5.プレイヤーとの交流 22
朝と同じように真鯛の刺身さんが配膳してくれた料理を、必死に噛んで飲み込んでいると、ニニがこちらを見ながら小さい手を上下に振ってた。何をしたかったのかよくわからないけど、ニニがこっちを見ながら何度も手を上下させるのをこっちも眺め返しながら、頑張って噛んで飲み込む。
最初のお肉よりは顎が疲れない、力を入れなくても噛めるものが多くてちょっと助かった気がした。
「午後からは何する?」
配膳された料理は何とか全部飲み込み切って、ほっと胸をなでおろしていたところに、カササギさんからそう聞かれて、少し考える。
ひとまず採取しておきたいものは集められたと思う。だから、もう一回採取に行きたいとは思わない。なら、工房で試作を進めようかと思ったところで、木を切りっぱなしだったのを思い出した。
「切った木を、もう少し使いやすい形にしたいから、拠点の外で加工したいかな」
「あー、なるほど? うーん、拠点前なら一人でもいいかな……」
そこで悩んでたんだ。別に拠点前から動くなって指示されれば動かないのにね。
「鸞瑪。よかったらあたしがカナカくんの様子見てようか?」
そう声がかかった方を見ると、女の人が食卓に頬杖を突きながらこっちを見ていた。
装備を身に着けていなかったので、一瞬誰だろうと思ったけど、彼女の向こう側にれるん。さんがいたので、消去法で残っている女性は前衛の盾担当の蜩 虹さんだ。いつも鎧を着てて、背中に大きな盾を背負ってる姿しか認識してなかったから誰だかわかんなかったや。顔もわかんない兜もかぶってたし。
「虹はれるん。のお守りはいいの?」
「あんたの持ってきた情報で橋工事どころじゃなくなっちまったんだよ」
「向こうの製造系プレイヤーと採取系プレイヤーが発狂しながら採取に行っちゃったから、今日の午後はお流れ。明日の午前中に巻きで終わらさすわよ」
れるん。さんがそういいながらふんっと鼻を鳴らす。これは、たぶんれるん。さんにとっては不本意な状況なんだろうか。不機嫌そうな様子のれるん。さんに、カササギさんは「採取系が暴れてるなら狩り放題じゃない? 狩り行ってもいいよ」と声をかける。すると、れるん。さんがぱぁっと顔を輝かせて「行ってくる!」と言ってそのまま食堂を飛び出していった。
若干あきれた様子でその背中を見送ってから、カササギさんも「俺もちょっと今後の話し合いに行ってくるよ」と言いながら席を立つ。
「カナくん、虹の言うことを聞いておとなしくしてるんだよ」
カササギさんは人のことをいくつだと思ってるんだろうか。思わずジトっとカササギさんを見れば、カササギさんは小さく笑い、こっちに手を振りながら食堂を出て行った。
食堂に残っているのは、蜩虹さんと二人だけで、蜩虹さんをちらりと見れば、蜩虹さんは静かに席を立つ。
「安心してほしいけど、あたしはただ近くで様子を見てるだけだよ。まあ、話し相手が欲しけりゃ会話もできるけど、ほかの連中より口が悪いからね、あんまりおすすめはしないよ」
「行こうか」と促してくれる蜩虹さんは、本人が言うほど口が悪いとは感じていないけど、本人の自認はそうなのかな、と思いながらそのあとについていく。
蜩虹さんの後を追って拠点の外に出ると、蜩虹さんはどこから取り出したのか、小さな椅子を拠点入り口横に設置して、その椅子に腰を下ろした。見てるだけっていうのは文字通りの意味だったみたいだ。
食堂を出る直前に人の肩に飛び乗ってきたニニも、ちらっと蜩虹さんを観察するように見ていた。
とりあえず蜩虹さんの視界に入る範囲で作業すればいいかなと考えて、蜩虹さんに木くずなんかが飛ばない程度に距離を開けてから切りっぱなしの木をかばんから取り出す。まだわさわさと生えている細い枝葉を落とすために、小さめの刃物をかばんから取り出そうとすると、それを止めるようにニニが首にしがみついてきた。
