5.25 補助担当 エカテリーナの場合
「次のサバイベさぁ、ウチの子一人連れてきていい?」
PvP大会PT戦の優勝パレードが終わり、次のイベントの方針を話し合うために集まったところで、唐突に疊鴼 鸞瑪……あたくしたちのPTリーダーがそういいだしました。また誰かを巻き込んだのかしら、そうかんがえたあたくしは悪くないと思いますの。
ウチのPT「厨二病上等」は、いわゆる「中学二年生くらいの年齢で発症する、ある程度年齢を重ねた後は思い出したくないような恥ずかしい行動を行う」という厨二病を地で行く集団です。
あたくしだって、現実じゃこんな話し方なんてできませんので、ゲームの中くらいあたくしの考えた最高の女を演じてもよろしくなくて? という面々が集まっておりますので、それなりにノリはいい方だと思います。
この集団のリーダーである鸞瑪は、あたくしたちよりも普通に見えますけれどめちゃくちゃな人で、でも、現実での職業も加味して、かなり責任感のある男です。
そんな鸞瑪は、現実で重篤な精神状況の未成年のリハビリを行う施設に勤務しているというところまではイツメンのあたくしたちも存じ上げていて、時々こうして、自分の患者のリハビリとしてあたくしたちを使うことがありますの。
だから、今回も同じだと思っていましたし、鸞瑪としては同じだと思っていたんだと思います。
「す、スズにぃ、も、もしかしてその人って……っ」
突然、挙動不審になった織夜が鸞瑪に詰め寄るので、いったいどうしたのかしらと思ったのですが、この二人の間では何か共通の話題だったようでした。
「あー、織夜は一回あってるんだっけ。そう、その子。大分リハビリは進んでるし、このゲームもそれなりにやってくれてるんだけど、元々おとなしい感じの気質だったみたいで、完全に引きこもりで生産しかしてないっぽいんだよねぇ」
もう少し人間とかかわらせたくてさぁ。とぼやく鸞瑪は、随分と珍しいと感じました。この男は、比較的自分の主通りに周囲を動かすことに長けていますので、こんな風に困っている様子はなかなか見ることはできません。
この男を困らせる患者さんなんて、いったいどんな子なのかしら。ほかの面々もそう思ったんでしょうね。あたくしたちは顔を見合わせて、鸞瑪の要望にうなずきました。
うなずいて、本当に正解だったと思いましたわ。サバイバルイベント恒例になりつつあるすし詰め待合所の端っこ。いつものPTメンバーがそろい、あとは鸞瑪のところの子を待つばかりになって数分。
コツコツと近づいてくる気配にそちらをみて、あたくしたちは絶句するしかありませんでしたわ。
なんです、この絶世の美少女は。つやっつやの唇に零れ落ちそうなくらい大きな目、顔立ちによってはダサくも見えるはずの姫カットがとっても似合っているうえに、編み込みカチューシャとか美少女しか勝たんですわよ!? 後ろ髪も結構な長さで、歩く度に先端だけ簡易に結わえた簡素な単色リボンが腰より低い位置で揺れるのが見えました。
唯一残念なのはその服装が初期服なことだけ。いえ、初期服になんでしょう。明るい……若草色かしら、それに近い色合いの紐がかかって見えます。肩掛けのかばんでもかけているのでしょうか。まあ、おかげで女の子ではないことはわかりましたけれど。
鸞瑪のところの子は、左肩から右腰に掛けてその紐をかけています。つまり、胸が膨らんでいれば谷間に紐が引っかかるわけで。ぱいすらってなんですかしら~~~? まあ、あたくしと同じくらい(あたくしは165センチに設定してますの)の身長で、全く胸がない女の子はさすがにいらっしゃいませんでしょう。ひんぬうとはなんですの~~~?? ぞんじあげませんわぁ。
「あ、カナくん。こっちこっち~」
鸞瑪も気づいたようで、そうその子に声をかけて手招きしています。間違いなく鸞瑪のところの子がこの美少女ならぬ美少年で確定のようですね。「よく来たね~」なんておじさんくさいことを言いながら頭を撫でようとして、払いのけられてるのは笑いものですけれど。
あたくしがそんなことを考えているうちに、鸞瑪は美少年改めカナカさんにあたくしたちの紹介と、カナカさんの紹介をしてくださいました。そのままPTへの加入要請も飛ばしたようで、システム通知にPT新規加入の通知が跳んできました。
でも、ここまででカナカさん、一音も発しておりませんけれど、大丈夫かしら。鸞瑪の指示通りにPT加入を受け入れたり、PT茶限定設定なんかは操作してくださってるようなんですけど、きらきらとしている万華鏡色の瞳は、どこか遠くを見てうつろに感じます。なんでしょう。この場所にいるのに、この場所にいないような、そんな透明感のような不思議な感覚に、今を生きてこの場にいる存在として希薄に感じます。
確かに、これは今までの鸞瑪のところの子とはちがいますわね。というか、この状態で少しはマシになってるってどういうことですの。そんなことを考えている間に、鸞瑪の問題発言がありましたわ。
「カナくん、今のスキル状況見せてもらえる?」
は? 正気かコイツ。
このゲーム、完全スキル制をとっている所為で、ほかゲームであるような体力なんかのステータスがすべて内部データ扱いで非公開になっていて、レベルもないため、取得スキルがそのステとほぼ同義になる。
つまり、取得済みスキルの公開はどんなステなのかを他人に教える行為に等しい。それは対人もこなす我々にとって御法度だとわかっているはずだが!?
