虫と王
戦場は灰に覆われ、血の匂いと呪力の重みが空気を沈めていた。
そこに立つは両面宿儺。千年を超え、呪いの王と呼ばれる存在。
その視線の先、挑むように現れた一体の呪霊がいた。
「俺を斃す? ……フン、虫の分際で王に挑むとはな。」
宿儺は愉快げに嗤い、ただ「虫」と言い捨てる。
呪霊はその言葉を飲み込み、皮肉げに返した。
「確かに俺は“虫みたいにしぶとい”と言えるかもしれない。だが、俺は虫じゃない。俺は呪いとしての誇りを持っている。」
その瞬間、呪霊の術式が展開される。
それは――座標変換。
存在するあらゆる対象の位置を強制的に入れ替え、空間ごと捻じ曲げる力。
斬撃の軌道を逸らし、異物を敵の体内に転移させることさえ可能。
「俺の術式は“空間を歪ませる”。お前の斬撃も、座標を弄れば届かない。」
宿儺は目を細め、やがて嗤う。
「フハハ……面白い。だが虫、勘違いするな。俺の斬撃は“世界”そのものを縫い分ける。お前が座標をずらそうが、その空間ごと切り離すまでだ。」
交錯する力。宿儺の斬撃が大地を裂き、虫は座標変換で攻撃をかわし、さらには鉛やチタンを宿儺の体内に転移させた。
爆ぜる音。宿儺の腹は破裂し、頭すら砕け散った。
「……終わりだ。頭を失ったお前に反転術式は使えまい。」
だが、王は蘇る。飛び散った肉片が集まり、反転術式の紅光で再構築されていく。
「フフ……虫ごときが俺を仕留めた気になるな。器を介するこの身は、そう簡単に終わらん。」
虫は唇を歪め、皮肉を滲ませて笑った。
「ならば領域だ。俺の領域は“必中の空間捩じ込み”。範囲を指定すれば、その中を抹消できる。俺ごと消えるが……王を殺せるなら悔いはない。」
光が戦場を覆い尽くし、宿儺の斬撃も虫の肉体も、灰のように掻き消されていく。
最後に響いたのは宿儺の嗤い。
「……フハハ……ここまでの捨て身を虫がやるとはな。認めてやろう。お前は確かに王を殺した。」
──そして、二人は黄泉の国で再び相まみえた。
赤黒い川のほとり、霧の中で宿儺が問いかける。
「虫よ。お前の誇りは満たされたか?」
虫は皮肉を込めた笑みを浮かべ、静かに答えた。
「史上最強を殺した。それで十分だ。俺は虫じゃないが──虫みたいにしぶとい存在が、王を屠った。それが俺の誇りだ。」
宿儺はしばし沈黙し、やがて低く嗤う。
「……フフフ……いいだろう。虫にしては上等だ。お前の名は、王の記憶に刻まれる。」
二人の影は霧の中に消えた。
残されたのは――「王と虫が並び立ち、互いを認め合った」という事実だけだった。