「なに?」
「キュッ、キュキュ~イッ」
こっちから問いかけると、ニニは首から離れて肩の端っこまで行くと、そこで小さな両手を上下に何度も振る。何してるんだろうと思ったら、ニニの額にある石がキラッと光ったように見えた。直後、わさっと軽いものが落ちる音がいくつも聞こえて、なんだとそっちを見たら、今から落とそうと思ってた細い枝葉が全部地面に落ちていた。
何がどうなってるのかわからなくて、ほぼ丸太状になった木に近づいてみると、枝葉が生えていたらしい根元部分は鋭い刃物のようなもので切り落とされたような跡だけが残っていた。
「……ニニ、これ、お前がやったの?」
「キュキュイッ」
えっへんと胸を張って自慢げな様子を見せるニニに、かーばんくるってヤバい動物なんじゃないかと思いながら、助かったのは事実なのでニニの頭を指先でぐりぐりしながら「ありがと」と声をかければ、ニニは嬉しそうにくねっとした。
ニニが落としてくれた枝葉を拾い集めて、その中から素材にしやすそうな形や色の良い葉や、細いけど割いたら紐なんかで使えそうなものをそれ以外と区別してまとめる。
その枝葉を集めていて、枝葉はまだ断面や葉っぱがみずみずしい感じなのに対して、幹側を確認したら幹の方は乾燥しているのに気づいた。普通、木材は伐採してすぐ使用するものじゃなくて、ある程度乾燥させるものだっていうのはちゃんとわかってるし、どこで乾燥させようか考えてはいたんだけど、どうもその必要がなくなっているようだった。
ちらっとニニを見れば、どことなくにんまりとした様子で「キュ~イッ」と得意げに鳴いたので、さっき枝葉を落とした時に一緒に乾燥させたんだと思う。かーばんくるって動物は不思議な能力をもった動物なんだなと感じた。
ニニのおかげで乾燥について考えなくてよくなったことをありがたく感じながら、自分で使わない分についても、何かしらで使えそうだからそれはそれでまとめておく。そうやって落とした枝葉の選別をし終えてから、丸太状になっている幹の方をのこぎりを取り出して裁断していく。
建築用の木材にするなら、1メートルくらいの長さで丸太にするのがいいんだろうけど、この木は自分で使う用の木だから、そんなに大きくても持て余すので、50センチ、30センチ、20センチくらいの長さで輪切りにする。
サイズ感として、自分でアクセサリーに組み込む素材にする大きさは大きくてもそれくらいあれば十分足りるだろうという考えからだ。50センチの高さがある輪切りの木の幹のいたなら、若干厚みが欲しくても十分だ。
3メートルちょいくらいの高さだった木でも、それくらいの大きさに切り出せばすぐになくなってしまう。切り出した輪切りをかばんに全部放り込んで、また新しく枝葉がわさっとした木を取り出す。
すると、同じようにニニが枝葉を綺麗に落としてくれて、それを拾って選別して、どうもその作業をしてる間に幹の方を乾燥してくれてるみたいで、選別が終わったあたりでニニが汗をぬぐうように額を拭うような仕草をしてたのが見えた。動物もそんな仕草するんだな。
「ずいぶんとカーバンクルが懐いてるんだね」
「……これって、懐いてるの?」
二本目の幹の裁断をしていると、背後から声をかけられて振り返る。変わらず自分で出した椅子に腰を下ろしている蜩虹さんがいて、こっちを何とも言えない不思議な目線で眺めているようだった。
そう聞かれても、こっちもよくわかってない。逆に問い返すと、蜩虹さんは楽し気に笑う。
「カーバンクルが人懐っこい種族だとは聞いたことがないし、他のプレイヤーは目視しただけで、すぐに逃げられるから近づけたことがないって話だよ」
