4.変わることと考えること 5
なんともいえないもやもやを抱えたまま戻ってきた拠点の工房を見て、とりあえず工房の中を何とかしようと思い直して、レイアウトを考える。
この工房は、少し奥行きがある長方形の形をしていて、入り口は短い辺の右端にある。そこから反対の短い辺の右端に作業テーブルが設置されていて、その作業テーブルと入り口までの長い辺の部分に二つ、大きな保管用の棚が設置されていて、その棚の隙間に小さな換気用の窓がある。入り口から左側には大き目の炉があり、その周辺には何の機材もないから、何のための炉かはわからないけど。その炉がある左側の長い辺部分には反対の部屋の角まで何の家具もない。壁には何かをひっかけられるようなフックがいくつもついいてるから、何かあったのかもしれないけど。
「利便性と保管を考えると、作業テーブルの近くの角の所にロープを張るのがいいかな」
ロープに素材をぶら下げるときは、基本的に作業テーブルで作業をした直後のはずだから、作業テーブルから手が伸ばせる範囲がいい。それから、あまりにも低すぎる位置に張ると、作業の邪魔になる可能性があるから、高さも考えないとなぁ。
一度作業テーブルに備え付けになっていた椅子に腰を下ろして手を伸ばしてみて……ちょっとだけむなしくなった。それなりに運動してたはずの現実の体とほとんど変わらない体格のゲーム内の体も、筋肉の気配がないし、身長も年齢平均より低めで、それに見合った腕もぶっちゃけると短い。現実と同じ感覚で動かせるからそれでいいんだろうけど、やっぱり育たなかった体格を実感するとむなしくはなる。
主治医からも「成長は絶望的じゃない?」と笑われたのを思い出して、ほんのりとこみあげるものがあったけど、それはよくわからなかった。あとから考えてみようかなと思ってから、どこまでロープを張るかを考える。
ロープ一本じゃ多分足りない。二、三本は張って。後日送られてくる乾燥用ラックはどうしよう。炉に近い方にはできるだけ置きたくないし、スペースの空いてる作業テーブルの横に置くのがいいかな。こういう時、どういうレイアウトにするのがいいのかよくわからないや。
一度設置してもやり直しはできるか、と思い直して、とりあえず壁を眺めて、いくつも設置されてるフックとフックを繋ぐようにロープを張る。長さの違うロープを、高さで斜めになってしまわないように、ピンとというほどじゃないけど、たるみ切っても仕舞わないようにじっくりと眺めながら確認する。それを繰り返して、最終的にいい感じになったなと思う頃には、作業テーブルの上を通っているものも含めて四本のロープがきれいにかかった。
張ったロープに、とりあえず適当にクリップをひっかけていく。一応、作業テーブルの上を通っているロープに多めにひっかけて、実際に使って使い勝手を確かめることにする。それから、小分け用の小瓶のいくつかは作業テーブルの上に置き、残りは保管棚に放り込む。ノートと万年筆を作業テーブルの端において、先ほど渡された三冊の本のうち、図案集を開こうとして、連続ログイン制限のアラームがなった。
思ったより時間を使ってたんだなぁと思いながらログアウト操作をする。現実に戻ってきていつものように体を起こそうと思って、まだ体が動かないんだなぁと、いつの間にか横たわっている状態でぼんやりと思う。最低限呼吸だけはできてるから死なないけど、体を動かせないのはめんどくさいなぁと思ったら、誰から近づいてくる足音が聞こえた。
「戻ってきたかい? 戻ってきてるなら体を起こして、VRHMDを自分で外してね」
足音の主は主治医だったらしい。自分の体が指示通り状態を起こして、ゆっくりとVRHMDを外したら、主治医がニコニコしながらこちらを見ていた。
「どうだい? ちゃんとゲームできたかい? 聞かせてよ」
「ふつうにゲームの中では動けましたよ。なんかやばいもの作っちゃった気がしますけど」
「え、いったい何を作ったんだい……」
主治医の問いかけにどう答えるのが一番いいのか考えるけど、うまくまとまらない。そもそも、アメリーさんの言ってた品質の壁って主治医に通じるんだろうか、と考えると、なんかうまく通じない気がするなぁとも思う。たぶん、主治医は何かを作るタイプじゃない気がするし。
こちらが回答に困っているのに気づいたのか、主治医は「ま、いっか」とつぶやいてから、不思議なことを提案してきた。
「そうだ。そろそろ調整もしたいからね。ゲーム内でフレンド登録しようか」




