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15. 騎士団員

最後、少しだけアレン目線の話があります。


「あ、アレンじゃん」

 不意にかけられた声に顔を上げると、店に入ってきた体格のいい男性3人のうちの1人が、まっすぐこちらへ歩いてきた。


 友人だろうか。そう思ってアレンの横顔をうかがうと――そこにあったのは懐かしい人に会えた時のような笑顔ではなく、心底うんざりしたような表情だった。


「よお、こんなところで会うなんて珍しいな」

「……うるさい」

 がっしりとした手が肩に置かれた瞬間、アレンはそれを乱暴に振り払った。声の調子も、私が知っている柔らかなものとは違う。面倒を隠そうともしない、低く素っ気ない声音。あまりに態度が違うので、私は驚きつつも思わず新鮮さを覚えてしまった。


 彼らはアレンと同じ制服を着ている。布越しにわかる鍛えられた体、精悍な顔立ち。もし日本にいたら、間違いなく人気者になるタイプだ。


「なんだよ、相変わらず冷てえな」

 男性が苦笑しながら言ったその時、ふいに目が合った。


「もしかしてデート中か?」

 大げさなほど目を見開き、声まで裏返っている。その反応は「信じられない」という気持ちを隠そうともしていなかった。


「……そう。だから邪魔しないでくれる?」

 アレンは深く息を吐き、鬱陶しそうに片手でしっしっと追い払った。


「いやー、まさかアレンに女がいたなんてな」

 払いのけられても全く気にする様子はなく、むしろ楽しげに笑うと、彼は私の隣にあった椅子を勝手に引いて腰を下ろした。


「どうもー。俺、ライアンって言います。アレンと同じ騎士団に所属してるんだ」

 白い歯を見せながらにこやかに自己紹介され、思わず圧倒される。真正面から顔を覗き込んでくる瞳は人懐っこく、場の空気を一気に明るくしてしまう。


 ――やっぱり、この人も騎士団の人なんだ。

 イケメンが2人も目の前にいるなんて、なんて贅沢な光景だろう。


「名前なんていうの?」

「おい、もういいだろ」

 アレンの低い声は、明らかに苛立ちを含んでいた。けれどライアンさんは完全に無視し、にこっと笑顔を向けてきた。


 アレンが「答えなくていい」と言いたげに眉をひそめる。その視線に一瞬戸惑ったけれど、聞かれた以上無視するわけにもいかない。


「……ミアです」

「へえ、ミアちゃんって言うのか。どう?アレンにいじめられたりしてない?」

 相変わらずアレンの言葉には聞く耳も持たず、お構いなしの様子だ。肘を立てて手に顎を乗せ、ぐいっと近づいてきた。


 その距離の近さに思わずのけぞってしまい、心臓が妙に忙しなく跳ねた。

「い、いえ……すごく優しいですけど」

 必死に答えると、ライアンさんは「ほお~」と妙に感心したように目を細める。アレンとはまた違う明るさに圧倒されつつも、根っからの陽気さが滲み出ているのを感じた。


「おい、近づきすぎ」

 アレンが苛立ちを隠さず、ライアンさんの額を手のひらでぐっと押し戻した。


 強引に距離を取らされても、ライアンさんはまるで気にした様子もなく、ニヤニヤと笑いながら「優しい…!へえ!」と繰り返している。


 ――やっぱり、騎士団でのアレンは私の知る彼とは違うのかもしれない。

 家で見せる穏やかで優しい一面とは正反対に、ここでは隊長というリーダーとして威厳を保つための顔を持っているのだろう。


「おい、ライアン。行くぞ」

 遠くから声が聞こえてきた。他の2人がカウンターでテイクアウトらしき袋を受け取ってこっちに向かって手を振っていた。


「ほいほい」

 ライアンさんは適当に返事をしながら、名残惜しそうに椅子から立ち上がった。


「じゃあね、ミアちゃん。また今度、騎士団に遊びにおいでよ」

「え…」

 思わず「いいんですか?」と返事をしかけた瞬間、横からすかさずアレンの冷たい声が飛んだ。

「連れて行くわけないだろ」


「お前のかっこいい姿見せたら、ミアちゃん惚れてくれるかもよ」

 挑発するように笑いかけるライアンさん。


「……早く行け」

 アレンは椅子に座ったまま、片手で彼の背中をぐいっと押して遠ざけた。


「ちぇー、じゃあなお二人さん」

 わざとらしく大きな声で手を振り、最後まで賑やかに場をかき回して去っていく。


 ――まるで嵐が過ぎ去ったあとの静けさみたいだった。

 一気に落ち着きを取り戻した空気の中、残された私とアレンだけがぽつんと向かい合っていた。


「…すごい元気な人だったね」

「ほんと、うるさいくらいだよ」

 口ではそう言いながらも、アレンの顔には嫌悪だけが滲んでいるわけではなかった。私には普段見せないような、少し緩んだ表情。こんな顔もするんだと知れて、実はちょっと嬉しかった。


