5.5 遠距離魔法担当 ジンジャーマンクッキーの場合②
一瞬呆けた俺と四月朔日。ギルドチャットも、シンと静まり返っていて、鸞瑪の言葉をみんなかみ砕いてたんだと思う。
『ちょっと、どういうことよ?』
俺たちとは別PTとして参加してるメンバーがいち早く気を取り直して聞いてくる。
『今回のイベント、厨二PTに一人新人を入れて回ってるんだけど、その子が物理でずっと伐採してたもんだから、スキルでやらないのかって確認したんだ』
鸞瑪が始めた説明を聞いて、俺は四月朔日と顔を見合わせる。
「四月朔日、伐採とか採掘の時ってどうしてる?」
「普通に考えて、適正ツール装備してスキル使うに決まっとるだろ」
「……だよな」
そもそもの前提条件よくわかってない俺たちは首をかしげるばかりだ。スキルを物理伐採って、SP節約のための初回行動じゃないのか。
『拠点への戻り途中で新人がスキルでの伐採を試してみるっていうからやってみてもらったら、物理で伐採してた時よりも取得できる素材量が目減りしてたみたい。伐採で言うなら、丸太一本と枝葉だってさ』
そういわれて、俺は伐採するときのことを思い出す。確かに、伐採をしたときにインベントリに入ってた素材は丸太が大体2~3本くらいだった気がする。もしかしたら木の大きさで違うかもしれないけど、確認なんてしてなかった。ただ、いわれてはじめて気づいたけど、確かに本来木の幹以外にも、枝葉があるはずなのは事実だ。でも、それがインベントリに入っていたことも、インベントリが埋まってた時に伐採してその辺に素材が積まれる時も、枝葉なんてなかったのはわかる。
四月朔日も俺と同じことを思い出してるのか、神妙な面持ちで鸞瑪の話を待ってる様子だ。気にしてもいなかったけど、言われてみると確かにと感じられる部分だと思う。
『もし、新人の言ってることが正しいなら、今まで採取ができなかったけどNPC経由でのみ入手出来てる素材は、スキルでの採取伐採をしているのが原因かもしれない』
『なんでそう思ったんだい』
『木の蔓、木の実、これらを伐採で手に入れられたことはあるかい? 少なくとも、俺はこれまで一度も入手出来ていたのを見たことはないよ』
ほかのメンバーからの問いかけに、鸞瑪が返した言葉に誰もが押し黙った。記憶にあるのは、前回のサバイベで、湿地帯の水辺に生えていた、現実で言うマングローブのような木に成っていた手のひらサイズのいくつかの黄金色の実だ。
あの時、あの木の実がおそらくNPC経由で極稀に販売される高級素材ではないかと目測され、木の実を入手しようと採取や伐採を繰り返したが、その辺りの木がはげるまで採取や伐採を繰り返して手に入れられたのは、目測を確認するために身軽なメンバーが木登りしてもいだ一つだけで、採取伐採では一つも入手できなかった。
その一個でもかなりの金銭面では優位に立てたけど、その素材を実験したかった最中はごねにごねたし、採取に成功した奴はやたら目ったら鼻高々になっててウザかったので鸞瑪が責任をもって処した。その上で、今後同じようなことが起きた時は鸞瑪が頑張ることで決着した記憶がある。
もしかして、あの時一つだけ入手できたのって、直接もいだからだった? もしこれが事実なら、俺たちはとんでもない量の損失を出してることになるけど、それはそれで眩暈がしそうだ。メイン武器になる杖の制作素材を自力収集できないか頑張ってどうにもならなくて仕方なく金銭でかき集めた、あの時間と金額のでかさにくらくらしてきた。
後方でガタンと大きな音が聞こえて振り返ると、さっき拠点の中に押し込めたはずの最中が出てきて地面に這いつくばってもぞもぞをうごめいていた。なにしてんの、あいつ……。
『これが仕様なら、魔物からのドロップや剥ぎ取り以外の高級素材の入手経路が見つかってないのも、採取系の必要素材がやたらめったらに多いのにも納得がいく。スキルレベルでの差異があるかどうかも検証が必要になるから、それぞれつてのある検証班や友好ギルドやPTにも協力を要請して。この話はここだけで留めたら、おそらく暴動が起きるレベルだ』
「そらそうだ。今までどれだけ採取系素材で苦しめられてきたと思っとる」
苦い声音で四月朔日がつぶやく。最中も何か奇声を発してるけど、何を言ってるか聞き取れないので、無視してフレンドリストを開いた。オンラインと、オンラインだけど連絡が取れない状況の人と、オフラインの人。オンラインで連絡が取れないのは、たぶんサバイベに参加してない勢だから、とりあえずオンラインで連絡が取れる人に一斉フレンドメッセージで鸞瑪からの話を流していく。
