2.始まりの街 2
大通りに出るまでは、人気は本当に少ない。だから、あまり警戒せず歩いていても気にならなかったけど、大通りに出たとたん、それまでどこに人がいたのかって思うくらいに大量の人間がいた。
目に見えない透明な視線という矢が刺さってくる。気持ち悪い。若干の吐き気と怖気を感じながら、地図のマーカー通りに進む。大通りは地図で見るよりも随分広いように感じたけど、まっすぐ進めばそこまで広くは感じなかった。
突き刺さる透明の視線の矢をすべて無視して、マーカー通りに路地に入る。細い路地を少し進めば、大通りとは雰囲気が随分変わるなぁと思う。路地に入ったら背中にはぶすぶす刺さってくるけど人自体は全然いなくなった。
……いや、ほんとに人気がないんだけど、こんなところに露天街? ってのがほんとにあるのかな。そんな雰囲気見えないんだけど……。
若干不安になるけど、ヘルプにまで記載されてるんなら嘘じゃないはずだし、大丈夫だよね……?
きょろきょろとしながら進んでいけば、四つほど四辻を通りすぎたら、大通りほどじゃないけど少し広い通りが見えてきた。
そっと路地から抜け出して通りをまっすぐ見ると、そこは大通りよりもよほど人がいっぱいいた。
活気にあふれたそこは、びっくりするくらいに喧騒にあふれてる。人がギリギリすれ違えるだけの幅だけが道としてあけられていて、それ以外は人とその前に敷かれた敷布が隙間なく広い通りに何列もずっと続いていて、こんなに人間がいるのかと思わせた。
「……すご……」
「もしかして露天街は初めて?」
ちょっとウィンドウショッピングする程度の感覚でやってきたけど、とてもじゃないがそんな感じじゃない雰囲気にどうしたもんかと考えてると、そんな声ともにぐいっと腕を引っ張られた。
ぎょっとして腕を引かれたほうを見ると、こちらよりも頭一つは背が高い、屈強そうな男が無遠慮に人の腕をつかんでいる。手の大きさも多分こちらよりも大きい気がする。というか、なんだこいつ。
「離せ」
少しひねりながら男に引っ張られた腕を引く。それと同時に反射で男の脛に踵を叩き込んだ。男は「いてぇっ」と小さく悲鳴を上げてこちらの腕を話したから、男の腕が届かない位置まで退る。
周囲の喧騒は一気に耳に入らなくなる。意識が切り替わり、こちらに危害を加えようとしてきた男の挙動にだけ集中する。いつもの感覚よりも振りぬいた足は軽かったから、そこまでダメージは与えられていないはずだ。
格闘技を修めているものは、試合以外でその技術を振るってはならない。これは護身術以外の他者を傷つけられる技術すべてで最初に教えられる、武道の志だ。しかしそれはそれとして、己に降りかかる火の粉を最小限でおさめるために、護身術はある。
幼いころから、変質者もならず者も、比較的小柄で格闘技で筋トレをしても見た目に見える筋肉がつかないこちらへ危害の手を伸ばすものは多くいた。よくわからないけど、目立つのだとクラスメイトに言われたこともあるから、そういうものなのかと釈然としないながらも対応をしたことも少なくない。
「なにしやがる!」
「それはこっちのセリフ。知り合いでもない人間の腕をいきなりつかんで引っ張るとか、頭おかしいんじゃない」
こちらが与えた攻撃から回復したのか、怒りもあらわに怒鳴りつけてくる男を見上げ、ハッと吐き捨てる。こういう輩はこっちを弱者として見下している節があると十分知っている。自分が強いと思い込み、他人を踏みにじってもいいと思ってる。だからこちらも好きにできると思ってる。
怒鳴り声が聞こえたからか、周囲の視線が集まるのを感じる。その視線は好奇のものだが、すぐに憤っている男とこちらを見比べて男に対する不審な視線に変わる。
「初心者に露天について説明してやろうとしたのに、攻撃してきやがって!」
「赤の他人に背後から言葉を投げつけて許可も得ずに手をつかんで引っ張るような奴、護身に攻撃されても仕方ないだろ」
「なんだと……っ」
こちらの言い分に男の顔が大きくゆがむ。周りはこちらの言い分と男の怒り方からこちらの言い分を信じたらしく男を取り押さえるように動く人が何人もいる。ほかにも、どこかに向かって連絡するような仕草をするものもいる。
そういえば、街中で暴れた場合どうなるんだろう。HELPでその辺も見ておけばよかったかなと思いながら、いつでも殴りあえるように男から目を離さない。
こちらの視線を受けて、男はなぜかすくんだように一歩退る。……? 特に何もしてないが、こちらの背後に何かあるのか……?
少しだけ自分の背後が気になったけれど、男に隙を見せないように見つめ続けていると、突然男の頭上から淡く発光した網が降ってきた。サイズからして巻き込まれないと判断して、状況を見続ける。
「うわ、なんだよこれ!!! くそ、なにしやがんだ!!」
網の中でもがく男。その男は、真っ白な顔も見えない全身甲冑で包まれた人? が中空から現れて、何か操作するような仕草をした直後、小さな破片に変わって消えていった。……なんか、不思議な感じに消えたんだけど、なんだ今の。
白い甲冑の人がこちらに一礼して消えるのをぼんやりと見送って、何だったんだ? とぎゅっと握りしめた拳を開く。やりあう覚悟を決めた瞬間に、間に入られた感じで拍子抜けしてしまった。
目だけで周囲を見るけど、少しざわついていたけどこちらに注目しているというより、店を見ている感じがするからまあいいかと放置する。ちらちらと「GMでてきたからあいつ垢BANだな」とか「GMコール間に合ってよかったね」とか聞こえるから、後でHELP見よう。
ここにやってきたのは、露天を眺めるためだ。とりあえず見に行ってみよう。