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25. 呪い(後半)

 

 息を切らしながら、ようやく研究所の前にたどり着いた。胸の奥で熱く波打つ鼓動を必死に落ち着けるように、大きく息を吸っては吐き出す。それから震える指先で、コンコン、と扉を二度叩いた。


「はーい」

 中から聞こえてきたのは、少しのんびりとした声。


 やがて扉が開き、顔をのぞかせたのはヨルくんだった。

「――あれ、ミア?どうしたの?」

 柔らかな笑みを浮かべる彼の表情に、張り詰めていた心が一瞬だけほぐれる。


「ちょっと…呪いについて、知りたいことがあって…!」

 言葉を急ぐ私を見て、部屋の奥にいたエリクさんがすぐに立ち上がった。


「何が知りたいの?」

 落ち着いた声音。その穏やかで頼もしい態度に、胸の奥にあった不安が少しずつほどけていく。


 私はアレンの名前を出すのは避けつつ、できる限り細かく状況を説明した。


「こういう模様だったんです」

 ヨルくんに借りた本を開き、該当のページを二人に差し出す。そこには、あの時見たものと同じ不気味な刻印の図が描かれていた。


 二人は絵をじっと見つめ合い、言葉を飲み込むように黙り込む。研究室に満ちる静寂が、余計に心をざわつかせた。


「その人…本当に、十年前に呪いにかけられたって言っていたの?」

 エリクさんが静かに問いかける。


「……はい」

 私の声は自然と小さくなった。


「ヨル、どう思う?」

「うーん」

 ヨルくんは腕を組み、眉間に皺を寄せて唸る。二人とも、何か腑に落ちない点があるらしい。


 アレンは「よく覚えていない」と言っていた。もしかすると、十年前というのは誤りなのかもしれない――そんな不安が頭をよぎる。


「こういった類の呪いは……かなり厄介なんだ」

 エリクさんが低い声で告げる。


「本にも記されている通り、発症すれば身体中に刻印が広がって、やがて死に至るとされている。しかも……発症してから全身に広がるまでの期間は、持って二週間。早ければ数日で命を奪われる」


「……え?」

 思わず息を呑んだ。


 二人が長く黙り込んでいた理由が、ようやく理解できた。

 ――そんな短期間で人を死に至らせる呪いに、十年も耐えられるはずがないのだ。


「ミアみたいに、神聖魔法を使える人が呪いの進行を遅らせたとか……?」

 ヨルくんが、思いついた可能性を口にする。


「まあ……考えられなくはないね」

 エリクさんは顎に手を当て、低く答えた。

「だけど……この二十年、神聖魔法を使えた人間はいなかったと記録されている。もし本当にいたのなら、その本人が隠していたとしか思えないけど……」


 言葉の端に、疑念とわずかな興奮が入り混じる。


 その後も二人は書物をめくり、古い資料を引っ張り出しては意見を交わしてくれた。

 やがて浮かび上がった最も有力な答えは――やはり「神聖魔法を使える人物に助けられたのではないか」という仮説だった。


 けれど、私は胸の奥で小さく引っかかりを覚える。エリクさんの研究で、ようやく最近になって「呪いが神聖魔法に干渉される」ことがわかってきたはずなのに。もしその仮説が事実だとしたら――すでに知らないところで実証されていた、ということになる。


 それでも。

「なんらかの力が働いて、アレンの呪いの進行が遅れている」

 その一点だけは確かだと、二人が断言してくれた。


 ほんの少しだけ、胸の中の重しが軽くなる。


 だが安心しきることはできなかった。アレンが、体調を崩す頻度が増えている、と言うイーサンの言葉を思い出す。


「その人の属性ってわかる?」

「属性ですか…?」


 この世界は、みんな何かしらの属性を持って生まれてくるらしい。基本的な、火・水・風・土、そのほか氷や雷のような自然属性などがあるらしい。


「聞いたことないです…」

「そうか……」

 エリクさんは何やら考え込んだようだが、その後「最優先で研究を進めよう」と力強くそう言ってくれた。


 その言葉に、ぐっと胸が熱くなる。

 心強い味方がそばにいる。そう思うだけで、不安に押し潰されそうだった心に新たな灯がともった。


 ――私もできることを精一杯やらなきゃ。そう強く心に誓った。



 ◇◇


 ゴーン、ゴーン――。

 夕刻を告げる鐘の音が静かな空気を震わせた。


「……えっ、もう五時!?」

 はっと顔を上げて時計を確認した。気づけば夢中で資料をめくっていて、時間の感覚がすっかり飛んでいたのだ。


「アレンと約束してたんだった!」


 慌てて机の上を片づけ、ノートと本を手早く積み直す。


「今日は本当にありがとうございました!」

 エリクさんとヨルくんに深く頭を下げると、足音を弾ませて研究室を飛び出した。


 廊下を駆け抜けていると、背後から低く優しい声が響く。


「――ミア!」


 急ブレーキをかけるみたいに立ち止まり、振り返った。そこには、ちょうど研究所に向かおうとしているアレンの姿があった。


「……アレン!」

「すごい勢いで走っていくから……。声かけてよかったよ」

 そう言って、肩を揺らして笑っていた。


「全然気づかなかった」

 自然と視線が交わり、互いに笑みがこぼれる。


「じゃあ、帰ろうか」

 差し出された言葉に、私は笑顔で頷いた。


 アレンの訓練時間と重なることがなく、こうして一緒に帰るのは初めてだ。いつもは一人きりで歩く帰り道が、今日は不思議と新鮮に感じられた。


「聞きたいことがあるんだけど……アレンって属性なに?」

早速エリクさんから聞かれた質問をアレンに聞いてみた。


「あぁ……わからないんだよね」

「え?」

 わからないなんて、そんなことがあるの?と首を傾げて聞いた。


「実は幼少期の記憶がちょっと欠けていて…それの影響なんだと思う」

「そう…だったんだ……」


 もしかして、何か呪いと関係あるのだろうか…。

 そう考え込んでいると、「こっちから行こう」と言われ、アレンは私の手を取って歩き出す。そのまま導かれるように進むと、見慣れない道へと出た。


「こんな道があったんだ……」

 人通りが少なく、石畳も少し古びている。街灯の影が長く伸びるその様子は、まさに「裏道」と呼ぶのにふさわしかった。


「近道なの?」

「いや……仲間に見つかるとまた面倒だから」


 なるほど、と納得する。

 街中ですら騎士団の人に追いかけられるくらいなのだ。訓練場帰りを見られでもしたら、大勢に囲まれてしまうに違いない。


「ごめんね、急に来て。……みんなに何も言われなかった?」

 不安に問いかけると、アレンは少し考えながら答えた。


「まあ、聞かれたか聞かれなかったかで言えば、聞かれたけど……適当にかわしたから大丈夫だよ」

「そ、そうなんだ……」


「それよりもさ」

 アレンが小さく笑い、真っ直ぐこちらを見た。


「まさか訓練所でミアと会えると思ってなかったから……嬉しかった」


 その一言に、胸が温かくなる。家に帰ればすぐに会えるのに、そう言ってくれるアレンの優しさが心に染みた。


「一瞬だったけど、アレンが剣を握ってるところ見たよ」

 思わず口にすると、アレンは驚いたように目を丸くした。


「普段のアレンと違って……ちょっとドキッとしちゃった」


 その言葉に、彼の耳がほんのり赤く染まっていくのが見えた。

 普段は冷静なアレンの、そんな照れ隠しの仕草がたまらなく愛おしく感じられた。


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