4.5狂人はかく語り
運命の出会いだと思った。
その日は、偶然染色用の素材を採集しようとして、まずは手近なモーガン東のMAPからしらみつぶしにする予定でそこに向かった。すでにOVがサービス開始してから一年以上。全く進まないメインクエスト、越えられない品質の壁。生産職も戦闘職も、先の見通しが立たないことに苛立ちを隠せないまま日々を過ごしていた。
かくいう俺も、品質の壁を越えられずに泥沼にはまっていたが、それでもこのゲームをやめなかったのは、他よりもこのゲームの方が優れている点があったからだ。
それは、自分のセンスを磨くために、より現実に近い生産ができるということだった。
どうしても、生産職業は、ある一定のプリセットの中から組み合わせて新しい形を作るという方向性に向きがちで、こと服飾関連は特にそうだ。一つ、袖にレースを付けたいとなったら、レースと袖の一体化済みの用意されたパーツの中から思い描くものにより近いものを選んで選択する。胸ポケットが付けたいと思ったら、胸ポケットの付いている前ごろものパーツの中から選んで選択する。そればっかりだった。
しかし、OVは違う。やれレースを付けたいとなれば、まずはつけたいレースを用意して、そのレースをどのようにつけるのか、縫い付けるのか、それともいわゆるアイロン接着のような熱接着シートで貼り付けるのかは服飾職人の指先次第。胸ポケットだって、すでにあるブラウスやシャツに、ポケット用の布地を持ってきて同じように縫い付けるのかどうかは指先次第だ。
このシステムは、デザイナーとしてもっと上を目指したい俺には丁度いい練習の場だった。
小さな服飾デザイン事務所に所属している俺は、まだまだ下っ端で、デザイン能力を買われて事務所に迎えられた割には、やっていることは針子の仕事だけ。縫うのも自分のデザインの服ではなく、事務所の社長デザインのものだけ。俺より数年先輩のデザインすら、ごくたまに、ほんとにちょっとした装飾くらいしか使ってもらえない程度に、社長のワンマン事務所だった。
社長のデザインは悪くはないけど、どこかレトロな感じの、いわゆる中高年向けのデザインばっかりで、若者向けのものはほとんどない。社長本人は若者向けのデザインを考えていると言っているけど、こう、なんていうか、絶対若い子にはウケないようなものばっかりだ。
その点、先輩の出すデザインは若者向けは若者向けでも、こう、なんだ、ビジュアル系っていうか、パンクっていうか、なんとも前衛的なものが多い。それはそれで面白いなと思うから、先輩のデザインを見るのはある意味勉強にはなっている。
そんな環境で、俺のデザインは全く採用されることはなく、直しが入ることもなく、とにかく「ないね」の一言で終わらされて上に進むためのステップを踏めないでいる。
クサクサしてた俺にこのゲームを進めたのは、医療関係に努めている十歳以上年上の従兄だった。なんかよくわかんない方面で第一人者高になっている従兄は、このOVの開発の際のAIの思考などに関してのオブザーバー勤めていたらしく、その関係でVRHMDを多めに提供してもらったからと一つ俺にくれたのだ。
なんで二十歳越えてゲームなんだと突っ込んだが、従兄から生産のシステムを聞いて、俺はこのOVの中なら一人のデザイナーとして研鑽を詰めるんじゃないかと前向きになり、プレイをし始めた。
現在、俺はモーガンで店舗を構えられる程度には売れているデザイナーの一人となっている。主に、フェミニンな雰囲気のものや、ユニセックスな雰囲気の強いものをメインに作成、販売をしていた。
それなりに手広くやってはいるが、いまだに品質の壁は越えられない。一応、スキルとしては五次スキルの服飾マスターまでスキルMAXまで育てていて、今は服飾マスターⅡを70レベルまで育ててるし、オリジナルデザインレシピも、すでに20できかない数をギルドで認定してもらっている。時々、NPCのデザイナーからデザインへの助力を請われるし、俺のブランドタグを見れば、たいていのプレイヤーもNPCも「あ、オリヤブランドだ」と一目瞭然な程だ(なんでオリヤブランドかって? そりゃ、俺のPC名が「織夜」だからだ)。
そんな俺は、最近デザインだけではなくて染色にも手を出し始めた。なんでかっていうと、いい感じの布はあるのに、思い描いた通りの色の布がないからだ。今まではNPC染色師に依頼を出していたが、それでもやはり思った通りにならないことがよく合った。
だったらいっそ、自分で想像通りの色に染めてしまえ。そう思ったが吉日、この世界は服飾職人でも染色系のスキルを取得すれば自力で染色できるという素晴らしいところがある。染色レシピにどの染色素材をどれくらいの割合で入れたらこの色の布になるかを残しておけるから、染色師への依頼もしやすくなる。
そう考えて染色を始めて、あっという間に元々倉庫にため込んであった染色に使える素材は空っぽになった。そりゃ、大きな布地を染めるのにも使ってればそうなるし、配分を考えるのにも何度も使うのだから簡単になくなる。かといって、素材用のマーケットを確認しても、遠方の最前線の街の素材はあれど、モーガン近くの安価で使いやすいものはほとんど流通していない。