「そうなの? ……お前、僕には自分から飛び込んできたよな……?」
「キュッキュイ?」
ニニに問いかけると、ニニは不思議そうにこちらを見上げてこてんと頭を横に傾ける。ニニにもよくわかってないのか、それともわからないふりをしてるのか。わからないなぁとニニを見ていたら、プハッと蜩虹さんの吹き出す声が聞こえた。
もう一度蜩虹さんの方を見ると、いつの間にか蜩虹さんは椅子から転げ落ちて地面に転がってて、おなかの辺りを押さえながら小さく痙攣しつつ笑い転げてた。
……この人もよくわかんない人だなぁ。ひいひい言いながら笑っている蜩虹さんをそのままにして、目的の作業を進めていく。
結構な本数があったけど、ニニが手伝ってくれたおかげで思ったよりも手早く作業が進められたし、乾燥する時間が必要なくなったのはありがたいことだった。
ひとまず木材として使いやすいサイズには何本かだけして、残りは枝葉を落として乾燥した状態のままもう一度かばんに戻す。今のところそんなに大きな物は作るつもりはないし、不足したらまた切り出せばいいだけだしね。
「おや、もういいのかな」
「うん。付き合ってくれてありがとうございます」
「ふふ、こちらも面白かったから気にしないでくれ」
いつまで転がってたのかわからないけど、服とか頭とかに若干の土汚れがついてる蜩虹さんは、楽し気にそういいながら椅子をどこかにしまった。椅子が消えたみたいに見えたんだけど、おそらくこれがインベントリに出し入れしてるときに他人から見えてる様子なんだな。現実じゃ絶対ありえないや。
「キミはきっと幻獣に好かれる何かをしたんだろうね」
「……え?」
「ニニくん、かな。ちゃんかな。まあくんでいいか。ニニくんと一緒に外に出るときは気を付けるんだよ」
ぽんぽんと土汚れをたたいて落としながら、蜩虹さんは真剣な表情でそういう。
「カナカくんはよくわかってないだろうし、イベント期間中はあたしらが近くにいるから平気だろうけど、キミは大多数のプレイヤーから妬まれる立場に立っている。イベントが終わった後、街中でニニくんとともにいるところを見られれば、100%嫌がらせや、ニニくんを強奪しようとする輩も出てくる」
「それは、ニニがかーばんくるってやつだから?」
「それもあるし、ニニくんが幻獣であるからというのもある。……まあ、すぐすぐの話ではないから、イベントが終わる前にこのことはもう少し話したいね」
「……」
「なに、キミの行動を邪魔したいわけじゃないのさ。ただ、キミが心配なんだよ、あたしらはね」
「……あったのは、昨日だよ」
「あっはは、時間は関係ないかねぇ。まあ、鸞瑪んとこの子っていうのもあるし、今見ていてあたしがキミを面白いって思えたのもある。それも含めて、あたしは競争はあれど、負の感情で相手がこのゲームを楽しめなくなるのは嫌なんだよ」
何かを思い出すように、蜩虹さんはすっと目を細めて遠くを見ながらそういう。カササギさんは、この人達とどんな関係を築いてて、どんな信頼を得てるんだろう。
その信頼がこちらにも向けられている感覚に、何とも言えないものを覚えていると、蜩虹さんはこっちにもう一度笑いかける。
「さ、拠点に戻ろうか。あと、あたしのことはコウでいいよ。セミ仲間だけど、ヒグラシより短くて呼びやすいだろ」
「……はい、コウさん」
蜩虹さん……コウさんにそう言われて促されて、拠点に一緒に戻る。コウさんはエントランスで「じゃあまたあとでね」と言って、どうやら個室のある三階に登って行ったようだった。
「……会話するのって、難しいね」
ぽつりとつぶやくと、ニニがこちらを慰めるように首筋に頭突きしてくる。これも懐かれてるからの行動なのかな、と考えながら、自分も作業をするために二階の工房に向かって階段を踏み出した。




