表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/38

3. 青鈴の余韻


「アレンさん!」


 鋭く通る声が森に響き渡った。思わず肩をびくりと震わせると、背の高い青年が木々の間から勢いよく飛び出してくる。鎧の隙間で揺れる銀の装飾が、木漏れ日に反射してきらりと光った。

 そのまま駆け足のまま私たちに近づいてきたが、途中で地面に横たわる生物を見つけ、少し足を緩める。


「最近村の方で被害を出していたのは、こいつだったんですね。さすがです!」


 息を弾ませながらも、誇らしげな声。どうやら助けてくれたこの目の前の彼の仲間らしい。その後、視線が私へ移る。見慣れない存在を前に、目を瞬かせ、小さく首をかしげた。


「…その方は?」

 心配そうに探るような声。


「足を捻ったみたいだから、彼女を連れて森から出ることにした」

「……は、ええ?()()()()()が、ですか……?」

 青年は豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くし、声を裏返した。

 まるで、まさか本人が自ら行くなんて――そう言いたげな反応だ。


「あとは頼んだぞ」

「はい?ちょ、ちょっと!」


 青年は慌てて手を伸ばすが、目の前の彼は一瞥もせず私の方へと向き直る。その真剣な横顔を間近で見て、私はごくりと唾を飲み込んだ。


 頭が追いつかないまま困惑だけが募っていく。目の前にいるこの人は、あの化け物のような生き物を一瞬で倒した人。いったいは何者なんだろうか。


 そんなことを考えているとふわりと体が浮いた。


「えっ……!」


 突然、腕に抱え上げられ、気がつけばお姫様抱っこをされていた。

 体温の伝わる腕の中。肩にかかる逞しい手。心臓が跳ねるように早鐘を打ち、顔に一気に熱がのぼる。男性に抱きかかえられるなんて初めてで、しかもそれが初対面の人。恥ずかしさと戸惑いで頭が真っ白になる。


「あ、あのっ!その……杖みたいなのがあれば歩けると思うので、大丈夫です!」


 慌てて抵抗の言葉を口にする。けれど、彼は表情を変えずに私をしっかりと抱えたままだ。まるで当然だというように、降ろす気配すら見せない。


「無理をすると、もっと足を痛めるよ」

 穏やかで落ち着いた声。その声音に逆らうのが難しくて、私は小さく「……はい」と口を結んでしまった。


 それでも落ち着いていられるはずもなく、じっとしているのも気まずくて、腕の中でごそごそと身じろぎした。その拍子に――カラン、と高く澄んだ音が響いた。


 私のポケットから、何かが零れ落ちていった。

 視線を追うと、小さな物体が地面に転がり、【チャリン】と綺麗な音を奏でる。


「あっ…!」

 地面に止まったそれを見て、息を呑む。

 転がっていたのは、小さな鈴。けれど普通の鈴とは違う。青いガラスのように透き通った、不思議な輝きを放っていた。


(……これ、私が追いかけていた音……?)


 山に迷い込んだ時から、どこかで聞こえていたあの鈴の音。

 どうして私のポケットに入っていたのだろう。今の今まで、そんなもの持っていた覚えはない。


 鈴を見て驚いたのは私だけではなかった。彼もまた、鋭い視線を鈴に注ぎ、何かを確かめるようにじっと見つめている。けれど、言葉を発することはなかった。ただ唇をきゅっと引き結び、何かを飲み込んでいるように見えた。


「はい」

 そんな沈黙を破ったのは青年だった。私の斜め後ろからすっと鈴を拾い上げ、差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます」

 自分の物ではないが、ポケットから落ちたのをこの二人も見ていたのだろう。断るのもおかしい気がして、私は戸惑いながらも手を差し出した。


 掌に置かれた鈴は、冷たいのに不思議と温もりを感じさせる。澄んだ青色は、この世のものとは思えないほど美しい。思わず息を呑み、もう片方の手で紐を持ち上げ、小さく揺らしてみる。


