2.始まりの街 5
HELPには、制作に必要な道具は基本的に各種ギルドか雑貨屋で購入が可能。……購入が、可能。いくらなんだ? もし買うなら、お金はどうすればいいんだ。このゲーム内での貨幣はどうなってるんだ。
お金……お金……。あ、これか。HELPを見れば、現在の所持金額がステータス画面にあるらしい。ステータスを開けば、なんか学生証みたいなカードみたいなウィンドウが開く。左側に自分の顔写真みたいにアバターの顔があって、その横に「カナカ」とアバターを作ったときに決めたテキトーな名前。……作り物のはずだけど、髪の毛の色とか髪型とか目の色とかをかんがえなければ、おおよそ二十年間付き合ってきた鏡でよく見た自分の顔そのまんまで、今の技術ってスゲーと思う。思うだけ。
このステータスウィンドウには、顔写真と名前以外には表示されてないのかと一瞬思ったけど、右下に小さく「所持10,00B」と記載されていた。単位は何、「ベギー」? 何から撮ってる単位なんだろ。イギリスの通貨に「ペギー」はあるけど、これ「P」じゃなくて「B」だしなぁ……。ま、いいか。とりあえず10,000持ってるなら少しくらいは買い物できる、のかな。稼ぐ方法を考えないと、10,000なんてすぐに溶けそうだけど。
まずは雑貨屋? かギルドに行って道具を買わないと。……で、ギルドってなんだ。
「ギルド」、プレイヤーを補助するためにゲーム運営が用意した補助施設の一つ、高度AIを積んだNPCで構成されており、ある程度独自の裁量権も持ち合わせている。……えーっと、よくわかんない。とりあえず、今すぐ行かなきゃいけないとこじゃなさそう。今は制作キットが欲しいだけだし、ついでに素材とかの値段も確認するなら雑貨屋のがよさそう。
で、雑貨屋ってどこ。地図を開いてそう考えると、地図に青い光が点滅する。前回はエリアがピンクになったけど、今回は光からちょっと離れた位置の建物がピンクに染まる。そして、そこまで赤い矢印が伸びた。想像よりも近かった。硬い地面に座り込んでたせいでちょっと痛いと感じる尻を、土ぼこりを払うつもりで軽く払ってから矢印に案内されるとおりに石畳の路地を進む。
数分も歩かずにたどり着いたそこは、シックな感じの店構えをしたそこそこの大きさの店だった。路地には人通りはあまりなさそうに見えるけど、店内にはそれなりに人がいるようにも見える。木製の、すりガラスのはまった扉に手をかけて押すと、カランカランとドアベルが軽やかに鳴った。
「いらっしゃい」
入り口の真向かいにカウンターがあり、そこに座っているにんまり顔のおばさんがそう声をかけてくるのに、反射的にペコリとお辞儀をする。それから店内をくるっと見回せば、所狭しといろんなものが陳列され、その陳列棚の隙間に何人か客がいるようだ。ほかの客たちは、なんでかこちらをチラ見してびっくりしたような顔をして、それからこちらが見られてるのに気づいていることに気づき、はっとしたようにあわてて顔をそらす。なんだ、なんか顔についてたか?
