3.アクセサリーを作ってみる 9
ログアウトしてから、相変わらず人の横に座ってた主治医に図書館なんかのことを確認すれば、主治医は少し考えたうえで二つ目の街には図書館があることを教えてくれた。つまり、今いる街にはないってことかな。
比較的に読書に忌避感を持っていないし、知識を得るためには重要な施設だと思うから図書館があるなら一度行っておきたいんだけど、なんで一番最初の街に図書館がないんだろう。ゲーマーって、一番最初に取扱説明書とか読まないのかな。初心者にこそ図書館って必要そうだけど。
主治医は想像に違わず笑い転げた。本当に床にひっくり返って笑うものだから、声を聞きつけてやってきた助手の人にあきれ顔で「何やってるんですか?」と冷たい目で見られてた。さすがに視線が痛かったのか、いつも笑い転げ始めたら数分は笑い続けてる主治医がすぐにすんっとなったので、この助手さん、毎度主治医が笑い転げ始めたら来てくれないかな。無理か。
「うーん、無理じゃないかな」
笑いが収まった主治医に、図書館のある街に行くにはどうすればいいか尋ねた結果の回答がこれだ。無理とは?
「一番最初の街であるモーガンと、次の街のタガの間は魔物の生息地なんだよ。戦闘をしないで通り抜けるのは宝くじが当たる確率くらいかな。戦闘を避けるなら、無理ってこと」
なるほど。主治医には戦わない方向で動いてることはちゃんと伝えてあったから、そういう意味で無理ということだったみたいだ。こっちが戦うことを厭わないなら何とかなるってことだけど、今のところそれはしたくないしなぁ。
「まあ、どうしてもっていうことなら護衛してあげてもいいよ。声をかけてくれればね」
わざと確認してなかったんだけど、やっぱり主治医もやってるんだ。オートラヴィーダ。忙しい人なのによくやるなぁと呆れてしまうけど、最初は施設にいる人のリハビリで使えるかの確認のためだったんだろうなぁ。目的と行動が入れ替わってそうだけど。
少しだけ考えてから、ゲームの中で主治医とわざわざ会う必要はないなと思って首を横に振る。そもそも、自分でやらないと決めてるだけで、たぶん、やろうと思えば戦闘はそれなりにできそうな気はする。
初日に絡まれたあの男を思い出す。あれはたぶん最初の街から次の街には行ってると思う。少なくとも、始めたばかりの初心者には見えなかった。そんな男の反応であれなら、自分なら普通に対応できるという自負はある。
でも、今現在は戦闘してまで次の街に行って本を読みたいとは思ってない。確かに、知識は欲しいけど、それを知らなくてもできることはまだあるんだから、それを全部やりつくしてからで十分だ。二兎追うものは、って奴だよね。今手元にないものを強請るより、できることからやっていくべきだ。
主治医はこちらの考えを聞いて、相変わらず笑って「キミらしいねぇ」と言っていた。「僕らしい」の意味はよくわからないけど、まあいいや。
そんな感じのやり取りをしてから二度目のログイン。まだ背筋がぞわぞわしてるけど、だいぶ慣れてきた。そうしてログアウトしたのと同じ工房内にいることを確認して、作業テーブルの上を見る。
ログアウトする前に作業したとおりに素材が油紙の上に大量に並んでいる。うん、とりあえずエルガー草の方は問題ないから、エルガー草をささっとまとめる。ちゃんと乾燥したら、エルガー草をまとめても失敗扱いにはならないから、こんな風にまとめられる。
で、先にウェアツヴァイフル草の染色処理だ。ミットファブンフェン液を出して、うっかり放置してたから乾燥してたウェアツヴァイフル草の花を集めて、小さなすり鉢でゴリゴリとすり潰す。ほのかに黄色い粉になった花を、ミットファブンフェン液の中に入れて、ミットファブンフェン液をそっと撹拌用のガラス棒でかき混ぜる。
透明だったミットファブンフェン液がかすかに黄色くなったけど、これで本当に染まるんだろうか……? 花はミットファブンフェン液100㎖に対して10gと入門書に記載があった通りに計量して入れたけど……。あまりに薄いから、間違ってるのかなと不安になる。
とりあえず、脱色したウェアツヴァイフル草をミットファブンフェン液に漬け込んで、しばらく様子を見る。その間に、染色しない方のウェアツヴァイフル草を使ってエルガー草と「初心者のマクラメアミュレット」を結び始める。
一つ作っては染色状況を確認して、一つ作っては染色状況を確認して、ってやってるけど、全然染まってる気がしない。好みの色になるまで漬け込むって書いてたけど、全然染まってる感じがしないのはどうすればいいんだろう。
そうやって、五つほど作ったところで、作った「初心者のマクラメアミュレット」がなんか変わった気がして、「初心者のマクラメアミュレット」に鑑定をかけてみる。すると、一番最後に作ったものが少し変わっていた。
初心者のマクラメアミュレット
性質:風/雷属性 品質:B 売価:45B
アクセサリー職人の見習いが作成したマクラメアミュレット。蝋引き紐ではなく植物で作成されているため、処理によっては劣化を興す。
エルガー草の芯材に、ウェアツヴァイフル草の茎を蔓として基本である平結びで結ばれたマクラメ。その素材の通り風属性と雷属性に耐性を持つ。
おぉ、品質が上がってる。あと、Cの時は「少々の耐性」って書いてあったのが、「少々」が消えてるんだけど、この差がよくわからない。
でも、これもうちょっと頑張って作ったら、品質もう一個上がるんじゃないかな。一番上の品質が何になるのか少しだけ気になるけど、とりあえずこの後は連続ログイン制限ギリギリまで「初心者のマクラメアミュレット」を作り続ける。
前回作ったときよりも制作時間が短縮されてるのか、最終的に15本の「初心者のマクラメアミュレット」ができて、15本目に作ったやつの品質がAになっていた。
それくらい時間がたったのに、ミットファブンフェン液に漬けたウェアツヴァイフル草は全然染まってるように見えなくて、漬けすぎはないって聞いたから、とりあえず明日まで漬けっぱなしにしておこう。それで色を見て、アメリーさんに聞いてみよう。
ウェストポーチに作った「初心者のマクラメアミュレット」を全部と、むしってきた薬草や、鑑定結果の文章に「アクセサリー職人が~」の文言がなかったいくつかの草を詰め込んで、明日ログインしたときにすぐアメリーさんのところに行けるように準備をしてからログアウトする。
VRHMDを外して、出された味気ない食事を飲み下して、食後に接種することを決められた錠剤をぬるい水で飲み下して。引き出しにしまい込んだスマホを出して、マクラメの検索をする。
平結び以外の結び方を調べて、染色したウェアツヴァイフル草は平結び以外の結び方で作ってみようかな。と思いながら、ベッドの上に横になって、目を閉じた。