 ーーーチャリン。


 静かな山の中で、鈴の音が澄んだ響きを残し、こだまするように広がっていった。耳の奥にすっと入り込み、余韻だけを残して消えていく。まるで胸の奥にまで沁みこんでくるようで、その音に触れているだけで心が少しずつ癒されていく気がした。


「綺麗な鈴ですね」

 私の手元を覗き込みながら、青年が穏やかな声で言った。


「ふふ……そうですね」

 少し緊張の糸がほぐれ頬が緩んだ。


「じゃあ」

 短く告げられたその言葉を合図に、彼は私を抱きかかえたまま迷いなく歩き出した。


「あ!降ろしていただいて大丈夫ですから!」

 慌てて訴える私をよそに、彼の足取りは変わらない。


「大人しくしてないと落ちるよ?」

 こちらに視線を向けて、ふっと口元を緩める。初めて見る笑顔に、心臓が跳ねた。

 

 胸の奥がじんわりと熱くなって、慌てて視線を逸らす。彼に悟られまいと、息を深く吐いて気持ちを落ち着かせた。

 彼の腕の中は、不思議と居心地がいい。ゆるやかに揺れる木漏れ日。さらりと頬を撫でていく風。さっきまでの混乱や恐怖がまるで幻のように遠のいて、静かに時が流れていく。


 やがて彼の足が止まった。視線の先を追うと、一頭の馬が木に繋がれているのが目に入った。


 野生のはずはなく、しっかりと馬具がつけられている。まるで主人の帰りを静かに待つ犬のように、大人しくそこに立っていた。

 ここで立ち止まってどうするのかと思った矢先、私の体がさらに高く持ち上げられる。


「え!あの、ちょっと!」


 気づけば私は馬の背に横向きに抱き上げられていた。視界が高くなり、地面が遠ざかっていく。慣れない高さに足が宙を泳ぎ、心臓がぎゅっと縮む。状況についていけず、声が裏返ってしまった。


 恐る恐る身を固くしている私をよそに、彼は淡々と馬の紐を解き、馬具を整えていく。


 そして彼自身も馬に跨がると、ドン、とした衝撃が私の肩に伝わる。


「しっかり掴まってて」

 落ち着いた声と同時に馬が歩き出す。思わず反射的に彼の裾をぎゅっと掴んだ。揺れる馬上で、頼れるものは彼しかいない。その存在感があまりに近く、鼓動がさらに速くなる。


「あ、あの…!ちょっと待ってください!私ここへは友達と来ていて…その子の元へ戻らないと」

 私が由美子と離れてから、下手すると1時間近く経っているかもしれない。

 きっと心配してくれているだろう。鞄にはスマホが入っているが、そもそも鞄ごと由美子のところに置いたままで連絡もできない。


「……友達も一緒に?」


 声を上げると、彼は眉を寄せて私を見た。その眼差しには冷静さの奥に、確かに心配の色が滲んでいる。


「どの辺にいたか詳しい場所分かる?」


「えっと…」

 私は必死に知っている限りを話した。広場の様子、観光客の存在、由美子と過ごしていた雰囲気……記憶にあるすべてのことを話した。その間、彼は真剣に耳を傾けてくれていた。


「なるほど…。ということはここじゃなくて、近くの広場かもしれないな…。ちょっと寄ってみようか」

「良かった…!ありがとうございます」


 そもそもここに由美子はいるのだろうか。そんな不安が押し寄せる。

 さっきまでいた由美子と一緒にいたパワースポットとは違う、全く別の場所なのではないだろうか、と考えてしまう。


 胸の内でぐるぐると考えているうちに、「もうすぐ森を抜けるよ」と言われ意識を元に戻した。進むにつれて木々の数が減り、差し込む光がどんどん強くなる。そしてついに、視界が大きく開けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