フレンドリストを課金拡張してるせいで、たぶんPT面子よりも三倍くらいはあるリストのうち、三分の二がオンラインになってるけど、ギルドメンバーやPTメンバーと共通のフレンドはそっちから連絡が行くだろうからと、俺個人での知り合いに送っていれば、それぞれから「どういうこと!?」というパニックを起こしているようなメッセージが返ってくる。
それにメッセージを返してとやり取りをしているうちに、視界の端で四月朔日と最中が少し離れた場所の木の伐採を始めていて、木の幹に斧を振り下ろす独特の音が響き渡る。
俺も検証の手伝いをするべきかとも思うけど、返ってくるメッセージへの対応で手いっぱいになっていて、手が離せない状態になっていた。
その状態でどれくらい時間がたったかわからないけど、気づけばメッセージも返信が終わりかけたそのころ、最初の方にメッセージを返した採取系メインのフレンドから、フレンドチャットが飛んでくる。
『生姜くん! 生姜くん!!! すごい、すごいよ!』
『ぅゎ、どうしたの』
『すごいんだよ生姜くん!! 革命! 革命だよ!!!!』
フレンドの声は喜色が滲んでいて、こっちの困惑なんて知ったことじゃないといわんばかりに大騒ぎしている。声量もいつもより大きくて、若干耳がキンキンする。
『初期から咲いてるのに採れない薬草の花も、どうやってもNPCからしか入手ができなかった初期鉱石類も、スキルじゃなくて手で採取することで手に入るうえに、スキルレベルによって採取物の品質も若干上がる傾向が見れたよ!』
『それは朗報だね』
『あと、これはこれから検証班にも共有して検証を進めるんだけど、どうも「中級」とか、「上級」とかのスキルよりも、スキル名にそのまま番号が追記されたスキルを保持してる方が、品質が上がりやすいかもしれない』
『……どういうこと?』
『まだはっきりしてないけど、例えば「中級採取」を持ってる子より、「採取Ⅳ」を持ってる子の方が、スムーズかつ品質が向上してるように見えるんだ。採取系のスキルは「中級」や「上級」が生えたら取得するのが通常運転になってるせいで、根拠として出せるデータ収集まではできてないんだけど』
フレンドの言葉に、俺は鸞瑪宛のフレンドメッセージを作成しながら落とし穴だなと感じていた。このゲームも含め、基本的に新規ゲームをプレイするのは、別ゲームをプレイしていた人間が大半だ。それはつまり、ある程度こなれているがゆえに、その他ゲームで勝ち得た知識を駆使して新規ゲームもプレイしてしまう。
それこそ、「採取時にスキルを使用する」とか、「スキルは中級、上級と名称につくスキルの方が上位互換である」とか。ほかのゲームではそうだったからと、思い込んでしまって、他社ゲームの常識をこのゲームでも既定路線だと決めつけてしまう。
複数のゲームをプレイするプレイヤーあるあるだけど、どうしても「ゲームによくある常識」にとらわれがちになるし、大抵のゲームが「ゲームによくある常識」を基軸においてシステムを作りこんでくるものだから、それに慣れ切ってしまってるのもある。
攻略組と呼ばれてる、対人戦もやる面子なんてその典型だろうし、とにかくコストパフォーマンスに意識を向けるから、時間を効率的に使用して少しでも多く経験値を稼いだり、プレイヤーを倒すのに必死だから、物理で採取するなんて考えもしないものだから。
『うーん、ウチのボス経由で検証チーム作成した方がいいかもなぁ。そっちも知り合いと連絡とってみて。俺からウチのボスには連絡するし、今回俺たちんとこと万華鏡とアリスブルーがイベント同盟を組んだから、そっち側とも情報統制して、チームでしっかりまとめられるようにしてみるよ』
『うん、生姜くん頼むね!』
打ち止めになったフレンドチャットに、俺はため息をつきながら鸞瑪へ送り続けてたフレンドメッセージとは別に、こういうことに対して前のめりになって検証をしてくれそうな面々にメッセージを飛ばす。
鸞瑪から戻ってきたメッセージに、ゲーム内には存在していたけど使うことはなさそうだったチーム機能のサブリーダー権限が付与されていたので、メッセージを送った面子のうち、チームに入れるべき個人勢とそこそこのPTやギルドのまとめ役にチーム加入要請をドシドシ送り付けていく。
チームへの加入システムメッセージが滝のように流れていくのを眺めながら、本当にカナカくんってどんな子なんだろうなと考える。
まさかこの後、カナカくんが幻獣を連れてきて最中が大暴走するなんて思わないまま、とにかく始まった検証チームのとりまとめの補助と追加メンバーの加入処理に追われることになった。




