5.5 遠距離魔法担当 ジンジャーマンクッキーの場合
鸞瑪が連れてくる子は毎度何かしら不思議なところがある子が多い。鸞瑪の職業柄、どうしてもそういう子が身近にいるのが当たり前で、そのリハビリ目的にゲームを利用するのも悪くない手だと個人的には思ってる。
すでに何度かあったことだからと受け入れた子は、今回に限っては今までで一番不思議な子だった。
とはいっても、俺自身は彼とほとんどかかわっておらず、まだまだよくわからないんだけど、食事の時間だけでもそのズレてる部分は垣間見えていて、どうやって接したもんかなぁと思いながら、とりあえず最中が暴走しないように押さえつけるので精いっぱいで、最初に彼と触れ合ったカチュに任せっきりにしていた。
「カナカくんさぁ、ある意味すごいよね」
採取に行くと暴れくさった最中に引きずられて採取に出ていると、手当たり次第採取している最中が突然そんなことを言い出した。相変わらず、最中の言い出すことは文脈が見えない。
「どうしたん、急に」
「生姜、カナカくんの持ってたカバン見た?」
「カバン?」
問いかけたら質問で返される。最中の通常営業なんだけど、質問に質問で返すのはそろそろやめてくれないかなと思いながら質問の内容を反芻する。
昨日顔を合わせたばかりの子。カナカくんと俺たちは行動も別だったから、正直待ち合わせの時と、食事の時以外は顔を見てすらいない。
待ち合わせに初期服でやってきた、女の子と見間違うくらいきれいな男の子だった彼は、食事で修道した時には、織夜ブランド(にしてはちょっとシンプルだったけど)の服に身を包んでいた。
そこで、そういえばカナカくんは織夜ブランドの服に、肩掛けカバンをかけていたことを思い出す。
「ああ、肩掛けカバンをかけてたっけ?」
「そう、それ。あれ、鸞瑪が見せてもらってた時にやけに驚いてたから聞いたんだけどさぁ。……あのカバン、カナカくんが作ったやつで、……品質Sだってさ」
そういえばアクセサリー作成しかしていないという話だったなと思いながら聞いていたら、急に声を潜められて。どうしたのかと最中を見たら、最中は珍しいくらいの真剣な顔で、小さくそれを囁いた。
俺は一瞬、何を言われたのかわからなくてきょとんとして、それから最中が声を潜めた理由を理解した。
少し前に、生産勢を阿鼻叫喚に陥れたワールドアナウンス。
このゲームは、スキル制を導入していて、レベル概念がなく、ステータスも五体満足か負傷などのデバフ状態にあるか程度しかわからない。そういう、比較的現実に近い部分が多いゲームなんだけど、それでもスキルを取得すれば体がある程度動いたり、魔法という現実には存在しないものが使えたりするのが楽しいところだったりする。
その中で、生産に使えるスキルについてだけ、制限があることは瞬く間に知れ渡っていた。それは、古馴染みである最中もそうだし、現実でも調理の専門家であるはずの真鯛もそうだけど、生産物の品質が「A」以上の品質にならないという品質の壁だった。
最中も含めて、生産系スキルを取得しているプレイヤーがこぞって試したけど、どうあがいても品質は「B」までしか作れなくて、一時期最中が絶望してログインしなかったことがある程度に、この「品質の壁」は高くて崩せないものだった。
それが崩れたのが最近のこと。あの日流れたワールドアナウンスは、俺も最中も狩りの最中だったのにも関わらず、硬直してデスった記憶がある。
[とあるプレイヤーが、ワールドで初めて品質Aの製品の作製に成功いたしました。ワールドクエストが一部進行いたします。]
あのアナウンスが流れた日は、もう最中は発狂して暴れまわって手が付けられなかったし、ゲーム内だけじゃなくてリアルでも暴れて、コレクションケースをいくつか破壊した結果、病院で何針か縫う怪我を負った。自業自得なので、俺からは拳骨を見舞ってやったけどね。
まあ、発狂したのは最中だけじゃなくて、後から確認したら真鯛も織夜も四月朔日だって発狂して暴れまわってたらしい。
その発狂が終わって数日してから、今度はワールドアナウンスの犯人捜しが始まった。そりゃ、一体誰があのアナウンスのもとになったのか確認はしたいだろうし、品質の壁の超え方を知りたかっただろう。
でも、どこの生産系プレイヤーからも、一切の情報が聞こえてこなかった。少なくとも攻略組の生産プレイヤーではないみたいだったんだけど、生産特化側からも情報が流れてこない。
トップから情報が出ないことから、中堅やエンジョイ勢が到達したのかという話題が上がったけど、露天勢からも情報が出てこなくて、ワールドアナウンスが誤りだったんじゃないかって噂が立ったあたりで、最初の町モーガンの小さな雑貨屋やら、プレイヤーメイドと思われる品質Aのアクセサリーの委託販売が行われていたという目撃情報が出てきた。
