3.アクセサリーを作ってみる 8
午前のスケジュールを終わらせて、出された味気ない食事を飲み下して、食後に接種することを決められた錠剤をぬるい水で飲み下す。それからなんだかここ数日で触りなれたVRHMDを持ち上げる。それなりに大きさがあれど長時間かぶっていても身体に異常がない程度には軽量化されているこれは、主治医から渡されたものだけど、いいお値段がするんじゃないだろうか。
……個人資産なんて持ってないんだけど、これ、この施設を出ることになったときに請求されるんだろうか……。それが若干怖いなと思いながら、VRHMDをかぶってログインする。
背筋がぞわぞわするのをこらえて目を開ければ、記憶にある通り、拠点の中の工房の中にいた。記憶の中と変化がないのを確認してから、ウェストポーチの中に何も入っていないことを確かめて、拠点を出る。地図を出して、東側の門までのルートを確認してから、早足で門に向かった。
門の前にいた兵士に軽く頭を下げてから門を通り抜ける。相変わらず一面に広がる草原にすごいなぁと思いながら、門から少し離れたところでしゃがみこむ。じっと足元の緑を見つめれば、前回乱獲した素材は形からすぐに分かった。ほかにも見たことのない形の種類もあるから、とりあえずむしれそうなのは全部むしっていこう。
そこからはひたすらむしる。むしってむしって、足元でむしれるのがなくなったら少し移動して、またむしる。……やっぱりむしるの楽しいかもしれない。そうやってひたすらむしってむしって、気づいたら四回くらい場所を移動してひたすらむしってたぶんでウェストポーチがはち切れそうなくらいにパンパンだった。
……何となくむしった数を頭の中で数えたけど、「初心者のマクラメアミュレット」を作るなら前回と同じくらいは作れそうだけど、昨日調べたときに見たようなマクラメのアクセサリーを作るなら全然足りない。まだ時間はあるし、一度拠点に戻って中身を全部出して、もう一回むしりに来るべきか。もしくは、ウェストポーチよりも大きい入れ物を探すべきか。
とりあえずこれ以上詰め込むのは無理ってところまでぎゅうぎゅうに詰め込んで、一度拠点に早足で戻る。拠点が比較的東門に近くてよかったな。駆け込んだ拠点の工房の作業テーブルの上にウェストポーチの中身を全部ひっくり返して、もう一度東門から外に出て、さっきしゃがみこんだところよりももうちょっと門から離れた場所にいく。
さっきむしったよりもなんか違う花とか草があるのを見て、もしかしてここだけで結構いろいろな素材がそろうんじゃなかろうかと思いながら、むしってむしって、とにかくむしる。さっきよりもちょっと花が多いような気がして、花をつぶさないようにだけ気を配りながらウェストポーチギチギチに詰め込んでいく。花がつぶれないようにしたら、さっきよりもちょっと量が入らなかったけど、つぶしたらダメなのもあるかもしれないから、とりあえず入れられるだけは詰め込んだ。
ちらっと連続ログイン制限を確認すれば、まだもうちょっと時間に余裕があるから、もう一度拠点に戻って、先に集めた素材と今集めた素材を全部広げて、同じ植物同士で固める。見たことがなかった植物はとりあえずおいといて、前にも集めたことがある植物を戸棚のものとひとまとめにして、見たことなかった植物を戸棚にしまい込む。
前回よりたぶん数がありそうなエルガー草やウェアツヴァイフル草をまとめて、入門書を開いて染色に関して確認する。
「……んっと、脱色するのに、ファヴェルイレン液に浸して10分、液から上げて30分乾燥させる。で、乾燥させたら、染料をとかしたミットファブンフェン液に浸して……」
あれ、染色ってもしかして思ったより手順多い?
「ミットファブンフェン液に……んぇ、自分が出したい色になるまで浸して、色に満足したら完全に乾燥するまで待って、それからフレシェバーン液に漬け込む……。フレシェバーン液につけるのはなんでだ」
エルガー草はフレシェバーン液に漬けないと使えなかったけど、ウェアツヴァイフル草はフレシェバーン液に漬けなくても大丈夫じゃなかったか。入門書のページを行ったり来たりして見ていると、小さいコラムみたいなところに、染色についての注意事項が書いてあった。そこに、最後にフレシェバーン液に漬けることで染色した状態を長持ちさせられると記載されていて、なるほどなと思った。
「一応2ℓ買ってきたけど、これ、フレシェバーン液がすぐなくなるやつじゃない?」
エルガー草を使うならどうせ必要だよなと思って買っただけなんだけど、この雰囲気からしてフレシェバーン液はいろんなところで使いそうな気配を感じた。
そこで、一つ疑問がわいた。
「……「初心者のマクラメアミュレット」の時、ウェアツヴァイフル草はフレシェバーン液の処理が必要なかったのはなんでだろう」
「初心者のマクラメアミュレット」の時、フレシェバーン液で実際に処理を行ったのはエルガー草のみだ。ウェアツヴァイフル草は花を摘まんだら柔らかくなるように揉むだけでよかった。エルガー草とウェアツヴァイフル草のこの差はなんだろう。
入門書を読み返してもわからない。そんなことはどこにも書いていない。これについて知りたいときはどうすればいいんだろうなぁ。現実だったら図書館なりで資料を探せるんだけど、ゲームの中にも図書館ってあるんだろうか。でも、もう一つの人生なんて言うなら、図書館もあってもおかしくないのかな。
連続ログイン制限で一度ログアウトした後に、主治医に聞いてみようか。あの人、どうもこのゲームにやけに詳しいから、何か知ってるかもしれないし。
「それはともかく、一回脱色と染色をやってみよう」
制作キットの中にあったファヴェルイレン液に「初心者のマクラメアミュレット」一つ分くらいのウェアツヴァイフル草を浸し、同時並行でフレシェバーン液にエルガー草を入れていく。大部分のエルガー草を突っ込んだあたりでウェアツヴァイフル草を引きあげて、エルガー草と同じように油紙の上に載せて乾燥させながら、同じようにエルガー草も広げていく。
……乾燥させる場所のことを忘れてた。くっついたりすると失敗扱いになるから、ちゃんと一本一本乾かす必要があるんだよなぁ。
油紙に載せて広げるのはいいんだけど、場所をとるから、こう、百円均一で売ってるワイヤーの折り畳み式の台みたいなので、上に広げていけないかな……。
もしくは、あれかな。洗濯物を干す時みたいに、室内にロープを渡してそこに洗濯ばさみみたいなので吊るすのもありかもしれない。うーん、ゲームの中の洗濯物を干す時の事情が分かんないからできるのかわかんないな。
うーん、ゲーム内でお金がないのは事実なんだけど、ちょっとこの辺便利にするのにアメリーさんに聞いてみようかな。……主治医に聞いたら笑い転げそうだもんなぁ。
そんなことを考えながら、ある意味慣れが出始めたエルガー草をフレシェバーン液から引き上げて広げるのが終わったころに、ちょうど連続ログイン制限のアラームが鳴ったので、そのままログアウト操作をした。




