5.プレイヤーとの交流 6
何これ。目をつぶっていたほんの少しの間で、建物が建つなんておかしくない? こちらの困惑に気づいたのか、いつの間にか近くまでやってきていた補助担当の人が相変わらずにこにこしながら教えてくれた。
「アレは、このイベント限定の簡単拠点キットですよ。外観は画一的なログハウスなんですけど、パーティー上限数までちゃんと寝起きできるようになっていますし、最低限の生産活動ができる各種工房もしっかりとセットされていますので安心してくださいね」
「……そこまで大きくなさそうだけど」
思わずそう返してしまうと、補助担当の人はくすくすと笑い声を立てた。
「あたくしも最初に使ったときはそう思いましたわ。このログハウス、実は中に入ると空間拡張魔法がかかっていまして、地上五階、地下二階まで増設可能なんですよ。あたくしたちはそこまで必要としておりませんから、基本は地上三階と地下一階の計四フロアで使っておりました。建てた後でも増設できますし、ほかのパーティーがいる場合、そのパーティーの施設と接合も可能なんですよ」
補助担当の人の説明に、なるほどなぁと納得する。今、自分が肩掛けしてるこのかばんの内布に使っている布に使われている魔法と同じものが使われているのなら理解ができる。なにせ、自分が作った自分の腰幅とさほど変わらない幅に、縦も三十センチくらいで、マチ部分だって十五から二十センチほどで、内容量が100㎥なんだから、とんでもないよね。
「おーい、カチュ、カナくん。中はいるよ~」
ログハウスの玄関ドアを開けてこちらを振り返っているような仕草のカササギさんがそんな声をかけてくる。はっと周りを見れば、遠距離担当の人と四月朔日さんはもう中に入ったのか、周辺には誰もいなかった。補助担当の人と顔を見合わせて、あわててログハウスの中に足を踏み入れる。
玄関扉をくぐって屋内に入ると、少しひんやりとした空気が漂っていて、とても涼しい。というか、実は外が意外と暑かったんだと気づかされた。たらりと額から汗が滴ってきたことに気づいて、目に入る前に手の甲で拭いながら、中の様子を見る。
外観はログハウスだったが、内装はとてもログハウスとは思えないものだった。それこそ外観のログハウスの幅よりも広そうな、三階まで吹き抜けの広い玄関ホール。真正面には奥へ続く廊下と、左右に分かれている二階へ続緩やかなカーブを描いた階段がある。三階へも同じように緩いカーブを描いた階段が左右に向かってまっすぐ伸びている。そのデザインは、たぶん豪華なものだと思われる。あまりよく知らないけど、この広いホールによく似合っていた。
呆気に取られてぼんやりと吹き抜けを見上げていると、ぐいっと手を引かれた感覚があって、反射的に振り払いそうになるが、その感触から、手を掴んだのがカササギさんなことに気づいて振り払うのを抑える。それに気づいたカササギさんは楽しそうに笑っていた。
「カナくんはこの拠点初めてでしょ。拠点内で迷子にならないように案内してあげよう」
「あら、いいですね。あたくしもついていきますよ」
いつの間にかそう決まったらしい。補助担当の人(案内中に改めて「エカテリーナさん(カチュさんでいいといわれた)」と名乗られた)とカササギさんに想像以上に広い内部を連れまわされた。
基本的に三階から上は個室になっているらしい。中央に奥へ続くそれなりに広い廊下があり、その両脇には等間隔に扉がいくつもあった。その扉は全部同じ形で、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる感覚がある。それにカササギさんもカチュさんも頷いて、「自分の部屋の場所を決めたら、扉に自分の名前を入れるんだよ」と言われた。三階の一番奥の西側の部屋には、扉に大きく「れるん。」とネームプレートが下げられていて、なるほどこういうことかと納得した。
また、扉が全く同じように、個室の内装もすべて同じらしい。違いは場所だけで、東側と西側で窓から差し込む日差しの違いは一応あったが、正直支障などがあるわけではないのであまり関係ないことだった。一番奥まで行って、吹き抜けのホールまで戻ってくる間に、三人で自室を決めた。入り口に近い方がいいだろうと、カササギさんが廊下に入ってすぐの東側の部屋を選んで、「カナくんは隣ね~」と言われて自分の部屋がその隣になった。また、「じゃああたくしその隣にしますわね」とカチュさんが言ったことで、廊下に入ってすぐの東側が三部屋丸っと埋まった。
