


「まず、お二人の抱えている課題を整理しましょう」


 ハーレントは仕事を辞めたく、それには宿の処分が大きな問題になってしまっている。また、過去の綺麗な状態の宿をもう一度見たい。


「まぁ、大体そういうことになるね」


 ノインに関しては、几帳面な性格が災いして周りと反りが合わず、人間不信になって仕事を辞めたいと考えている。


 小説、絵は好きで、それを通して子どもたちと関わることは緊張しないことが分かっている。紙芝居はうまく行きそうだが、前回やったときは私有地で追い出されてしまった。


「はい、そうです」

「この2つを解決する方法を思いついたんです」

「それがその紙芝居屋敷だってのかい?」


 ハーレントはまだ理解できていないようだ。


「ノイン。君、掃除好きだろ」

「そうですけど、何で知ってるんですか?」


 最初、ノインが事務所に来た時俺はお茶を出した。お茶を作っている間ふとノインの方を見ると、窓枠の埃を気にしていることに気づいた。


 ランスから貰ったばかりの新しいこの家でも気になるということは、相当掃除好きなんだろうと前から思っていた。その後に本人から几帳面だという情報も聞いたからな、これは確定だと思った。


「あ、見てたんですね。失礼の無いように隠れて見ていたつもりなんですけど……」


 ノインは恥ずかしそうに照れた。俺が照れたら周りは引くのにイケメンは羨ましいな……話を続ける。


「今、ハーレントさんは宿を誰かに明け渡したい、且つ綺麗な状態を見たいと考えている。そこでノイン君が宿を貰う代わりに掃除をするんだ」

「別に僕、宿屋になりたいわけじゃないですけど……」

「やるのは宿じゃない、紙芝居さ」


 俺が作ろうとしているのは、異世界版の映画館だった。


 1日いくつかスケジュールを打って、紙芝居を上演する。自分の敷地であれば文句を言われることも無いし、部屋によって臨場感を感じられるような装飾を施すこともできるだろう。


「それに、店が繁盛してバイトの人数が増えれば同時上演も可能になる」

「僕、バイトだとしても話すのきついと思いますけど」

「まぁそれは可能性の話さ。家賃がかからない分、1人で切り盛りしていくこともできる」

「あんた、頭いいねぇ」


 ハーレントが横で感心している。まぁ、これも現世の受け売りなんですけどね。何はともあれ、これで2人の悩みは解決できるはずだ。めでたしめでたし。



「で、どうして俺も?」


 翌日、俺は三角巾を身につけ宿屋に立っていた。いや、なんで?


「まぁまぁいいじゃないか、1人だと厳しいんだし」

「似合ってますよレイジさん」


 なんだろう、ハーレントとノインにうまく乗せられた気がする。


「ほれほれふぁいとぉー」


 2人はすでにやる気をたぎらせている。いや、女将の方はやらんやんけ。そういうわけで、俺たちは掃除をすることになった。


「ゴホッ、ゲホッ」


 埃っぽいな。歩くだけで埃が舞って咳き込む。それに長年の汚れが蓄積していて、水をつけた雑巾では綺麗にするのにとても時間がかかる。雑巾を絞れば、絶えず黒い水が出てきた。


「はぁっ、なんとか1部屋終わったぜ」


 思わずつぶやいてしまうほど疲れていた。1人作業だし許してくれ。


 1部屋を掃除するのに、数時間はかかっていた。残りの部屋の数は……数えたくもない。2人分の指でも収まらない数なのは明らかだった。


 これ、ノインは出来ているのか?正直、ノインは俺よりも年下だしヒョロガリだ。絶対にこの作業量に耐えられるはずはないと思っていた。俺はこっそり、ノインが担当している部屋を見に行った。


