5.プレイヤーとの交流 7
拠点内の案内が終わったあたりで、外で活動していたらしいほかのパーティーメンバーが戻ってきて、全員が拠点に集合することになって、集合場所はなぜか食堂になった。なんで食堂? と思ったけど、そういえばこの拠点、それぞれの工房がかなり広く作られていて、いわゆる会議室のようなテーブルだけ、みたいな部屋はなかったな、と思い出す。
「一応基本の拠点ブルプリには個室と会議室、工房用空間と食事用空間が用意されてんだが、俺らって基本他と同盟組んだりしねぇから、食堂で十分だよなってことになってその分全部工房にしちまったんだよな」
ガハハ、と笑ったのは四月朔日さん。実際に見た食堂は確かに広かったし、ちゃんとテーブルもあるので、あの部屋の許容人数を超えないのであれば、間に合うのかもしれない。まあ、行ってることは半分くらいよくわかってないんだけど。ブルプリ、とか同盟、とかなんだろう。同盟って単語の意味は何となく分かるけど、そのままの意味でいいのかな。
「あああああああああああ、女神が俺の作った服着てくれてるうううううううう」
ゴロンゴロンと転げまわる絶叫がどこかからか聞こえているが、「アレは頭おかしくなってるから全無視してていいよ」と頭が痛そうな顔をした前衛の建て担当の人(蜩 虹さんだと改めて名乗ってくれた。ヒグラシって蝉の名前だよね。ちょっとだけ親近感を覚える)が教えてくれたので、あの男は基本無視してていいようだった。
「カナカくんって何か苦手な料理とかあるかい?」
拠点に戻ってきたと単にキッチンに駆け込んでいったと思ったら、すぐに戻ってきてこっちにそんな声をかけてきたのは、料理胆のうの人(真鯛の刺身と名乗ってくれたけど、なんでそんな名前にしたんだろうと疑問は尽きない)が聞いてくる。
……聞かれてから、そんなことを考えたこともなかったことに気づいた。苦手な料理ってなんだろう。何をもって苦手と判断するのかもわからなくて、なんて答えていいかわからなくて言葉が出てこなくなる。
どうしよう。苦手ってなんだろう。解答の出し方がわからなくて困っていると、こちらの様子に気づいたカササギさんが近づいてくる。
「どしたの」
「え? カナカくんに苦手な料理があるのかって聞いただけだけど……」
「あ、そりゃカナくんは答えられないわ。とりあえずアレルギーはない子だから、ほかの奴と同じもので大丈夫だよ」
カササギさんの言葉に不思議そうにしていた真鯛の刺身さんは、「とりあえず同じもの用意すりゃいいんだね」とつぶやいて奥の方に行ってしまった。……結局、正しい解答はなんだったんだろう。カササギさんを見ると、カササギさんは「もうちょっとリハビリ頑張ろうね」と言いながら、こちらの手を引いて、食堂に二つある長テーブルの一つの端っこの椅子にこちらを座らせて、隣にカササギさんが座った。
「あ、鸞瑪何のむぅ? とりあえず回復材はいくつか調剤しておいたから飲めるよ」
斜向かいに座っていた回復担当の人(最中食べたいって名乗ってくれたけど、ずっと最中を食べたい気分なんだろうか?)がそういいながら、なんとも言えない色合いの液状物体が詰められた細い試験管のような瓶を振り回しながらカササギさんに見せている。
「最中はそろそろポーションをジュース扱いするのやめなぁ?」
「最中、いい加減ポーション中毒になるっつってんだろ、必要時以外飲むんじゃねぇよ」
試験管のような瓶を振り回す最中食べたいさんの頭をベッチンといい音をさせながら叩いたのは、遠距離魔法担当の人(ジンジャーマンクッキーと名乗ってくれた。なんか食べ物の名前の人多いな)で、ジンジャーマンクッキーさんはそのまま最中食べたいさんの隣に腰を下ろして、彼女の手から試験管のような瓶を全部取り上げていた。
「……ポーション」
見たことがなかった試験管のような瓶を目で追いながら、試験管のような瓶の中の液状の物体の名前だろうかと考える。飲用できるものなんだろうとは思うけど、中毒症状が出るような飲用のものは毒物なんじゃないだろうか。回復材、調剤といった単語もあったし、液状の薬品なのかとも思うけど、でも中毒症状が出るってやばくないか。そんなの飲んでいいのか。
「カナくん、ポーション見たの初めて?」
「ポーションって何」
「基本的にはゲームの中での回復材だね。カナくん、もしこのサバイバル期間で疲れたときとか、作業中に怪我したときとかは、最中に言えばけがを治したりする薬、ポーションをもらえるからね」
「……中毒になるようなものなのに?」
カササギさんの言葉に、思わずそう問い返すと、カササギさんとジンジャーマンクッキーさんが声をあげて笑い始めた。