 窓の外に目をやると、さっきの騎士団の3人が仲良さそうに談笑しながら歩いていくのが見えた。肩を並べて笑い合うその姿に、同じ団員としての絆を感じる。ああ、きっと仲間ってこういうものなんだろうな――少し羨ましさが胸に広がった。


 その時、ライアンさんが私の視線に気づいたのか、不意に振り返る。窓越しに目が合い、私は思わず「あ」と声を漏らした。その声に気づいたアレンも同じ方向を見て、ライアンさんを見つけた。すると彼は、わざとらしいほど大きく腕を振ってきた。


 ほんの数十メートル先にいるのに、まるで遠い場所から呼びかけているみたいなオーバーな仕草。思わず笑いがこみ上げてきて、私も笑いながら手を振り返した。


「いいな……」

 ぽろりと口からこぼれ落ちた言葉。

 この世界に来てから、私が関わるのはアレンと彼の屋敷で働く人たちくらいだ。だからこそ、あんなふうに気の置けない友達と過ごせることが、とても眩しく見えた。


「……あいつに惚れたの?」

「へえ?」

 思いもよらない言葉に、変な声が出てしまった。アレンの声色には、不安の影が混じっていた。


「いや、そういう意味じゃなくて。ただ……友達って、いいなって思っただけ」

 言葉を選ぶようにそう答えると、ふいに沈黙が落ちた。心配になって顔を覗き込むと、アレンの表情はどこか不安げで、普段の彼とは違って見えた。


「………元の世界に、帰りたいとか……思ってる?」

 驚くほど弱々しい声。胸が締め付けられる。


 私は目を伏せた。

 アレンに出会って、家族のように大切にしてもらって――この世界での居場所をくれたのは、彼だ。だからこそ、アレンは私にとって恩人であり、かけがえのない存在。


 それでも。

 家族、友達、仕事……この世界にはないものがあまりにも多すぎる。元の世界に帰りたい気持ちは、消すことができなかった。


 目線を上げられないまま、小さく「うん」と頷いた。


「……そうか」

 掠れるような声が、頭の上から落ちてきた。聞こえるか聞こえないかくらいに弱い声で。


 顔を上げたけれど、アレンと視線が交わることはなかった。帰れると決まったわけでもないのに、なぜか胸が締め付けられて、涙が今にもこぼれそうになる。必死に堪えながら、私は唇を噛んだ。


 私はただ、彼から目を逸らすことしかできなかった。頬の奥に熱がこもり、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。言葉にするほどの覚悟は私にはなくて、ただ黙ってその場に座っているしかなかった。


 けれど、沈黙が長く続くことはなかった。アレンはいつも通りの、穏やかで優しい口調で話しかけてきた。


「知り合いに、移動魔法とかに詳しい人がいるんだ。この近くに住んでるから、会いに行ってみる?」


 その言葉に、私は思わず顔を上げる。胸の奥でわずかに希望の灯が揺れる。

「え……いいの?」

 声が自然と漏れたのは、驚きと嬉しさが入り混じったせいだった。


 アレンはにこりと笑みを見せながら「ああ」と答えた。まるで、私の気持ちを先回りして包み込むかのような笑顔。安心感と温かさが、一気に体の中に流れ込む。


 だけど、その優しさに触れるたび、自分の小ささを痛感した。私は心の中で、ただ自分の不安や迷いばかりを考えていたのだ。


 カフェの窓の外、街はゆったりと午後の光に包まれている。遠くを通り過ぎる人々の笑い声や、鳥のさえずりが、今のこの静かな時間をそっと彩っていた。



 ◇◇


「友達っていいなと思って」

 ミアの言葉には、ここではない別の景色が映っているのがすぐにわかった。もちろん、それは彼女のいた元の世界だということに。


 聞いてしまえば、もう後戻りはできないことも分かっていた。でも、聞かずにはいられなかった。


 この先、ずっとミアの気持ちを知らないふりをして、この世界に留めることはできない。かといって、聞いてしまえば、彼女がどんな答えを返すかも分かっていた。


 それでも、ミアの気持ちを聞くと、想像以上に心を揺さぶられる自分がいた。どこかで、「この世界に残ってもいい」と彼女が答えるのではないかと、淡い期待を抱いていたのかもしれない。


 ミアが元の世界へ帰ってしまったら、この先俺はどうやって耐えればいいのか。知らなかったあの頃には、もう戻れない。


 この気持ちをどう整理すればいいのか、頭の中でぐるぐると考えが渦巻く。


 快適な生活を整え、彼女の願いを叶えていれば、帰りたいという気持ちも消えるだろう――そんな浅はかな考えで接してきた自分を、今更ながら痛感した。


 ――それは、ただの自分勝手な願いだった。


 ひたすら、そう自分に言い聞かせる。

 ミアの幸せを、何よりも優先にしよう。そう心に決めた。



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― 新着の感想 ―
まずはミアちゃんの生き甲斐が無いとね〜
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