致し方なし、自分で採集に行くかと考えたが吉日というものだった。幸いなことに、モーガンの外周東西南北は、戦闘がそこまでうまくない俺でも魔物を倒せる程度に初心者向けの場所だから、気兼ねなく採取に行ける。
草原での採集をあらかた終えてから足を向けたのは、モーガンから北東の森だ。この森で採集できるものは半分くらいが染色に使える素材になるので、生産職仲間の木工職人や細工職人に木材のおすそ分けも兼ねて伐採祭りと行こうかと森に入ったその時だった。
ヘイリグトゥムという蔓系の樹木素材の前に、その子は立っていた。
薄暗い森の中で、まるで光り輝くように目を引いた薄桃色の長い髪。そこまで高くない身長に、ほっそりと初期服から伸びる細く、でも不健康ではないしなやかな手足。なにか武道でもやっていたのか、まっすぐピンと伸びた背筋。ただの後ろ姿だというのに、目が離せなかった。
その子がこちらの気づいたのか、俺の方を振り返る。振り返る動作で靡く髪に、その隙間から徐々にあらわになる、あまりにも整いすぎた美しい顔立ちに呼吸が止まった。後ろからでは見えなかったが、頭頂部に編み込みで作られたカチューシャに、前髪とサイドの一部をまっすぐに切りそろえた姫カット。その髪の毛に縁どられた顔はゆがみなど感じられないほどに整っていて、目は大きくて丸々としていて、光の反射でもないのに見るたび色の変わる万華鏡色の目。少し気の強そうな眉とすっと通った鼻筋、きゅっと引き結ばれた小さな唇は、赤薔薇のようにしっとりと濡れた赤色。顎のラインもほっそりとしていて、目をそらすことができない、魅了されてしまうような美しさだった。
いつまででも眺めていたい。そう思ったのと同時に、顔立ちや体つきの美しさと釣り合わない初期服がひどく目についた。初期服は、ある意味均一化された学校の制服のようなものだ。基本的にどんなアバターであっても違和感を感じさせないようなシンプルで単純化されたその服装は、正直に言ってダサい。男女兼用でもあるため、なおの事ダサさが天元突破してる。こんな美しいモノが、こんなダサい服を身に着けていることに、突沸のような怒りがわいてくる。
まるで少女のように美しいけど、ダサい初期服からでもわかる骨格が明らかに男性だ。つまり少年だ。こんなに美しい少年にはもっと愛らしい系統の服か、もっと華やかな系統がよく似合う。美しい桜に近い白い生地でゴシック系の重装はどうだろうか。ゴシックは基本黒がメインだが、この美しいモノには黒よりも白のゴシックの方が似合う。案外ロリータでも似合うかもしれない。だが、甘めのロリータだと服が人間の美しさに負けてしまいそうだ。
最近うまく染まった藍に近いあの生地で仕立てたブラウスに、袖や裾などに銀糸でシンプルなレース刺繍をするのはどうだろうか。その上からシースルーのオフホワイト生地でロングカーディガンに近い感じの外套と、下はどうすべきか。あの細い足ならばミニに近いスカートでもいいが、ひざ下くらいまでの長めのキュロットに、全体的に銀糸の刺繍でOV独自の魔法紋様を入れるのもいいかも。キュロットもブラウスと同じ色合いで、パッと見巻きスカートのようにしてもに合うかもしれない。
ほぼすべてをレースとオーガンジーで作ったヴェールとローブなんかもいいんじゃないか。超極細の金糸で縁取りにレース刺繍も入れれば華やかさ倍増だし、下手な神官系スキル保持者よりもよっぽど神々しい存在が生まれるかもしれない。
脳裏に湯水のように湧いてくるデザイン、デザイン、デザイン。俺にとっての最高のモデルになりえそうなその美の体現ともいわんばかりの存在に声をかけようとした瞬間。
「えっ、あ、ちょっと待って!」
美しいその人は、明らかに警戒の色を隠さない視線をこちらに向けたのち、想像よりも素早く俺の横をすり抜けて森の中へと走って行ってしまった。回避術や行動速度上昇系のスキルでも獲得しているのかと言わんばかりの身のこなしに、あわててあとを追いかけたが、隠密系のスキルも持っていそうなくらいにあの目立つ輝く桜色は、薄暗い森の中に溶け消えてしまった。
「……うっそだろ……」
初期服のプレイヤーに撒かれたっていうのもたいがいショックだが、それ以上にあの美しいものに警戒されてしまったことに奥歯をかみしめる。警戒されてしまっては、あのダサい初期服からこちらのデザインした服に着せ替えることができないじゃないか。
あんな美しいものがダサダサのダサな初期服を身にまとっているということが許せなくて許せなくて、あまり開かないメニュー欄からフレンドリストを呼び出し、このゲームに俺を連れてきた従兄に鬼コールを入れる。
最前線攻略組として横幅に知り合いが多い従兄なら、あの美しいモノを知っているか、もしくは美しいモノの居場所を調べられるかもしれない。鬼コールで従兄を呼び出している間に、あの美しいモノは何て名前なんだろう、とか、何と呼べばあの美しさに釣り合う呼び名になるだろうと頭の中でぐるぐる思考が回転する。
数百回のコールののち、向こうが出たのを確認して俺は思わず叫んだ。
「スズにぃ、俺の女神を探して!!」
『……お前何言ってんの? 頭大丈夫?』




