5.プレイヤーとの交流 8
口の中に放り込まれたそれをどうしようと思ったら、続いてカササギさんから、「口閉じて、ゆっくり噛んでたべな」と続けて指示される。口を閉じたところでフォークだけ抜かれて、口の中に肉の塊が残る。噛めと言われたので、その肉を噛む。肉は少し反発するような感触があったけど、歯が食いこめば簡単に噛み切れた。
口の中で、不思議な感覚がある。いつもの食事とは全然違う、口の中で広がる何かがある。噛めば噛むだけ形のなくなる肉だが、その肉の中からも何か広がるものがあった気がするけど、それが何かはわからない。ただ、塩気があったとは思う。思うんだけど、広がった味が何なのかわからなくて、判断がつかない。
ゆっくり噛んでの指示の時は、三十回噛めばいいといわれていたので、三十回噛んでからゴクリと飲み下す。あの広がったものは何だろう。わからないから、知りたくて、自分で右手に握らされたフォークでもう一つ、肉を刺して口に運ぶ。
口に入れただけで、塩気もある何かが口の中いっぱいに広がるけど、それが何かはやっぱりわからないけど、それをずっと感じていたい気がした。先の肉と同じく、指示通りに「ゆっくり噛んで」飲み下す。
皿に載せられた肉の塊を一つずつそうやって飲み下していたが、四つ目になった辺りで噛む力がうまく入らなくなってきた。うまく噛み切れない。それでも、口の中に広がるものは変わらなくて、もう少しだけそれを感じていたいけど、でもうまく噛めなくて、口の中に大き目の塊が残ったままになってしまい、飲み下せない。それまでの倍の回数と時間をかけて、飲み下せるまでに噛んで、やっと飲み下してから皿を見て、まだ残っている肉の塊に茫然とする。
うまく噛めなくなってきてるのに、まだまだ自分の前に置かれている皿の上には、取り分けられた肉の塊が山とある。あと何時間かけて飲み下せばいいんだろう。そんなことを考えていると、右手に握らされていたフォークが抜き去られ、代わりにスプーンが握らされる。それから、肉の載った皿がカササギさんに持っていかれ、深皿に入った白いスープを目の前まで引き寄せられる。
「肉は終わりね。スープ飲んで、余裕があるならサラダとパンを食べればいいよ」
白いスープの中に、スプーンを突っ込んで液体を掬い上げる。少しとろっとしたその液体を口に入れると、少しとろみのあるその液体はするりと喉の奥に流れていく。何のスープかはわからないけど、なめらかで飲みこみやすいそれは、口に入れ易いと思った。このスープが口の中にある時に、肉とは違う広がるものがあったけど、やっぱりこの広がるものが何なのかわからない。
不思議に思いながら、深皿の中のスープを繰り返しの動作で口に運ぶ。深皿の中のスープを全部のみ込んだところで、胃の辺りが圧迫されるような、詰まったような感覚に、カササギさんを見る。カササギさんははいはい、と人の手からスプーンを取り上げて、少しの間こちらを見ていたかと思うと、「今日はここで終わりかな。ご馳走様してね」という。
「ごちそうさまでした」
指示通りに挨拶をすれば、少し離れた位置から「おそまつさまでした」と真鯛の刺身さんの声が聞こえた。そこで何か足りてないような気分になって、ついきょろきょろと周りを見回してしまうと、カササギさんが笑い声をたてる。
「カナくん、ここではお薬はありません。基本的にこのイベント期間中、こんな感じで食事の時だけは集合してもらうけど、それ以外は個々人で何しててもOK。ただし、採取とか何かしたいことがあって外に行く場合は、俺に声をかけること。いいね?」
言い聞かせるようなカササギさんの言葉に頷けば、カササギさんは満足げにうんうんと首を動かしてる。
ふと見たら、カササギさんの前にあったはずの料理も、山になっていた肉とかもろもろも、全部きれいさっぱりなくなっていて、他の人たちも全員食べ終わっている様子だった。あんなにいっぱいあったのに……。
「カナカくん。食事の時はPTチャットで全員に声かけるから、遠出で戻れないとか、何か食堂に来れないときは声をかけとくれよ」
真鯛の刺身さんにそう言われて、とりあえず遠出をするつもりはないけど、ひとまず頷いて見せれば、真鯛の刺身さんは笑って「よし」と言ってくれた。それから食堂内を見たら、もう食堂にいるのは自分とカササギさんと真鯛の刺身さんしかいない。……いつの間にいなくなったんだろう。
がらんとなっている食堂に驚いてると、カササギさんがなんではこちらの髪の毛を一房持ち上げて、何をしたいのかわからないけど、いじりながら問いかけてくる。
「カナくん、今日は何したい?」
何したい。聞かれて考えるけど、自分は何をしたいんだろう。いろいろ作りたい。じゃあ何から作ればいいんだろう。頭の中がぐるぐるとする。
「思いついたことからでいいんだよ。……あ、そういえば、前に会ったときに言ってた、やばいもんってどうなったの?」
やばいもん。そういわれて、そういえばカササギさんには作る前にその子と伝えてたんだっけ、と思い出してずっとかけっぱなしだったかばんを肩から落としてそっと渡す。カササギさんはきょとんとした様子だったけど、「あ、これがそうなの」と言ってかばんをいろんな角度から眺めて、顔をひきつらせた。
「は? 待った待った待った、カナくん!? これ作ったの!?」
「うん」
「は、え? どうやって??」
「ふつうに作った」
「普通……とは。……まあいいや、これって同じもの作れるの?」
「外側のかばんは作れるけど、内布は僕が作ったんじゃなくて、職人さんが作ったのを提供してもらってるから、無理」
「そっかぁ……」
少し残念そうな様子のカササギさんに、「欲しいの?」と聞くと、ものすごい勢いで頷かれてびっくりする。
「俺たちって対人系のイベントも出るんだけど、そういうときってやっぱり荷物の持ち運びに苦労するからね。ルール上、インベントリ扱いでダメになるかもしれないけど、かばん自体がなかなか売ってないから、もし作れたらほしいなぁ」
言われて、あまり外を歩いていないけど、見かけた他のプレイヤーと思わしき人は、確かにかばんを持ってる人はあんまりいなかった気がする。需要があっても供給がなかったら手に入らないは道理だと思った。
「……作れたらね」
そう答えると、カササギさんがうれしそうに笑ったので、いつもお世話になってるし、作ってもいいかなと思いながら必要素材を思い返す。とはいっても、工房にほとんど素材は置いてきてるし、カササギさんにここまで連れてきてもらうまでの間にむしってきたのは何かも確認してない。
とりあえず、さっきむしったものの確認をして、足りないものがあったら探しに行こう。ひとまずやることが決まったから、カササギさんに「工房に行ってくるね」と伝えて、そのまま二階にある工房に入り、広い作業テーブルの上に先ほどむしってた素材をざざざっとすべてぶちまけた。




