5.プレイヤーとの交流 12
カササギさんの説教が終わった時点で疲れ果ててそのままベッドに横になってしまって、気づけば翌日の朝だった。いつ寝たか持覚えてないけど、たぶん横になってそのまま寝てしまったんだと思う。
部屋にある窓からは朝日と思われる白いが差し込んできていて、何となく空気が少しだけ冷え込んでいるような気もする。時間は何時だろうと室内を見回して、普段の部屋と同じ位置を見て時計がないことに少しだけ困惑してから、別の部屋なんだから当たり前だと思い返す。
今の時間の確認ってどうすればいいんだろうか。とりあえずシステムメニューを開いたら、そこにゲーム内イベント時間という表示があって、こんなとこに表示されてるんだとびっくりした。ちなみに時間はAM6:00だったので、起床時間としては真っ当かなぁと考えながらベッドから降りる。
朝はどうすればいいんだろう、食堂に行けばいいのかなと一度パーティーチャットで聞いてみようかなと悩んだ瞬間に、『起きろ―――――! 朝だーーーーー!!』と、たぶん、真鯛の刺身さんと思われる大声が響いてきた。耳がキーンとするくらいの大声で反射的に耳を抑えたが、パーティーチャットの声は耳から聞こえてるものじゃなかったので、余韻が消えるまでその場で動けなかった。
『真鯛、耳痛い』
『真鯛のバカ』
『真鯛、起きてるメンツのことも考えて』
『カナカさん、起きてらっしゃいます? 大丈夫ですか?』
「……頭、キーンってしてます」
たぶんカチュさんと思われる声から聴かれたので答えたら、真鯛の刺身さんから『あらら、カナカくんごめんね!』と謝罪が来たので、それを受け取って、余韻が抜け切ってから食堂に降りる。
その最中、顔を合わせた人たちみんなから「大丈夫?」と声をかけられたのには、どう答えていいのか一瞬狼狽えて、とりあえず一つ頷くと、誰もが「よかった」と笑ってくれるのに、不思議な気分になった。
そのまま食堂では、前日と同じように真鯛の刺身さんがキッチンからいろいろと配膳してくれて、自分の前には小さめのサンドイッチが二つと、あまり大きな具材の入ってない深皿のスープが出された。
いただきますと挨拶をしてから、サンドイッチに手を伸ばして、端っこを噛みちぎる。中に挟まっているのは、たぶん玉子とマヨネーズを和えた玉子サラダのサンドイッチだと思う。相変わらず、口の中で何かよくわからないものが広がっていく。なんなんだろうなぁ、これ。
外側のパンも中身も柔らかいのはすごく助かる気がする。噛むのに力がいらなくて顎があんまり疲れない。しんどくないのはすごくありがたい気がする。あと、このサンドイッチはピリピリしない。
サンドイッチ二つを食べきって、スープを口に入れながら、ふと相変わらず隣に座ってるカササギさんを見ると、いっぱい詰め込んでるのか、カササギさんの頬がめちゃくちゃ膨らんでた。なんだっけ、なんかこんな風に頬に大量に食料を詰め込む動物いなかったっけ。
「カナくんどした? スープもサンドもピリピリはしないでしょ?」
じっと見すぎたらしく、カササギさんがこっちを見てきた。この時には頬がもとに戻ってて、こっちにはよく噛んで食べろと言ってくるくせに、当の本人は早食いしてるのかとじっと見てしまう。
「カササギさんの頬が膨らんでて、なんかそんな動物いた気がするなって」
「あー。鸞瑪はリスの如く頬袋に詰め込むよね」
「毎度思いますけれど、鸞瑪はもう少しゆっくり咀嚼されてはいかがですの?」
あきれたといわんばかりにカチュさんがつぶやいてる。蜩さんの言葉で、ようやく頬を膨らませる動物の名前がリスだってこと思い出した。あと、あの頬が膨らんでる現象は頬袋っていうんだ。動物に興味がなかったので初めて知った。
「それにしても、カナカさんは空腹感などは問題ありませんの?」
「……くうふくかん……」
カチュさんの問いに、疑問が浮かぶ。くうふくかんってなんだろう。くうふくかん?