 俺が部屋に着くと、ノインの姿があった。すぐに声を掛けても良いが、せっかくなら脅かしてやろうかと思ったので、暫く部屋の外から眺めていた。


 しかし、ノインが動く素振りが無い。ずっと突っ立っている。


「おい、いくら依頼人でも何サボって……」


 言いかけた俺は口をつぐんだ。雑巾が洗剤と水を纏い、勝手に進んでいる。それもかなりのスピードで。精度も相当なものだ。雑巾が通った後には、塵一つなかった。


「あ、レイジさんお疲れ様です。今5部屋終わりました」

「……そうなのね、はーい」


 レイジさんはどれくらい終わりました?と聞かれる前に俺は颯爽と部屋を後にした。そうか、この世界の住人は魔法が使えるんだった。


 俺は次の部屋に行き、うーんと唸っていた。


「どうしたんだい?」


 ハーレントがやってきた。その手には2人分のジュースを持っている。俺はハーレントともに休憩をすることにした。


「あのノインって子、凄いねぇ。完全に水魔法を自分のものにしている」

「やっぱり魔法なんですね」

「あんたは使わないのかい?」


 転生者だとバレるため、魔力が無いと言う訳にはいかない。俺はなんとか違う言い訳を探そうとした。


「……もしかして、あんた最近魔力を使いすぎたのかい?」


 ハーレントの推測は外れていたが、俺にとってはありがたかった。その方向で話を持って行く。


「あ、実はそうなんです」

「あんたの支払いがずっと小瓶だったのも気になったけど、あんまり魔力の無駄遣いしたらだめよ、体壊すことになるからね」


 元々ないので体を壊すことは絶対にないのだが、とにかくハーレントが変な方向に勘違いしてくれてよかった。


「私も実は水属性の魔法が使えるんだよ。若い頃はノイン君みたいに掃除に使っていたんだけどねぇ、最近だと身体が魔力に追いつかなくなっちまった」


 そう言うとハーレントは、俺の小瓶に自分の魔力を注いでくれた。


「あ、ありがとうございます」

「これで掃除は頑張りな。はぁ、私は疲れたから暫く休むことにするよ」


 ハーレントが去った後、俺は雑巾を手に小瓶を見つめた。


 前にランスと魔力を使った時は、調整が上手くできずに失敗してしまった。買い物とかは魔法陣が勝手に魔力を吸い取ってくれるから調整要らないんだけどなぁ。


「よし」


 俺は雑巾と小瓶に意識を集中させた。今度は少しずつ、身体に馴染むように。小瓶からハーレントの魔力を取り出し、手に纏わせる。


「よし、これで雑巾を……」


 少し波はあったものの、うまく水流に乗せることに成功した。ハーレントの魔力は自然と手に馴染むものだった。年の功だろうか。俺はあっという間に1部屋の掃除を終わらせることが出来た。



「よし、これで終わりですね!」


 俺たちはなんとか宿の掃除を終わらせることに成功した。ノインの方が2倍以上の部屋を掃除したのは内緒だ。


「すごいねぇ、もう終わったのかい!」


 起きてきたハーレントは、ピカピカになった宿に目を丸くする。時間を空けず、その目からは大粒の涙が溢れ出てきた。


「ありがとねぇ、旦那と切り盛りしてた時を思い出すよ。繁盛してたときのまんまだわぁ」


 しわの刻まれた頬を伝う涙は、かつての時間を取り戻したかのようにきらめいていた。なんか俺まで泣けてきた。ノインも目をウルウルさせている。


「ハーレントさんが守ってきた宿、僕がこれからも大切にします」


 ノインの決心には、覚悟と尊敬の想いが詰まっていた。こうして俺たちは、無事にハーレントの依頼を解決することが出来た。



 数日後、俺はノインに代替わりした宿を訪れた。


「あ、レイジさんお久しぶりです」

「繁盛してるみたいだね」


 宿にはたくさんの子どもたちが押し寄せていた。どの子も、笑顔に満ち溢れている。


「外にスケジュールが張ってあったね。ずいぶん沢山やるみたいだけど」

「子どもを連れてきた親御さんの笑顔を見て、もっと広げたいと思ったんです。大人用の紙芝居も計画しました!」


 なるほど、それで夜も紙芝居のスケジュールが書かれていたのか。俺は感心してしまった。


「今からちょうど始まるので、レイジさんもいかがですか?」


 俺はお言葉に甘えてノインの紙芝居を見させてもらうことにした。子ども用とはいえ、しっかりとストーリーが作られており、見ていて退屈しなかった。


 クライマックスでは手に汗を握ってしまったほどだ——もちろん観終わった後お金は取られた(^^)芝居を観終わって受付に戻ると、聞き慣れた声がした。


「はいいらっしゃい、ちょっと待っててね。おお! あんたじゃないか!」


 ハーレントだった。どうしてここに?それよりも、客をさばくハーレントはとても生き生きしていた。


「週に2、3日だけ、ここで働くことにさせてもらったんだよ。綺麗になった宿を見て、やっぱりここにいたいなと思ってしまってねぇ」

「そうだったんですか、ノインさんに継がせてしまいましたけど大丈夫でしたか?」

「おかげで気楽にやれてるよ。やっぱり私にはこういう働き方が合ってるみたいだ。これもあんたのお陰だよ、ありがとね」


 ハーレントのハリのある笑顔を見ることが出来て、俺は嬉しかった。ノインにもかなり感謝された。2人とも、今の生活にとても満足がいっているようだ。


「また、いつでもおいでね」

「はい、ご利用ありがとうございました!」


 俺は爽やかな気分で紙芝居屋敷を後にした。現世では感じることのできなかった満足感に、気分は高揚していた。


 事務所へと戻り、今回の書類などを整理する。ノインの小説、返し忘れたな。面白かったしまた読んでから返しに行こう。


 そう思って微笑んでいると、チャイムが鳴った。次の依頼だろうか、俺がドアを開けると、久々に聞く声が飛び込んできた。


「やぁ、久しぶりだね」

「ランス!?」


 教師になったはずでは。ランスが事務所に、それも仕事のゴールデンタイムにやってきたのだ。Are you ニート?


お読みいただきありがとうございます! ついに解決! 代わるように現れたランスは本当にニートになったのか!?

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