その雑貨屋はギルドに所属していない、いわゆる商業連合という組織側の所属で、プレイヤーのためのギルドとは対立している立ち位置だ。
というのも、どうしてもプレイヤーには生産プレイヤーよりも戦闘プレイヤー数が圧倒的に多く、どんな素材でも買い取る関係から、ギルドでの買取価格は非常に安価で、販売品も薄利多売の廉価商品が基本。
逆に、商業連合という組織は、生産職人に重きを置き、職人の技術や利益を最優先に考え、職人を保護する方向性の強い組織で、買取をしてもらえないものも多く、販売商品はNPCメイドのものばかりで、品質は高いがその品質に見合った価格で販売されている。プレイヤーへの特別措置などもなく、ゲームのサービス開始当初は結構揉めに揉めた記憶がある。
そんな商業連合の小さな雑貨屋の一つに、今まで見たことのない初心者向けのアクセサリーが置いてあった。しかも、そのアクセサリーは品質Aで、どうやって入荷したのかを店主に尋ねたら、「契約しているユーバーの作品だ」といったらしい。
実際に購入できたプレイヤーが情報共有掲示板に現物のSSを掲載していたので、そのSSを俺も見たが、製作者を特定できるようなロゴなんかの記載はなかったし、店主に尋ねたプレイヤーからも、製作者に関する情報は引き出せなかったそうだ。
そんな、様々なプレイヤーが足踏みをしていた品質の壁。それを超えたのがだれかわからないまま、時間が過ぎていた。
「……なるほどね、カナカくんを一人で採取に出さないのはそれもあるのか」
実は、鸞瑪から聞いた話だと、カナカくんは現実で格闘技の経験があるらしい。そういう意味では一人でも大丈夫じゃないかとも思ったけど、そういう方面で爆弾を抱えてる状態なら、誰かが一緒にいた方がいいだろうな。
「ちょっとさぁ、興味沸いてるんだよね、カナカくん。あの子、調合もやるらしいし、ポーションに興味持ってくれないかな」
「そんなに気になってんだ」
「そらね。どうやって品質上げるんかな。仲良くなったら、アクセサリーの作成工程見してくんないかな」
俺は最中を思わずまじまじと見た。どちらかといえば、最中は一つ一つの工程はすべて己が手で研鑽し、自分で極めることを望む性質を持ってる。だから、今までのゲームだって誰かの作業工程を見てみたいということはなく、最低限のゲーム内ルールだけ確認してからは自分だけの手法ですべてを最高位の品質までもっていっていた。
まあ、現状ならそうなるのかね。そう思いながら、俺は最中に「見せてくれるといいな」とだけ返して、また走りだそうとした最中の襟首をつかんで阻止する。カナカくんに作業工程を見せてもらう前に、この突っ走り気質を何とかしないとカナカくんに迷惑が掛かって仕方ない気がするんだけどな。
最中の行動をある程度制御しながら、最中の採取を見守りつつ、時々現れる魔物を狩っていると、安定の最中が「飽きた! ポーション作って飲みたい!」っとじたばた暴れ始めたので、ため息を飲み込みながら拠点に引きずっていけば、拠点周りでは放置されたままだった丸太を四月朔日が片づけていたので、最中を拠点の中に放ってから四月朔日の手伝いをする。
「そういえば、水回りの掘削は? 四月朔日いかなかったのか」
「れるん。がついてって、基本的なとこは向こうに任せるとよ。測量やら傾斜なんかはれるん。以上に判別できるものもおらんじゃろ」
「れるん。が行ってるなら大丈夫か。まあ、掘削で魔法が必要なら俺が行くよ」
「そんときゃれるん。から連絡が来るさ」
丸太をインベントリに押し込み、インベントリの容量と闘いながら拠点内の倉庫と数回往復しつつ、四月朔日とそんなことを話す。イベントマップを確認すると、れるん。の書き込みで拠点周辺の水回り、川から引いた水を流す位置なんかが全部丁寧に描かれている。
「……拠点とこの水回りの位置だと、橋掛けなきゃダメじゃないか?」
「あん? あとでスズメ含めて確認するか」
ちゃっかりもののれるん。は、もともとあった川から引く水のルートを、拠点をぐるりと覆う形で作ってる。川と引いた水路の間で採取などをするならともかく、百パーセント水路の向こうでも採取することになるだろうから、橋の位置はしっかり確認しておかないと。
残ってた切り株も処理しながら雑談をしていると、ギルドチャットに鸞瑪の焦った声が聞こえてきた。
『ギルドメンバー! 今すぐ採取の検証して!! 知り合いギルドとか検証班にも連絡! スキルでの採取と実際に行動しての採取だと、前者ではアイテム化できてない部位があるかもしれない!』




