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37. 日食(後半)

アレン目線の話です。

ちょっと短めです。

 

「……私もここに残りたい」


 少し恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうに微笑んだミアの顔が、頭から離れない。

 その一言を聞いた瞬間、胸がいっぱいになって、気づけば涙がこぼれていた。慌てて隠すように部屋を飛び出したものの、頭の中ではあの光景が何度も何度もリピートしていた。


 思い出すたび、今度は込み上げる笑みを抑えられず、俺は手の甲で口元を覆った。

 ――ああ、やばい。こんなにも嬉しいなんて。


 にやけ顔がどうしても収まらないまま、厨房に辿り着く。


「……しっかりしろ」


 深く息を吸い、ふーっと吐き出して呼吸を整えると、気持ちを切り替えるように厨房に入り、手早くサンドウィッチを作ってもらった。


 皿を持ち、ミアの待つ部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、不意に肩を組まれる。振り返ると、そこにはライアンがいた。


「よお、ミアちゃん目覚めたんだってな」

「ああ」

「よかったな」


 それ以上何も言わないライアンを訝しく思い、横目でちらりと見やると、じーっとこちらを観察するように視線を向けてきていた。


「……なんだよ」

「いやぁ。……なんかいいことあった?」

「は?」

「もしかして、ミアちゃんとついに結ばれたとか?」

「なに言って…!」


 心臓が大きく跳ねる。慌てて声を荒げたが、ライアンはにやりと笑っただけだった。


「随分嬉しそうな顔してたからさ。なんかあったのかなーって」


 図星を突かれたようで、思わず視線を逸らす。肩に回された腕を無理やり引き剥がし、俺は足早にライアンから離れた。


「ちぇっ。まあいいや。……また後で聞かせてくれよ」


 思ったよりもしつこく追及してこなかった。

 ――ライアンなりの気遣いかもしれない。そう思うと、認めたくはないが少しだけ胸が温かくなる。


 その時だった。

 廊下の窓から差し込んでいた光が、ふっと翳った。


「……まさか、日食!?」


 胸の奥がざわつく。

 ミアが「ここに残りたい」と言ってくれた言葉を疑っていたわけじゃない。だけど、なぜか強烈な胸騒ぎがして――俺は皿を持ったまま駆け出していた。


 日食は午後二時ごろのはずだ。まだ一時間以上ある――。それでも、嫌な予感が全身を支配し、理性よりも先に足が動いていた。


 ――ミアのもとへ。


 胸の奥がざわつき、息が荒くなる。片手で勢いよくドアを開け放った瞬間、視界を真っ白に塗りつぶすほどの光が部屋に溢れ込んできた。


「ミア!」


 目を細めながら必死に視線を探すと――彼女は、光に飲み込まれそうになっていた。

 持っていたトレイが手から滑り落ち、床にぶつかって甲高い音を立てる。だがそんなことは一切気にしていられなかった。


 駆け寄り、手を伸ばす。

 その動きに応じるように、ミアも必死にこちらへ手を伸ばしてくる。


 あと少し。ほんの数センチ――届くはずだった。


「アレン!」


 必死に俺の名前を呼ぶ声。

 けれど、指先が触れ合う寸前、ミアの姿は光に溶けるようにして掻き消えた。


「――っ!」


 全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。光の残滓だけが、空しく視界に揺らめいていた。


「……くそっ!」


 拳を握りしめ、床を叩く。鈍い痛みも、この悔しさを和らげはしない。

 あともう少し早く部屋に戻っていれば――いや、それ以前に、どうしてミアを一人にしたんだ。


 考えれば考えるほど、押し寄せる後悔に胸が締め付けられる。喉の奥が焼けつくように痛み、息を吸うことすら苦しい。

 もし方法があるのなら――今すぐにでもすべてを投げ出し、彼女のもとへ駆け出したい。ミアと一緒にいられるのなら、場所がどこだろうと関係ない。その想いだけが、胸の奥で炎のように疼き続けていた。


 それなのに、俺はミアのいる世界に行くことすらできない。ただ立ち尽くし、拳を握り締めることしかできない自分が、情けなくて仕方がなかった。


 どうして、こんな理不尽が許されるんだ。


 ――十年前も、そうだった。

 彼女と離れたあの日からの歳月、俺はただ待つことしかできなかった。何の手がかりもなく、ただ「未来で再会できる」という、確証のない言葉に縋るしかなかった。


 だが、今回は違う。

 もうあの時のような言葉も、縋るものも、何一つ残されてはいない。


 自分の力の無力さを思い知った。どれだけ足掻こうとも届かない現実に、心が押し潰されていく。


「……っ」


 視界がにじみ、気づけば頬を伝った雫が地面に落ちていた。

 滲んだ大地に落ちる水音が、やけに遠くで響いたように感じた。



次回、ラストエピソードです。

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