かすかに顔に泥でもついてたんだろうかと考えながら、陳列された商品を見ながら陳列棚の間を練り歩いて目的のものを探す。「雑貨」というだけあって、本当にいろいろある。食品こそないが、何に使うかわからない道具から、日常使いするような小物、手のひらサイズ以下のアクセサリーやそれらを作るのに使いそうな素材やパーツ。見てるだけでも思ったよりも楽しい。当面現実では外出禁止が続くけど、解禁されたらこういう店を探してみてもいいかもと思った。
「何かお探しかい、お嬢ちゃん」
くるくるといろんなものを見て歩いていると、カウンターからそんな声がかかる。気づけばさっきまでいたほかの客はおらず、店内には店員だろうおばさんと二人きりになっていたようだった。
「僕、男だよ」
「おや、そりゃ悪かったね。で、なにか探してるのかい」
性別の勘違いを指摘しても、おばさんはからからと軽く流す。まあ、別にいいけど。
「うん。アクセサリーの制作やってみたくて、調べたら雑貨屋さんとかに道具が売ってるってあったから」
「ふぅん、どんなのを作りたいんだい?」
「ん、きらきらがきれいだなって思ったから、そういうの作りたいけど、初心者だからできるのから作りたいなって」
「ああ、その辺はちゃんと考えてるんだねぇ」
「そりゃ、まったくやったことない奴がいきなり宝石いっぱいきらきら~っていうのを作れるなんて思ってないよ」
それがたとえ非現実の世界だったとしても。そも、なにかの技術を会得するためには、それ相応の努力と積み重ねが必要だと考えている。自分は格闘技に関しては素質があったのか、比較的早い段階で師範代をも下していわゆる「免許皆伝」扱いになったが、それがどれだけ特異な例であるかは、身をもって味わっている。
だから、やったことのないアクセサリー制作をVRの世界だからといって、一朝一夕で簡単に売り物のようなきれいなものが作れるようになるなんて欠片も思ってない。そんな考えであの露天街で見たようなものを作れるようになるとは欠片も考えてない。
そう答えると、おばさんはにんまり顔をさらにんまりとさせてこちらを手招きする。なんだろうと近づくと、おばさんの手がこちらに延びてきて、一瞬びくっと体が反射で震える。おばさんはそれに気づいたのか気づいてないのか、こちらの頭の上に優しく手を乗せて、そっと動かした。
「しっかりとした考え方してる坊やだね。気に入ったよ」
「……僕、気に入られるようなことしてないと思うけど」
「はは、自分のことは自分じゃわからないってやつかねぇ。きらきらってことは、最終的には金属を扱いたいのかい?」
軽く頭を撫でまわした手を引っ込めたおばさんにそう聞かれて、少しだけ困った。素材の何を扱いたいか、なんて考えてなかったからだ。ただ、あのきらきらを近くで見たいと思って、このゲームで何をするのか決めかねてたから、あのきらきらを作ってみようと思っただけなのだ。
だから、おばさんの問いかけに回答できなくて息が詰まるような感覚がした。
「……まだよくわかんないみたいだねぇ。まあ、最初はそういうもんだから気にするこたぁないよ」
答えが返ってこないと判断したからか、おばさんはそういいながらカウンターから何かを取り出した。それは、小さなきらきらした粒々としたものでできたアクセサリーだった。露天街で見たようなきらきらとは違うけど、でも、かわいらしい花のような形をループさせた、腕輪のようなもの。現実では見かけた記憶がないけど、これは何でできてるんだろう。
「これはね、ガラスのビーズでできてるんだよ。これもキラキラしてるだろう?」
おばさんの問いかけにこくりと頷く。ビーズ、聞いたことがあるけど、こんなカラフルできらきらしてるとは知らなかった。興味津々でそれを眺めてると、おばさんはほかにもいろんなアクセサリーを出して見せてくれる。ワックスコードで編まれたコードアクセサリー。小さな布を折りたたんで張り付けていくつまみ細工。様々な太さのワイヤーで作ったアイヤーアクセアリー。細いワイヤーの隙間に樹脂を流し込んで作るディップアート。様々なパーツを樹脂の中に閉じ込めるレジンアクセサリー。
どれも大きさは小さいけど、いろんな素材でできたそれらは宝石や金属のように光は反射しないけど、なんだかどれもがきらきらとしていた。
「ふふ、坊やはどれも興味があるみたいだね」
「うん。どれもきらきらしてる」
おばさんはにんまりとしながらこちらを静かに眺めてる。その視線はそこまで嫌じゃないなとおもいながら、きらきらしてるアクセサリーたちをじっと眺め続けた。