5.25 補助担当 エカテリーナの場合②
しばらくして鸞瑪と共にやってこられたカナカさんは、新しいお洋服に着替えられてました。先ほどまでのPT茶の会話から、織夜ブランドだと思いますけれど、普段の織夜よりも大人締めの服装ですね。
上はノースリブのシャツとキャミソールを組み合わせたアンサンブル、下は膝丈の……アレはキュロットスカートかしら。キャミソールとノースリブシャツはともに白ですけれど、キャミソールの方が暗めの白なので、ちゃんとキャミソールを着ているシルエットがわかります。キュロットスカートをしめるためのベルトは、細く裂いた革を三つ編みに編んだ、レディースによくあるベルトですし、それに合わせるかのように薄いシフォン生地のカーディガンは繊細で端麗な容姿のカナカさんにはよくお似合いですわ。
もっと女性っぽい服装でもお似合いそうですね、カナカさん。おそらく今回の服は織夜節全開ではないので、織夜も小手調べのようなものかしら。左肩から右腰にかけてかかっていた紐は、どうやらアクセサリーのかばんのようですわね。カーディガンの下に肩掛けしてらっしゃいますが、カーディガンで透けてかばんが見えています。惜しむらくは、靴が初期のままで、靴下がセットになっていないことでしょうか。スカート短めのオーバーニーソックスがとてもよく似合いそうですわね」
「生姜さんと最中さんが調剤用の素材を、真鯛さんと蜩さんと織夜くんの三人で、食材その他もろもろを探しに行ってますよ」
鸞瑪に状況を伝えれば、軽い調子で「オッケーオッケー」と返ってくるのもいつもの事です。その様子に焦れたのは、少々お疲れの様子の四月朔日さん。
「おい、スズメ。お前はさっさと拠点を建てろ」
そう急かす四月朔日さんに、鸞瑪が「あ、ごめんごめん」とブルプリを取り出して、さっさと拠点を建ててくれました。いつ見ても、この瞬間建築はらくちんですね。ウチは正直拠点にこだわりがありませんから、気にせず全PTリーダーに初期配布されるこの簡単拠点キットの拠点を浸かってますけれど、こだわるところはこだわりますのよね。
一番こだわりがすごいのはおそらく大型生産系ギルドの「ムサの指先」ですけれど、それ以外のところでも、建築系のスキル所持者を抱えてそれなりに大きい館を作っていることも多いですし、やっぱりブルプリで簡単に作れるような拠点ですと、好みに合わないというギルドも多いようですし。
前回のサバイベの時は天候の集いがムサの指先と同盟を組んで、それこそ街を作ってたのにはさすがに引きましたよね。和風建築だったんですけれど、中央に本丸で、その周囲に二の丸、三の丸と居住区を大量に作っていて、総勢四百人強の人数を収納していたそうですから、それはそれですごいのですけど。ちなみに、この拠点はイベント後のマップ解放の時に正式採用されて残った拠点ですので、実際に見に行ったことがありますけれど、やべーくらい凝ってましたわね。
そんなことを考えていますと、鸞瑪がブルプリを使用したようで、大きな音が響きました。この音、何とかなりませんかしらね。次の公式アンケートに書きましょうかね。
何度目かで見慣れたログハウスを見ていると、カナカさんが目を丸くしている様子に、そういえば鸞瑪はこの拠点の話はしてませんでしたわね、と思い出してあたくしが代わりに説明を請け負いました。
「アレは、このイベント限定の簡単拠点キットですよ。外観は画一的なログハウスなんですけど、パーティー上限数までちゃんと寝起きできるようになっていますし、最低限の生産活動ができる各種工房もしっかりとセットされていますので安心してくださいね」
「……そこまで大きくなさそうだけど」
やっぱりそう思いますわよね。
「あたくしも最初に使ったときはそう思いましたわ。このログハウス、実は中に入ると空間拡張魔法がかかっていまして、地上五階、地下二階まで増設可能なんですよ。あたくしたちはそこまで必要としておりませんから、基本は地上三階と地下一階の計四フロアで使っておりました。建てた後でも増設できますし、ほかのパーティーがいる場合、そのパーティーの施設と接合も可能なんですよ」
と伝えれば、なるほど、といった調子で一つ頷いてくださったので、理解や思考能力は問題なさそうですわね。あたくしに対しても、若干緊張しているようには見えますけれど、面倒を見ている鸞瑪と行動しているメンツだからか、そこまで警戒しているようには見えませんわ。
何を考えていらっしゃるのか、じ~っとブルプリ拠点を眺めているカナカさんを見ているのは意外と面白いですけれど、「おーい、カチュ、カナくん。中はいるよ~」と鸞瑪に呼ばれたため、あたくしとカナカさんは拠点の中に足を踏み入れました。
ブルプリ拠点は相変わらずどうなっているのか空調が利いていて本当に快適ですわぁ。汗を拭いながらカナカさんを観察しますと、やっぱり外観から想像の付かないない装備びっくりされているようで、その仕草が外見とマッチしていてかわいらしいですし、少々幼く感じますわね。
