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OTRA VIDA  作者: 杜松沼 有瀬


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21/55

3.5 とある露天街の一角にて。

「あ~、あの子もうこないのかなぁ」

 慣れた調子で広げた露天用の敷物をまたいで内側に入ってきたレリスは、周囲をきょろきょろ見ていたかと思うと、盛大なため息をついた。

「ちょっとぉ。辛気臭く見えるからため息やめてよ」

 レリスに文句を言うのは、同じクランに所属しており、レリスと同じ時間帯に露天の店番当番を受け持っているカーニャだ。いつもカーニャはレリスよりも少しだけ早く来て、前の店番から露店の引継ぎをしている。

 レリスも遅刻しているわけではないが、ギリギリにログインすることも多いから、いつも引継ぎをしてくれてるのはカーニャのことが多いのを最近注意されているが、カーニャはどうしてもその時間帯にログインを始めなきゃ連続ログイン制限まで遊べないこともあって、本人の事情で早めにログインしている関係から、気にしてないらしい。

 レリスとカーニャは同じ時期に生産活動をメインにしたクランに所属し、所属経緯やレベル帯も似ていたことから大体同じシフトで露天当番を任されている関係から、それなりに来やすい関係になっている。

 どちらかといえば緩いレリスを諫めるカーニャの姿は、周囲の露天たちからも常連からも見慣れた光景だ。

「でもさ、あの子あれ以来来ないじゃん?」

「……あの子って?」

「ほら、掲示板でも噂になってた美少女ちゃん。美少年だったらしいけど」

 レリスにそこまで説明されて、カーニャの脳裏に現実で数日前の事を思い出す。

 あの日も、レリスとカーニャの二人で店番をしていた時に、露天街の出入り口近くが騒がしくなったことには気づいていた。またもめごとでもあったのかな、と二人で話し合っていた時に、掲示板でクソ直結野郎と呼ばれていたセクハラプレイヤーが永久垢BANになったという歓声が聞こえて、レリスとカーニャは二人で抱き合って喜びあったものだ。

 元々レリスもカーニャもOtra Vidaのアバターはそれなりにかわいらしい顔立ちのアバターになっている。そして、二人そろってこのセクハラプレイヤーに強引に連れ出されそうになったところを、始まりの街モーガンの自治組織である戦闘系クラン、万華鏡の光に助けられ、二人とも生産系スキルの取得を考えていたこともあって、今のクランを紹介してもらった。

 レリスはそこまででもなかったが、カーニャはセクハラプレイヤーにいきなりつかまれたことが恐ろしくて、しばらくは近接系の男性プレイヤーが近くにいると体がこわばって大変だったものだ。

 そのセクハラプレイヤーが永久垢BANになった後も露天街のざわつきはなかなか収まらず、何があるのかと思っていれば、その人が露天の前を通りがかった。

 すっとまっすぐに伸びた背筋。身長は低くはないけどすごい高いわけではない。でも、バランスの取れた顔立ちだけど零れ落ちそうな大きくてきらきらと色合いが変わっていく逆さ五芒星の瞳孔の眼に、艶やかに光るサクラクリスタルという名前のバラのような色の唇。それとおそろいなのか、髪の毛も綺麗な桜色で、そこにきらきらとパールの光が輝いてる。前髪は眉上で切りそろえられていて、もみあげ部分は若干内向きにカールした片上くらいの長さ。前髪と後ろ髪の分け目なのか、頭のてっぺんから耳の後ろ辺りに続くヘアバンドのようになった編み込みに、腰くらいまで伸びた髪の毛の先端が緩く結わえられている。同じ次元にいることが不思議に感じるくらいの、美の暴力のような顔立ちに、初期装備のやや野暮ったい服装がミスマッチに見えて、それもわざとそうしているファッションのようにも見えた。

 呼吸が止まるのではないかと思うくらいの驚きと、目を離せない美少女がきれいな姿勢で歩いている。人込みの中を困る様子もなくすたすたと歩きながら、その逆さ五芒星の万華鏡色の眼(カレイド・アイズ)がちらちらと周囲の露天を見ているようだった。

 そして、美少女の視線がレリスとカーニャの店番をしている露天に向いて、ほんの少しだけ歩調が緩んで、その目が何かをとらえてかすかに細められた。美少女は足を止めることなく進んでいったが、その目は間違いなくレリスとカーニャがいる露天の何かを見ていた。

 何を見ていたんだろうと二人は露天に現在並べているものを見て、そこにならぶきらきらと光を反射するレリスやクラン内の細工師、彫金師、アクセサリー職人らが丹精込めて作成したきらびやかなアクセサリーの数々が並んでいた。

 そんなことを思い出したが、今日並んでいる商品はアクセサリー関連ではなくクランの薬剤師たちが作ったポーション類だ。現実だとありえないような色味の薬品類は結構な人気で、さっきからそこそこの頻度で売れている。店番はけして暇ではないが、忙しすぎて雑談できないほどではない。

 確かに、あんな美少女(少年らしいけど)がやってきたなら周辺がざわつくから、絶対にわかるはず。

「確かに来てないと思うな。倉茶でも話題になってないし」

 言ってはあれだが、二人の所属クランはほぼ24時間の勢いで露天を引継ぎながら開き続けていることもあり、情報収集に関してもかなりのものを誇っている。特に倉茶……クランチャットではそういう目撃情報はそこそこの頻度で流れているし、ギルドへの貢献度のおかげでチャットログの保管量などもほかの追随を許さない規模なので、もうクランチャットが情報の宝庫ともいえるのだが。

 そんなクランチャットで美少女目撃情報が流れたことはない。若干忘れっぽいレリスはともかく、しっかりとクランチャットのチャットログまで目を通すタイプのカーニャも見かけたことがないので、事実その情報が流れていない証拠だった。

「あんな美少女にあたしの作ったアクセ付けてもらえたらな~」

 レリスのボヤキに、カーニャは最近のレリスの作品を思い出してなるほど、と思った。薄桃色の髪のクランメンバーに試着を頼んでまでその色に映える、華美になりすぎないけれど確かに存在を主張する銀細工は、あの美少女(少年)につけてもらうことを想定してのデザインだった。

「来てくれた時に、丁度アクセサリーの日だといいね」

「それな~~~」

 ぐったりとした様子のレリスを見ながら、カーニャは友人の努力が実ればいいなと笑った。

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