29. 正体
シャワー水音が響き渡る中、思考がふと浮かび上がる。
アレンは元気にしているだろうか——。レンくんを見ていると、ふとした瞬間にアレンを思い出す。やっぱり似ているからだろうか。
レンくんのあの呪いも……未来に戻るまでになんとか出来ないだろうか。
ーーその時、胸がドクンと大きく脈打った。どうして今まで気づかなかったのだろう。
アレンは子供の頃に呪いを受けたと言っていた。
エリクさんたちは「呪いを受けたら長くても二週間ほどだ」と言っていたのに、アレンの呪いは何故か弱まっていた——。それは、私がここにいるレンくんの呪いを神聖魔法で弱めていたからではないだろうか。
とすると、ここにいるレンくんはアレン……?
心臓がどくどくと速く打ち、胸の奥が熱くなる。動揺しているのが自分ではっきりわかる。
アレンは「どんな呪いかわからない」と言っていた。
西の森、あの森から見えた青いの光。魔法について調べていた時、光魔法の特性だと本で読んだ。——あれが手掛かりになるかもしれない。
興奮で手が震えながらも、私は急いでシャワーから上がった。リビングに戻ると、レンくんは買ってきたものを片付けていて、夕飯にはまだ手をつけていないようだった。
「レンくん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
“あなたの本当の名前はアレンですか?”
そう問いかけようとした瞬間、レンくんの表情が私を見てふっと柔らかくなった。その笑顔を見た途端、言葉が喉の奥で止まってしまう。
「これ、片付けてくれたの?ありがとう」
「これくらいはやるよ」
私はテーブルに目線を送り、レンくんに尋ねた。
「もしかして、お腹空いてなかった?」
「……ミアと一緒に食べようと思って」
その一言に胸がじんわりと温かくなる。照れくさそうに言うレンくんが、可愛くてたまらない。思わず抱きしめたくなった。
初めて名前で呼んでくれた喜びに、今はただ浸ることにする。きっと彼には言えない事情があるだろうし、すぐに未来に帰れる見通しもない。
——しばらくは、このままレンくんと過ごそう。
◇◇
それから数日、王宮からもらったお金を切り崩しながら静かな日々を過ごしていた。
そんなある日、家の前に一枚のチラシが舞い込んできた。
「……新しいパン屋が家の前にできたみたい。今日オープンするんだって」
レンくんと顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。
「行ってみよう」
胸を弾ませながら二人で足を運ぶと、焼き立ての香ばしい匂いが街角に広がっていた。人だかりをかき分け、店の奥に立つオーナーの顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。
「ティナさん……!」
思わず声にしてしまい、慌てて両手で口を押さえる。
——いけない。
私は未来から来たのだから、この時代のティナさんが私を知っているはずがない。
ティナさんは一瞬、目を大きく見開き驚いたようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「私のこと……知ってるの?」
「えっ……あ、いえ、その……」
焦りで言葉がつかえる。隣でレンくんが首を傾げ、不思議そうに二人が私を見つめていた。
「ちょっと、なんというか……個人的に」
「……?」
気まずい沈黙を破るように、私は咄嗟に言葉を継いだ。
「目の前の家に住んでて……その、ちょっとパン屋がオープンすることを前から聞いたんです」
「まぁ、そうだったのね」
ティナさんはにっこりと嬉しそうに頷いた。
胸の奥がざわめく。どんどんとパズルのピースがはまっていくような感覚だ。
——やっぱり。今、隣にいるのは……アレンなのだと確信に迫っていっている感覚があった。
焼き立てのパンを買って店を後にすると、私は堪えきれずレンくんに尋ねた。
「ねえ、レンくんって……光魔法使えるの?」
レンくんは、きょとんとした顔で首を傾げる。
どうやら記憶が部分的になくなっているようだった。これも呪いの影響なのだろうか。そう考えると、心の奥に冷たいものが広がっていた。
街をぶらぶらと散歩していると、レンくんがふいに立ち止まった。その視線の先を追うと、一軒の店の前で足を止めている。
「入ってみる?」
問いかけると、レンくんは少し慌てたように首を振った。
「あ、ううん。大丈夫」
けれどその目は、まだ未練がましく店先を見つめている。看板には《武具店》の文字。店先には輝く剣や鎧がずらりと並べられていた。
――剣。
その瞬間、ふと胸の奥で小さなひらめきが走った。アレンがかつて騎士団に身を置いていたのは、もしかしたらこうした憧れから始まったのかもしれない。
帰宅後、レンくんがベッドに入って寝息を立てるのを確認すると、私は机に向かった。
気になって、騎士団について詳しく調べてみたのだ。
すると、この国には騎士を育成するための学校が存在することがわかった。
基礎教養から戦闘訓練まで幅広く学べるらしく、しかも全寮制。もし私が未来に帰ってしまっても、レンくんはそこで暮らすことができる。
――これなら、騎士団に所属するという未来につながるかもしれない。
翌朝、私はさっそくその話をレンくんに切り出した。
するとレンくんは目を丸くし、やがて瞳をきらきらと輝かせた。
「興味あるなら見学行ってみない?」
「うん!」
嬉しそうに頷く姿を見て、私まで胸が高鳴る。
話は驚くほど順調に進み、その日のうちに見学を終え、入学願書まで手にして帰ってきた。
ただし、学校に入ることはできても、正式に騎士団に入団できるかどうかは学業や実技の成績次第だと説明を受けた。
「今の時期なら、ちょうど十月の入学に間に合うみたい」
そう告げた瞬間、それまで輝いていたレンくんの表情がふっと陰る。
「……どうしたの?」
不安になって覗き込むと、彼はうつむいたまま口を閉ざしている。先ほどまでの熱意との落差に胸がざわめいた。
「願書はもらってきたけど、無理に入学する必要はないんだよ?」
できるだけ優しく声をかけると、レンくんは勢いよく首を横に振った。
そして、少し震える声で言葉を絞り出す。
「……ミアと離れるのが嫌だ」
小さな肩がこわばり、唇がぎゅっと結ばれている。泣き出すのを必死に我慢しているようで、その不器用さに胸がぎゅんと締めつけられた。
――どうしてこんなに愛おしいのだろう。
思わずレンくんをぎゅっと抱きしめる。
「離れていても、レンくんのこと大好きだから」
「……俺も、好き」
少し照れながらも返してくれる声に、胸が温かくなる。
「あと三か月は一緒にいられるんだし、その間にいっぱい思い出作ろう」
そう言うと、レンくんは小さくコクリと頷いた。
胸に伝わるぬくもりが、なんとも言えず愛しくて、私はその頭をそっと撫で続けた。