鸞瑪がカナカさんを呼んで、施設内を案内するようですので、せっかくですからあたくしもついていくことにしましたわ。興味津々な様子できょろきょろと周りを見回している様子なんて、子供っぽさマックスがかわいいの権化ですわぁ。声こそあげませんけれど、もう目が興味できらきらと輝いている様子は、本当に幼い子供のようにも見えて、かすかな違和感もありますけれど。
その違和感がMAXになったのは、昼食の食堂でのことでした。
「カナカくんって何か苦手な料理とかあるかい?」
真鯛さんが初めて食事を提供するときにいつも問いかける言葉ですので、別段おかしなものではありませんでしたけれど、その質問を投げられたカナカさんは、硬直して、なんだか顔色が青白くなっているようにも見えました。かすかに震える唇が、はくはくと開閉してて、言葉が出てこないようにも見えます。それまで、とても表情豊かとまでは言えなくても、それなりに目や表情に環状が浮かんでいたのに、それがすぅっと消えていくのは、異常としか言えませんでした。
この状態のカナカさんに手を差し伸べられるのは鸞瑪しかいませんので、鸞瑪を探しますと、少し離れたところで織夜を蹴っていたので、急いで手招きすれば、すぐにカナカさんの様子に気づいたようで、こちらに近づいてきましたわ。
「どしたの」
カナカさんの様子に困惑していた真鯛さんに、鸞瑪がそう問いかけます。
「え? カナカくんに苦手な料理があるのかって聞いただけだけど……」
「あ、そりゃカナくんは答えられないわ。とりあえずアレルギーはない子だから、ほかの奴と同じもので大丈夫だよ」
答えられない、とは一体どういうことなのでしょう? その違和感はそのあとも続きます。
初日の昼食は、大体簡単に狩れた魔物の肉に持ち込み食材のスープやサラダなのが鉄板で、今日もそんな料理名もなさそうな昼食でした。食事の開始のあいさつをして、それから、カナカさんは食事をすることもなく、ただ自分の前に置かれたものを見つめるばかりでした。
先ほど鸞瑪はアレルギーはないとおっしゃってましたけれど、やっぱり苦手なものがあるのではないですかしら? そんなことを考えていたところ、「仕方ない子だねぇ」と言いながら、鸞瑪はカナカさんの右手をとってフォークを握らせ、カット肉を突き刺すと、「はい、口あけな」と言います。
いい年をしたカナカさんに対して失礼ではないのかしらと思いましたけれど、カナカさんは何をおっしゃることもなく、鸞瑪に指示されたとおり口を開けました。「口閉じて、ゆっくり噛んでたべな」と指示されるがままに咀嚼を始めるその様子は、明らかに異常ですわ。
この状態が、鸞瑪をもってしても「少し良くなってきた」状態なのですかしら。そのまま、何切れかカット肉を咀嚼したところで、カナカさんは食べつかれたのかまだ残っている肉に困っている様子を見せまして、鸞瑪がスープを飲ませて終わりになりました。
……結局、カナカさんは一口大の焼いたカット肉を四つ、深皿のスープを口にしただけで食事が終わってしまいました。パンもサラダも口にしていない、あまりにも小食でそんなもので生きていけるのか心配になってしまいました。
Otra Vidaは、「もう一つの人生」という意味の通り、基本的に現実とほとんど同じ生活が必要です。ステータスなどで異常は出ませんけれど、空腹感はありますし、リアルとほぼ同等の味覚で食事ができますので、それなりに食道楽もできます。
また、戦闘をする場合、空腹感が続くとデバフがかかりますから、あたくしたちは他所と交戦するしないにかかわらず、不測の事態に対する準備として、食事は欠かさないことにしていました。
明らかに足りていないような食事量でしたけれど、カナカさんは鸞瑪にご自身が下げていたかばんを見せた後、アクセサリー工房に向かわれたようでした。
食堂の中には鸞瑪と蜩さん、生姜さん、そして真鯛さんが残っていました。
「スズメ。あの子、本当にあんな状態で大丈夫なのかな」
PTメンツの中で一番面倒見のいい蜩さんが不安そうにそうおっしゃいます。鸞瑪はそれに、少しだけ疲れたように息をついた。
「アレでもマシになったのはほんと。あの子ね、俺も症状を全部把握できてないのよ。とりあえず、Yes or Noで簡単に答えられる質問以外はなるべく避けてあげて。あの子自身、自分が一般と異なってる認識はちゃんとあるから。あと、さっきの感じから味覚障害と顎が弱ってんのわかったから、俺は現実に戻ったらその辺の治療とリハビリを確認しないと……」
あらまぁ、珍しくマヂで鸞瑪がしおれてますわぁ。と言いますか、あの小食は満腹じゃなくて噛み疲れて食べる気がなくなっただけですの!? ……カット肉四つで噛みつかれるって……。
でも、鸞瑪の要望についてはわかりました。これから二週間一緒にいるんですもの、それくらいお安い御用ですわぁ。
……まあ、そんなに簡単ではありませんでしたのは、この後あたくしたちの常識をカナカさんに粉々にされて実感するんですけれど。




