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OTRA VIDA  作者: 杜松沼 有瀬


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4.変わることと考えること 10

 見たことのない人間だ。心中で警戒心がむくむくと湧いてきて、人間の行動をつぶさに観察する。自分よりも少し身長が高い男だ。どこか無防備な様子で、こちらをぽかんと見ているその様は、隙だらけだ。

 カササギさんほどではないけれど、おそらくなめし革で作られたと思われる胸当てのようなものをつけている。片手には小ぶりの斧を持っているが、その手は構えられるのではなくだらりと下がっている。斧は斧でも、随分と小ぶりで、あれで木を伐採できるのかは不思議に感じる。

 男は、相変わらずこちらを目を丸くしながら眺めるばかりで、行動に起こす気配はない。ヘイリグトゥムの採取はできてないけど、とりあえず絡まれる前にこの場から退くべきかな。ただ、この男がいる方向が自分もやってきた、街の方向だ。一応、それなりの方向感覚は持っている自覚はある。道のない森の中に分け入って遭難する危険性もあるけど、この男に絡まれるよりはマシだろう。

 そう決めて、男が斧を握っている右手とは逆の方向、男の左手側に身をひるがえして、木々の隙間へと走り出す。

「え、あ、待って!」

 背後からテノールの声が投げられたが、無視して森の中を走る。男の視線を切るように、茂った葉にもぐりこみ、木の陰で方向を変え、大回りに回り込んで、木の根元に座り込み、数分息をひそめる。

 走り始めた初めのころはこちらを追いかけてくるような声や、視界を晴らすために斧で枝を払っているような音が聞こえてきたが、息をひそめている間にそれらしい音や気配は感じられなくなった。そこからさらに数分その場で待機してから、身を低くしつつゆっくりと森の外の方向へ向かって進み始める。

 別にあの男にすでに何かされたわけではないけど、今までの経験上、こちらの顔を見て動きを止めた男は面倒くさい奴がほとんどだから、三十六計逃げるに如かず。今は外出制限がかかってるから、施設から出られないけど、リハビリの経過によっては外出許可が出る可能性もあって、その時も主治医からは「とりあえず面倒になりそうって思ったら逃げなね」と言われていったこともあって、ゲーム内と現実という違いはあれど、人間の性質が変わるわけではないのだから、早々に退く判断をしたわけだ。

 低木の葉っぱをむしったり、ヘイリグトゥムじゃないけど蔓っぽいものを引きちぎったり、木の根元に生えてるキノコを引っこ抜いたり、足元に落ちてる小さい木の実を拾い集めたりして、さらに時間を使いながら、森の外近くまでやってきてから、周囲をじっくりと確認する。

 周辺に、ひとまず人影はない。もうあの男はいなくなったみたい、かな。それにほっとしてから、そっと森から足を踏み出す。採取予定の蔓は採取できなかったから、とりあえずいつもの草だけはむしってアメリーさんのところで採取用の刃物を用意してもらおう。

 そう決めて、足元に茂っている草をいくつかむしってウェストポーチに詰め込む。今までにむしったことがある草もあれば、見たことがないような気がする草もあるから、ただの草でもいろんな種類があるんだなと思いながら、まっすぐ街へと進路をとる。

 いつもの草を見つけてはしゃがんでむしって、めぼしい草をむしろ終わったら立ち上がって少し進んではしゃがんでめぼしい草をむしる。それを何度も繰り返していたら、森からそこまで距離が開いていないのに、ウェストポーチがぱんぱんになってしまった。ついついむしり始めるとむしれるだけむしっちゃうよね。

 ウェストポーチの重さで若干バランスを崩しながら、街の方に向かって急ぐ。できればこのログイン時間中にヘイリグトゥムの蔓が欲しいから、早くアメリーさんのところに行こう。蔓の採取ができるくらいの刃物って、ウェストポーチに入れられるくらいの大きさので大丈夫なのかな。あと、お値段によってはしばらく保留になるかもしれないけど。

 採取のために刃物が必要になって気づいたけれど、戦わない方法を聞いてそのままやってきたから、自分は本当にゲームを始めたときと全く同じ格好で、護身用のものも何も持っていなかった。初日に絡んできた男程度なら、素手の状態でも何とかなるかもしれないけど、カササギさんのように武装していたら、たぶん素手ではなんともできないかもしれないなと思い返す。

 主治医という知人だったから何もなかったけど、この世界でカササギさんの身体は自分よりもよっぽど頑強だっただろうことは、武装以外の部分も含めて感じた。本当に、いったいいつ遊んでるのかわからないけど、あの人はゲームの中では自分よりよほど強いのだ。カササギさんがこっちを思うとおりにしようと思えば、たぶん、できると思う。それだけの強さをあの人は持っていた。まあ、そういうタイプの人ではないけど。

 そこまで考えて、護身用に何か用意すべきだろうか、と考える。物理的に戦うのであれば、現実で習得している格闘技はそれなりに使えると思う。とはいえ、素手はリーチも短く、実際に防衛するにしても、相手が長柄の武器を持ち出して来たら不利になる。また、万が一刃物に相対することになった場合、素手でそれを防ぐのも難しい。

 戦いたいとは相変わらず思わない。でも、先ほどの男のように、思わぬところで他人に遭遇することはあるだろうし、あの男と違って、こちらに対して手にした得物を振りかざしてこないとも限らない。

 あまり気乗りはしないけど、少しはそういう方面のことも考えないといけないかもしれない。

「……どこで手に入れるのがいいのかな」

 HELPで検索すれば出てくるだろうか。それともアメリーさんに聞いてみるか。……カササギさんもそれなりに知ってそうだけど、あの人はちょっとこちらの状況に分不相応なものを進めてきそうな気がする。主治医としては本当にすごい人なんだけど、あの人、たまに自分が使ってるものと同じレベルの品質のものを持ってくることがあるから、ちょっと困ることがある。あの人が主治医になってそれほど経ってない頃に、筆談をするためにと用意された万年筆がある。すごく書きやすいし、持ちやすくて筆談はしやすかったが、あとから万年筆の値段を聞いて心臓が止まる思いだった。まさかのオーダーメイドで百万円近くするものをぽいっと渡されてあげるよっていわれるこっちの身にもなってほしかった。

 比較的ものに困ったことはなかったけど、いまだにあの万年筆は値段を聞いてから破損が怖くて使いづらくなってしまった。それ以後も、あの人から渡されたもので十万円単位の品がいくつかある。廉価品で十分だと伝えたこともあるが、「廉価品より使いやすいからいいじゃない」といわれて虚無感に襲われ、助手の一人に「あの人ああいう人で、返品も受け付けてもらえないのでもらっておいてください」と同情のにじむ目でいわれたのは一度だけじゃなかった。

 カササギさんを頼るのは本当に最後にしよう。とりあえず、アメリーさんに相談してみよう。同じお店の事なら、アメリーさんも知ってそうだ。そう考えて、見えてきた東の門に向かって足を速めた。

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