真鯛の刺身が鸞瑪に詰め寄っている様子にどうするべきか考えているうちに、時間になったらしく、転送が実施されて視界が揺れる。この転送、何度されてもダメな人間はダメで、イツメンどもは苦手な奴が多いんだよな。と考えながら周囲を見回していれば、PTの中では一番こういった転送に強いはずの鸞瑪が頭を抱えていて、なんだ? と思ったが、その目の前に可視化されたキャラステータスウィンドウが一枚あって、あ~カナカさん見せちゃったのか、と思ったけど。チラ見えしたそのスキル欄に、顔が引きつった。
は? 今、いくつくらいスキルあった? 引きこもり生産型っつっても、この世界でスキルを伸ばすのは難しい。なにせ、反復するだけじゃスキルのレベルは上がってくれやしない。最初はいいさ、歩くだけでもスキルレベルは上がってくれて、SPだって付与される。でも、そのうちただ歩くだけじゃスキルレベルは上がらなくなって、50を超えるころには特殊な行動でもとらない限りそれ以上のレベルアップは無理だ。だから、SPはすぐに枯渇する。
特に生産勢はその枯渇が顕著で、スキルが生えそうな行動をしてもスキルが生えなくてSPで取得して、そのSPが回収できないうちに次のSPが必要になる悪循環だ。それなのに、生産しかしてないプレイヤーが、ソレもプレイ総時間数(ゲーム内の)が一年も経ってないプレイヤーが持っていていい量じゃない。
引きこもってたっていうが、この子はいったいどんな遊び方をしてりゃこんな風になるんだ。疑惑が尽きないけど、ソレも、鸞瑪の一言で断ち切られる。
「さて、お前ら~。さっさと作業始めろ~。カナくんには俺が説明しておくから」
確かにそうだ、じゃないそうですね。あまりの衝撃に地に戻ってしまっていた思考回路をエカテリーナというキャラクターのRPに戻して、あたくしたちは茫然として無駄にしてしまった時間を取り戻すように歩き始めます。
織夜が何かを渡していたのも横目に見ながらあたくしたちはひとまず水場が近くにあって、起伏がなだらかで、それなりに切り拓いても大丈夫そうな場所を探し始めます。今回は密林と言っていいほど木がうっそうと茂っていますけれど、足元は坂になっていたりしないので、水場が見つかればなんとかなりそうですわね。
そんなときに、PT茶に聞き覚えのない声と鸞瑪の声が聞こえてきました。
『……なぁに、これ』
『織夜は服飾職人、いわゆるデザイナーなんだよね。以前にカナくん見かけたときに初期服のままなのが納得いかなくて、キミに来てほしい服を作ったんだって』
鸞瑪がカナくんと呼んでいることから、おそらく聞き覚えのない声はカナカさんだと思いますけれど、声を聞いても脳がバグりそうですわね。けっして女性的ではありませんけど、かといって男性かと聞かれると、一瞬「低音の女性の声か」とも感じてしまいます。
その後も、ぽつぽつと二人で会話をしていますけど、カナカさんは本当にどうやってこのゲーム内で過ごしていらしたの??? と思うくらいに何もシステムを理解していらっしゃいませんでしたわ。そも、インベントリも知らないでどうやって採取してらしたの? インベントリに入れないと採取物のもち運びだって難しいでしょうに。
「あ、水場あったわよ」
ぽつぽつと聞こえてくるPT茶の合間、大分進んだところで先行していた蜩さんがそう声を上げられました。近づけば、それなりに広い川が流れていましたので、拠点ができた後にこの川から水を引けるような距離を切り拓くことを決めて、川から一キロも離れていない場所で各々取り出した伐採用の斧を取り出して木を切り倒します。
PT茶ではまだ鸞瑪のイベント講義が続いていて、途中、カナカさんの『それってわざわざ参加する必要があるの?』という言葉には胸に刺さるものがありましたわ。その虚無はあたくしたちも感じておりますけれど、ゲームのプレイヤーとして、虚無でもイベントと聞くと参加したくなるものなのですわ。
「ああああああああ、ポーションがたりない!!!! もういや、ポーション素材探しに行くううううううっ!!!!!!」
ある程度伐採で来たところで、一番我慢が足りない最中さんが発狂しました。この薬中、もう少しポーションを控えたらいかがかしら。発狂状態でどこかに走っていく最中さんは生姜さんが追いかけていったので、彼にお守はおまかせしましょう。
「最中だけずるい!! 俺も女神のために素材狩りに行く!!」
と思えば、織夜まで走っていきましたわ。こないだから気になってましたけど、女神ってなんですの。元々ちょっとイってる感じのある織夜ですけど、ガチ感ヤバ目ですわぁ。
織夜の後は食材を求めた真鯛さんと、お目付け役を蜩さんが買って出てくださったからそのまま見送って、あたくしたちはとにかく鸞瑪の持っているブルプリを使えるだけの広さの土地を切り拓いてから、四月朔日さんが鸞瑪に声を掛けました。
……それにしても、カナカさん、ちょーっとウチのメンツよりも濃ゆそうですわねぇ。




