1.Otra Vida
本日からゆっくり書き始めます。
書き溜め分は毎日10時に、書き溜め分が終わったら不定期に投稿していきます。
背筋がそわっとするような、不思議な感覚があった。エレベーターで短時間に高層階に行くときとかに感じるような、浮遊感とでもいうべきものだろうか。あまり味わったことのない感覚になんだかなと思いながら、周囲をくるりと見回した。
現実感のないカラフルな空間は、なんとも言い難い感覚にさせられるが、逆に現実感がないのが少しだけ心を軽くしたような気がする。
「もう一つの人生、Otra Vidaへようこそ!」
唐突に響いた音声にびくっと反射的に体を震わせてから、音が聞こえた方向に目を向けると、小さな……たぶんウサギ? でいいのだろうか、が二足歩行しながらこちらに歩いてくるところだった。
「フルダイブ式VRMMOの他社製品などのご利用経験はございますか?」
女とも男ともつかない声で問いかけられ、一瞬挙動不審になりながら首をふる。
ゲームは教育に悪いと時代錯誤なクソ親どもは一切そういったものに触れさせてもらえなかった。だから、フルダイブ式どころかスマホのゲームですら触ったことはない。
「かしこまりました。フルダイブ式VRMMOは従来のコンピューターゲームよりも自由幅が大きく、現実で行動するのとほぼ変わらないのが特徴です。現実で歩こうとするのと同じ感覚で歩行が可能で、医療方面ではリハビリテーションに使用される程度の精度となっています」
なるほど。無意識のうちに周りを見回したりうなづいたりしてたが、確かに違和感なく、現実でそういう動作をした時の感覚と齟齬がない。医療方面の話についても、その話は聞いている。なにせ、ここにいるのは主治医からこのゲームを進められたからだ。
「それでは、まずはあなたのお名前を教えてください。ネットリテラシーの観念から、本名、それに類似する名前はお控えください」
本名はだめだけど本名に似た名前もダメなのか。
「個人情報保護の観点から、お願いいたします」
なるほど。何も考えてなかった場合はどうすればいいんだろうか。なにか関係ない単語はないか……。頭の中に病室で聞こえてきた甲高い虫の声が鳴り響く。ミンミンと泣きわめく蝉の声だ。……ミンミンはちょっと趣味じゃない。蝉というか虫には詳しくないが、なんか名前にできそうなものはないか。
ふっと、カナカナゼミという単語が頭をよぎる。ミンミンゼミよりよっぽどましに感じる。だけどそのままはアレだ。もうちょい人の名前っぽく……。
「……カナカ」
「かしこまりました。プレイヤーネームを「カナカ」さまで登録いたしました。以降、カナカさまとお呼びさせていただきます」
特に何も言われず、自分のこのゲームの中での名前はカナカで決まったようだ。……若干女っぽかったか。いや、もう一つの人生というのならばそれでいいかもしれない。
「続きまして、カナカさまのOtra Vida内でのアバターを作成いたします。個人情報保護のため、必ず現実での特徴にいくつか変更を加えていただく必要がございますのでご了承下さい」
そうウサギが言うと、目の前に鏡でよく見る自分の姿が映る。そういえば、身体スキャンとして自分の体の特徴をデータ化されていたのを思い出した。
「まず、体格の変更は希望されますか? 現実の体格と齟齬が大きくなればなるほど、Otra Vida内、現実ともに動きづらいなどのデメリットが起きる可能性がございます」
「じゃあいらない」
「続きまして、髪型はいかがしましょうか」
髪型。いわれて、目の前に立つ自分を見る。不格好にバリカンで剃られた坊主頭。嫌だと拒絶しようと、父親に押さえつけられてバリカンを押し当てられる不快感を思い出して喉に強い圧迫感を感じる。
「カナカさま、もしよろしければ、お顔立ちに似合いそうな髪型をセレクトいたしましょうか?」
息苦しさに呼吸に意識を割かれていると、回答が遅かったからか、ウサギがそんなことを提案してきた。ぎゅっと締め付けられた喉が少し緩む感覚。ウサギに頷いて見せると、ウサギは手元で何か操作する仕草を見せた。
棒立ちしている自分の頭部が緩く光り、その光がさらっと伸びていく。光が消えた後は、随分と様変わりしたなとびっくりした。前髪が眉にかかるくくらいで柔らかくカットされ、もみあげに当たる部分は少し長めになっている。頭の上から耳の後ろを通ってみつあみのようなものが髪飾りみたいなっており、前からだと正確には見えないが、後ろ髪は結構長そうだ。
「……これ、にあってるの?」
「はい、カナカさまは比較的かわいらしいお顔立ちをされていらっしゃいますので、よくお似合いですよ」
ふうん、そうなんだ。物心ついたころからバリカンをあてられた記憶しかないから、よくわかってない。ただ、この髪型はちょっとかわいいかもしれないなと思う。
「特徴の変更といたしまして、色彩の変更をお勧めしております。色のご指定はございますか?」
いわれて、今の自分はリアルのまんま黒髪黒目なのに気づく。ここまで髪型が違ったら知り合いでも気づかないような気はするが、どんな風に変更するのが正解なんだろうか。
「……よくわからない。似合う色ってある?」
「かしこまりました。カナカ様はおかわいらしいお顔立ちですので、このような色彩はいかがでしょうか」
パンッとウサギが手をたたくと、黒髪黒目だった自分が薄ピンクの髪と、なんか色がくるくると変わる目になる。……この目はなんだ? 瞳孔がなんかさかさまの星型になってるし……。
「とてもよくお似合いだと思います」
そっか。まあ、にあってるならいいか。よくわからないから、ウサギに設定してもらうままに色の設定をしてもらう。
……一応、生物学上は男なんだけど、どう見ても女にしか見えないんだけどありなのか。たぶんかわいいとは思うからそれはいいんだけど。
「ほかに変更のご希望はございますか?」
「よくわかんないからいいや」
「かしこまりました。続きまして、スキルの設定についてです。Otra Vidaはスキル制システムを採用しており、従来のゲームでいう「キャラクターレベル」は存在いたしません。スキルを習得し、スキルの熟練度を上げることでできることが増えていきます」
……ふうん??
従来のゲームがよくわからないからなんだけど、とりあえずスキルというものの熟練度? を上げるのが目的になる見たいかな。
「このスキルは、複数の取得方法がございます。一つはスキル獲得ポイントを使用することで可能です。一つはそのスキルに相当するであろう行動を行うことによって。一つは、Otra Vida内の住人から教授されて。大まかにこの三つの方法がございます」
よくわからないけど、とりあえずやっていけばわかるんだろうか。
「スキルによっては取得条件が定められているものもございますので、頑張って探してみてください」
探してみてといわれても、探し方がよくわからないんだけど……。
「カナカさまはOtra Vidaで何をなさりたいか決まってらっしゃいますか?」
「決まってない」
「かしこまりました。この場でされたいことを決めていただき、初期のスキルを設定していただくことも可能ですが、Otra Vida内に向かわれてから決めることも可能です」
ふうん。じゃあそれでいいかも。
「中に行ってから考えるよ」
「かしこまりました。現時点でなにかお困りの点、疑問点はございますか?」
「ん、わかんなくなった時は取説とかある?」
「はい、ございます。メニューを開いていただき、メニュー内に「HELP」の項目がございますのでそちらをご覧ください。Q&Aと、カスタマーサポーターへの問い合わせの両方がございます」
「ん、わかった」
まあ、取説があればなんとかなるだろう。そうして、僕はOtra Vidaを開始した。