「大丈夫だよ、中毒になるのは、短期間に大量摂取した場合だから」
「最中はポーションを飲み物代わりにカパカパ飲みやがるから、中毒症状が出ることがあるんだ。普通に使う場合は早々中毒症状になんてならねぇから安心しな」
よくよく聞いてみると、ポーションというさっきの液状の薬剤には、蓄積薬効というモノがあり、その蓄積薬効が体内に許容量以上になった時点で「薬物中毒」という状態になるんだという。名称からして怖いけど、この薬物中毒、本当によほどじゃないとならない症状らしくて、最中食べたいさん以外で症状が出たプレイヤーは今のところいないらしい。大体、1時間にさっきの試験管のような瓶で50本くらい飲まないとならないらしい。
……まって、さっきの試験管みたいな瓶、内容量は50mlくらいだと思うんだけど、それを50本って……。最中食べたいさんは結構小柄な女性なんだけど、どこにそんな大量の水分が収まるんだろう。生命の神秘ってやつなのかもしれない。あと、1時間でそれだけ飲むって常時試験管瓶をあおってるくらいの勢いなんだけど、それくらいの勢いで飲んでるのかもしれないね、この人。
「そうは言うけど、私が作ったポーションはおいしいの! おいしいものはいくらでも味わうべきなの!」
そう主張した最中食べたいの頭は、「うるせー」「トクホでもガバ飲みは推奨されてないぞ」等々、周囲にいたほかのパーティーメンバーにバシバシと叩かれて、握っていた試験管瓶を取り上げられていた。
「ポーション知らないとか、女神クソかわいい」
同じ長テーブルの、対角線に当たる位置の椅子に縛り付けられてテーブルに突っ伏してる男が何かぶつぶつつぶやいてるけど、そのたびにカササギさんが素早くこちらの耳に手を当てて耳栓をするから、いつも聞こえない。パーティーメンバーから男に対する視線が生ぬるいような気もするんだけど、それについては無視していいの一言しか返ってこないので、とりあえず気にしないことにしてる。
ふと気づけば、長テーブルにはキッチンにいる真鯛の刺身さん以外が全員そろっていて、それぞれに何か会話をしている。カササギさんはジンジャーマンクッキーさんとそのまま話をしていて、最中食べたいさんはカチュさんにポーションのことについてたしなめられているらしくて、そんな感じの会話が聞こえる。
こんな風に声が行ったり来たりしている空間にいるのは、なんだか不思議な気がした。
「お待たせ、できたよ! 文句言わずにお食べ!」
キッチンの方から真鯛の刺身さんの声が聞こえてきた。その声に、やったぁと遠距離物理担当の人(れるん。と名乗ってくれた。最後の「。」までが名前らしい)が嬉しそうにキッチンの方に走って行って、大量のお皿をもって戻ってくる。
同じように大量のお皿を持ってる真鯛の刺身さんと一緒に、その皿を長テーブルについている人の前に手早くおいていく。しかも一枚じゃなくて、何枚も置いていかれて、気づいたときにはテーブルの上は大量のお皿やカトラリー、グラスなどであふれていた。長テーブルを半分にしたくらいの中央にそれぞれ大きな籠が置かれて、その中には山のように丸い形をしたパンが積まれている。それぞれの前におかれた皿には、白いスープのようなもの、おそらくドレッシングと和えてあるらしい生野菜のサラダ、食べやすそうに一口サイズにカットされたコロコロとした大きさの肉と白い何かがのってるもの。ほかにも、大皿に同じようにカットされた肉が大量にのってたり、白い何かの入った大きな深めの器があったり。
出されたものが何なのかはよくわからないけど、カササギさんを見たら頷いたので、これを食べるということだろう。
「よし、いつも通り足りないやつぁ自分でお代わりしな! いただきます」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
「い、いただきます」
真鯛の刺身さんの言葉に、ほかの人が一斉に「いただきます」とあいさつをする。言わなきゃいけないことなんだろうと思って、少し遅れて同じ言葉を口にする。その間に、周りの人はもう食事を始めていた。
カササギさんを見ても、「好きに食べな」というだけで、どうすればいいかは教えてくれない。好きに食べるってなんだろう。何から手を付ければいいんだろう。そればかり頭の中でぐるぐるして固まってしまったこちらを見て、カササギさんは「仕方ない子だねぇ」というなり、右手をとり、こちらの前に置かれていたカトラリーの中からフォークを取り上げて握らせると、そこにカット肉を一つ突き刺すと。
「はい、口あけな」
言われた指示に従って口を開く。その口に、フォークに刺さった肉をそのまま放り込んだ。