「くうふくかんってなに」
疑問に疑問で返すのは失礼なのはわかってるけど、わからないことはわからないから問い返せば、カチュさんと聞いてたらしい蜩さんの表情が固まった。これはやらかしたかな、と思えば、カササギさんが「そういえばおなかすいたって言ったことないね」と言われた。おなかがすくって感覚がよくわからない。
「うーん、その辺も次のプログラムから入れるか」
ゲームのカササギさんじゃなくて、主治医としてつぶやいてるのに、リハビリでやることが増えることが決まったらしい。何するんだろうな。
「カナカくん、まだ食べる? もう食べられないかな?」
真鯛の刺身さんに声をかけられて、止まっていた手を動かしてスープを口に流していく。少しとろっとしたスープは飲みやすかったけど、深皿の中には結構入っていて、なかなか減ってくれない。飲み込むのも意外と疲労感があって、真鯛の刺身さんに不要の意味で首を振ると、「そうかい」と笑って、こちらに何かを差し出してきた。
差し出されたので受け取って、なんだろうと見つめると、ビニールのような袋にクッキーのような薄い焼き菓子が入っている。なんでこれを渡されたんだろう?
「作業してる時に、作業効率が落ちたり、集中力が切れたときの気分転換に口にしてみてよ」
真鯛の刺身さんは笑いながらそう言った。そういうものなのか。よくわからなかったけどとりあえず頷いて、受け取ったものをかばんの中に入れる。
それから周囲を見れば、すでにカササギさんとカチュさん以外は食堂からいなくなっていた。……そういえばなんでこの二人はまだ食堂に残ってるんだろう?
「カナくん、今日は何するの」
そんなことをことを考えてたら今日の予定について聞かれて、それを確認するために残っていたのかと納得する。
「とりあえず、倉庫見て、足りない素材を確認して来ようと思ってるけど」
「採集に行かれるご予定ですか?」
「……まだ、考えてない。だって、僕一人で行っちゃだめなんでしょ?」
昨日言われたことを確認すれば、カササギさんはそこで一つため息を吐く。
「そこは採集に付き合ってっていうところでしょうが」
仕方ない子だねぇというカササギさんに、意味が分からなくて首をかしげる。すると、カチュさんがコロコロと笑った。
「カナカさん、まだ昨日会ったばかりですし、言いづらいかもしれませんけれど、採集に行きたいと一言仰っていただければ、生産系の面々以外はいつでも動けますよ」
「え、でも……」
その時になってから手が空いてる人に声をかけるか、いなければ、あるものでできるところまでやればいいだけじゃないんだろうか。もしくは、自分一人でも問題ない範囲を決めてくれれば、その範囲内で行動するんだけど。
「はぁ。じゃあカナくんに明日以降の12日間での課題を出すね」
「え?」
「いい? 俺とカチュ以外の戦闘メインのメンツはわかってるよね?」
「えっと、れるん。さんと、ジンジャーマンクッキーさんと、蜩さん。……最中食べたいさんはどっちになるの?」
カササギさんの問いに答えるために、改めて自己紹介をしてもらった顔を思い出しながら、名前を挙げて行って、ふと、回復担当の最中食べたいさんが戦闘担当に入るのかがわからなくなった。回復担当ってどっちだ。
「……最中は……、あー……アイツ特殊すぎる」
「一応、生産……でしょうか? 一応、戦闘能力は高いですけれど」
どういうことだろう? 生産担当なのに強いんだ?
「アイツはねぇ、薬品特化なの。薬中薬中って言ってるけど、ポーション以外にも薬剤ならなんでもござれなんだよ。毒薬とかもね」
……最中食べたいさんにはあんまり近づかないことにしよう、そうしよう。
「とりあえず最中は基本は調剤してるだろうから、向こうが素材採集に行くときについて幾分にはいいよ」
「ん」
「で、今あげたメンツを、一度は自分から誘って採集に行くこと。これが課題。わかった?」
「うん」
カササギさんの言葉に一つ頷くと、カササギさんも満足そうな息を吐いた。
「それじゃ、地下の倉庫見て、採集の予定を立てようか」
カササギさんに促されるまま、カチュさんも含めて三人で昨日と同じように地下へと降りることになった。




