33. 属性魔法
私は深呼吸をひとつしてから、二人にもこれまでの出来事を語り始めた。
過去に行き、呪いにかかった少年と出会い――その進行を遅らせることに成功したこと。そして、その少年こそが、今の時代で共に過ごしてきたアレンだという事実を。
「……アレンにはもう話してあって、研究所の二人にも伝えてほしいって、彼が言ってくれたんです」
エリクさんは黙ったまま視線を伏せ、深く息を吐く。
「そうか……」
その小さな呟きは、静かな部屋に重く響いた。
アレンのことを知っているからこそ、ショックが大きいのだろう。彼の肩越しに見えた横顔には、理解と痛みが入り混じっていて、私の胸も締め付けられるように痛んだ。
やがて、エリクさんは静かに顔を上げた。以前、「どうして呪いの進行を遅らせられたのか」と不思議がっていた彼。今、私の話を最後まで聞き終えたことで、ようやくその答えにたどり着いたように、目を細めてゆっくりと頷く。
「やっぱり…神聖魔法の影響だったんだね……。そして、それがミアの魔法だったとは」
「だけど、完全に呪いを解くことはできなかったんです」
私がそう言うと、エリクさんは腕を組み、深く考え込む。
「……魔獣にかけられた呪いだとしたら、解決できるかもしれない……」
「本当ですか?」
思わず声が弾む。
その瞬間、胸に小さな希望の光が灯るのを感じた。
あれから私がいなかった一ヶ月間、エリクさんとヨルくんはアレンの呪いを優先して研究を進めてくれていたらしい。
そして、以前私が語った断片的な情報を手掛かりに、【西の森】の呪いということも突き止めていて、既に大きな仮説を立てていたのだ。
「西の森の魔獣たち……あいつらの呪いの特徴は、その人が持つ属性魔法を奪ってしまうことなんだ」
その言葉に、私は息をのんだ。頭の中で、あの日の光景が鮮やかによみがえる。
――怪我を負い、目を覚ましたレンくん……いや、アレン。彼から魔法についての記憶がなくなっていた時のことを。
そうか。やっぱり、あれは呪いのせいだったのか。
胸の奥から熱がこみ上げ、私は思わず両手をぎゅっと握りしめた。指先に力が入りすぎて白くなるのも気づかないほど、心臓の鼓動が早まっている。
「前に聞いた時は分からないって言ってたけど…」
不安と期待が入り混じった声でエリクさんは続けた。
「彼の属性って分かった…?呪いの鍵を解くには、生まれ持った属性を再び吸収させることが必要なんだ」
淡々と告げられた言葉は、希望と同時に重みを持って私にのしかかる。そんなことまで突き止めているのか――と感心しながら、私は少し息を整えてから答えた。
「光魔法だと思います」
私は当時見た状況を伝えた。エリクさんも光魔法で間違いないだろうと頷いてくれた。
「うーん、光魔法か……ちょっと厄介だな」
エリクさんの低い声が、部屋にひどく重苦しく響いた。ぼそりと漏れた呟きに、胸の奥が不安でざわめき、私は反射的に彼の横顔を見つめる。
しかし次の瞬間、彼は表情を緩め、いつもの優しい笑みを浮かべて私の頭をぽんと叩いた。
「あ、ごめんごめん。大丈夫、なんとかするから」
その軽やかな仕草に少し救われる。けれど、不安を完全に拭い去るにはまだ足りない。
「この人、王族だからね。こういう時、本当に頼りになるんだよ」
ヨルくんが私の耳元で小さく囁いた。
「こういう時ってなんだよ。俺はいつも役に立ってるだろ」
エリクさんにも聞こえていたようでヨルくんの言葉に苦笑しながら返した。肩に乗っていた緊張がふっと軽くなるように場の空気が和らぎ、私も思わず吹き出してしまった。
エリクさんの話では、【アークストーン】と呼ばれる特別な石が存在するらしい。
それは世界に散らばるマナの結晶で、それぞれが固有の属性を宿し、魔力の強化や魔法の媒介に使われるのだという。けれど、その中でも光属性は極めて稀少。市場に出回ることはほとんどなく、容易には手に入れられない。
「厄介だ」と呟いた理由がようやく理解でき、私は小さく息をのんだ。
「じゃあ、アークストーンは僕がなんとかするとして……。あとは、ミアの神聖魔法をうまくコントロールできるようにする必要があるね」
エリクさんが静かに告げた。
「十年前の呪いだとすると、相当根深いはずだから……」
ヨルくんが腕を組み、考え込むように眉を寄せて続ける。
「ミアには魔法の特訓が必要だね」
「魔法の扱い方については、僕よりヨルが得意だから適任だな」
任せたよ――そう言わんばかりに、エリクさんはヨルくんの頭を軽くポンと叩いた。
「よろしくお願いします!」
私が勢いよく頭を下げると、ヨルくんは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからにこりと笑った。
軽く胸を叩き、いたずらっぽい光を瞳に宿す。
「覚悟してね。厳しくいくから」
その声に、背筋が自然と伸びる。けれど、不思議と心は温かくて、私の口元にも笑みが浮かんでいた。
◇◇
ーーそれから2週間後。
研究所に顔を出した私の目に飛び込んできたのは、エリクさんの手元で淡く輝く光属性のアークストーンだった。
青白い光に金の粒子を帯びたそれは、まるで夜空にきらめく星屑を閉じ込めたかのようで、ただの鉱石とは思えない神聖さをまとっている。
その神秘的な輝きに、思わず息を呑んだ。
「言っただろう? なんとかするって」
誇らしげに微笑むエリクさんの姿を見た瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げる。抱きついてお礼を言いたい衝動を必死に抑え、言葉だけを絞り出した。
「……ありがとうございます」
その横顔を見て、ヨルくんが囁いた「頼りになる」という言葉の重みを改めて痛感した。
「ミアの方は順調?」
「いい感じだよ」
ヨルくんが代わりに答えてくれる。
「僕たちの仮説が正しければ……」
エリクさんは期待を込めた眼差しで資料をめくりながら、淡々と次の準備について語った。
前例のない試み。成功する保証などない。それに、私の魔法はまだまだ未熟だ。
けれど――。
エリクさんやヨルくんが積み重ねてきた努力を、絶対に無駄にしたくない。
そして、何より――アレンを救いたい。
その一心で、私は魔法の特訓に明け暮れることになる。
最初の頃は、魔力の流れを意識するだけでも頭がくらくらして、掌に灯した光はすぐに掻き消えてしまった。失敗を繰り返すたびに、焦りで胸が締め付けられる。けれど、その度にヨルくんは根気強く指導してくれた。
「今のは悪くないよ。あと少しだけ集中を深めてみて」
横で見守るエリクさんもまた、研究の合間にアドバイスをくれる。二人の存在がどれほど支えになったか、言葉では言い表せないほどだった。
――さらに一ヶ月後。
幾度となく繰り返した訓練の成果は、確かに形になっていた。
掌に宿す神聖魔法は、以前のように揺らぐことなく、少しずつ輪郭を整えていく。淡い光はより強く、より澄んで、まるで心の奥に潜む決意を映すかのように輝いていた。