自室として決まった部屋の内装や、自分の名前の入ったネームプレートのかけ方を教えられて、三十分ほど各自自室を整える時間と言われて部屋に押し込まれた。
「……内装……?」
押し込まれて、とりあえずネームプレート設定だけし終わってから、押し込まれた部屋の中を確認する。部屋の中は、落ち着いたオフホワイトとしっとりとした木材の色で統一されていた。備え付けられているのは、オフホワイトのシーツのかけられたセミダブルくらいの少し幅広のベッドと、サイドテーブルに品の良いベッドサイドランプ。その向こうにはそこそこの丸テーブルとそれと合わせた一人が家のソファ。脇は大き目の窓とそれを彩るオフホワイトのカーテンで、ベッドの向かいには簡単な書き物などができるデスクとチェアと、デスクランプが設置されていた。家具はおそらく全く同じ種類の木材を使っていると思われ、色合いは全部統一されていた。
シンプルだけど、決して悪くないと思う。というか、想像以上にいろいろ家具が備え付けられていて、これでサバイバルなの……? という疑問が浮かんでくる。中学のころか、高校のころか、覚えていないが体育の時などにクラスメイトがテレビ番組の企画の無人島生活などの話を聞きかじったときは、こんな家具備え付けじゃなかったような、という記憶があるけど、それも自分で見たわけではなくて、クラスメイトの曖昧な説明だったから、もしかしたらそっちが間違っていたのかもしれないと思った。
そして、この内装はどうすればいいんだろう。内装の替え方、と言われて教えられたタッチパネル。そのパネルをとりあえず触ってみると、どうやら結構な種類のデザインが用意されていて、そのデザインや色を選べるらしいけど、このままでもよくないか。
一通り見るだけ見るかとデザインを見ていると、「室内一括」という項目があるのに気づいた。そこを見ると、室内のデザインや色を一括変更できるらしい。へぇ、と思ってみてみると、色に合わせた一括デザインがあるらしい。色も赤白黄色とかの原色じゃなくって、人の目にも優しい淡い色合いに設定されているようだった。
ひとまず全部見たうえで、このままでもいいかもしれないけど、ベッドに腰を下ろして天井を見たときに、なんだか現実にいるのかゲームの中にいるのかがわからなくなりそうな気がしたので、とりあえず最後のページにあった緑色(実質はパステルグリーン)に変更をしたところで、扉がコンコンとノックされて、「カナくんできたー?」とカササギさんの声が聞こえた。
「お、ちゃんと色彩変更したんだね、えらいえらい」
こちらが返答する前にガチャリとあけられて、室内に入ってきたカササギさんがそういってこちらの頭をなでてくる。たぶん、カササギさんもこっちが現実と混同して動けなくなるんじゃないかって考えてたのかもしれない。カササギさんの手を振り払って立ち上がると、部屋の入り口のところでカチュさんも待っていたようだった。
そうして、拠点内の案内の続きが始まる。二階は工房がある場所だったけど、二階の工房は裁縫や織物、アクセサリーなどのあまり大きな音が鳴らないような、炉などの必要がないモノの工房だった。ここも奥に向かう中央の廊下があり、西側に一室、裁縫用の工房があり、東側に二室、織物用とアクセサリー用の工房があった。アクセサリー用の工房はホールに近い方で、中に入ってみると自分の工房にあるのと同じ作業テーブルが二つくっつけて置いてあり、窓は棚で閉ざされてライトを点けないと薄暗い状態だった。棚の中には大量の染色などに使う器があり、乾燥用のラックなどもそろっていてなかなかだった。
一階には、炉を使う鍛冶用の工房や、調剤用の工房があったが、それに加えて大きな食堂とそれに見合うシステムキッチンもそろっていた。また、炉に関しては陶磁器などを使うための炉や、ガラス用の炉、鍛冶ではなく彫金のための炉なども完備されていてすごいなぁと思った。まだ当面先の話だと思っていたけど、もしかしたらここで少しだけ金属やガラスを使ってみてもいいかもしれないと思った。
地下は、二階へ上がるための階段脇に地下へ降りるための階段があった。その階段は石レンガでできていて、もちろんライトを点けないと真っ暗だった。ライトをつけても薄暗かった。地下は基本的に倉庫らしい。この倉庫に素材などを置いておくと、上階の工房で倉庫内目録を確認できるようになり、工房内であれば地下まで来なくてもその場で取り出せるらしい。何それすごい。また、一部暗い室内でなければ育てられないような植物などの育成に使うらしい。……サバイバルするのに植物を育てるの? やっぱりこのイベントってやつはよくわからないなと思った。




