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第9話 転職は嫌です

 王都に行くことになったオレは、騎士に乗せられた馬車の中で意気消沈していた……。

 さようなら、オレの異世界転生スローライフ……。

 これは原作の展開を変えてしまった罰なのだろうか。オレの犠牲と引き換えに村は守れたし、サラにも会えたし、これで思い残すことは何もない……。


「グラン、大丈夫か」


 さっきからずっと沈んでいるオレを心配してくれたのか、サラが声をかけてくれた。


「大丈夫。これでもう思い残すことはないよ……」

「さっきから何をそんなに落ち込んでいるんだ。お前は、王都で指名手配されていた盗賊をこらしめたんだ。これからどうなるかはわからないが、少なくとも悪いようにはならないはずだ」

「だけど、こんな爺さんが盗賊を倒したって言っても、誰も信じてくれないだろ?」


 ここで変身を解くとさらにややこしいことになりそうなので、今のオレは老人の姿のままでいる。

 これからオレは王都で厳しい尋問を受けた末に、異世界転生者ということがバレて村から追放されてしまうんだ……。

 こんなことなら、サラともっとイチャイチャしておけばよかったなぁ。


「安心しろ。もし雲行きが怪しくなったら、その時は私が助太刀に入る」


 豊かな胸の膨らみに手を添えて、サラがきっぱりと宣言する。


「サラ……」


 頼もしいサラに少しだけ気分が落ちつくと、馬車の揺れがぴたりと止まった。

 騎士に促されて馬車から降りると、そこは王都だった。


 王都には数回来たことがあるが、ゲームで見たグラフィックをこうして目にすると、何度でも感慨深い気持ちになってしまう。

 騎士に連れられてオレとサラは一切寄り道をせずに城の敷地内に入り、騎士団の詰所まで行った。


 ここは原作ではアレンが何度か訪れた場所だが、村長に転生してからオレがここに来るのはもちろん初めてだ。

 詰所に行くと、先にサラが部屋の中に入って、少しした後オレも中に通された。


 部屋の奥には一目で上の役職だとわかるほど、立派な席についた騎士団長のモリアがいた。

 モリアは銀髪のイケメンなおっさんで、サラの上司にあたる人だ。


「ルーク村の村長、グラン・ルーミリア。ここまでご足労いただき申し訳ない」

「こんな老人に一体何の用かのぅ」

「老人のふりをしなくてもいい。仔細はサラから聞いている。貴殿が実は青年であること、サラが一目置くほどの強さを持っていることを」


 後ろを向くと、オレと目が合ったサラは申し訳なさそうな顔をした。

 さすがに上司に対して嘘をつくことはできないよな……。

 これから面倒なことになりそうだが別に悪いことをしたわけでもないし、オレは腹を括ることした。


「あの盗賊ふたりは、たしかにオレが倒しました。村の人たちを襲おうとしていることを知ったら、いてもたってもいられなくて……。あの、オレはこれからどうなるんでしょうか」

「そんなに硬くならなくてもいい。貴殿は王都で指名手配していた盗賊ふたりを捕まえてくれたのだ。決して悪いようにはしない」

「…………」


 てっきり、ひどい尋問を受けて村から追放されると思っていたんだが、どうやらそうはならないみたいだ。

 騎士に見つかって王都に連れていかれるなんて展開は生まれて初めてだったから、ついつい悪いことばかり考えてしまった。騎士って近寄りがたいイメージがあるしな。


「じゃあ、オレに話したいことって……」

「貴殿の実力を見込んで、折り入って頼みたいことがある。……どうか、私の騎士団に入っていただけないだろうか?」

「騎士団……?」

「最近各地で大きな被害が出ているのは知っているだろう。国を守るために、ぜひとも貴殿の力を借りたいんだ」


 頭に思い浮かべたのは、全身に鎧を装備して、国のために命を捧げるオレの凛々しい姿。

 騎士団に入ったオレは少しずつ手柄を立てて、いつかサラと肩を並べる日が来るだろう。そしたら、サラを嫁に迎えることだってできるはずだ。

 だが……


「嫌です」

「なんだと!?」


 オレが断るとは思ってもみなかったのか、モリアが大声で驚いた。


「誰しもが憧れる騎士団に、実技も筆記試験も免除で入れるんだぞ!? それをなぜ嫌だと即答する!?」

「それは、オレが村長だからです。もしオレがいなくなったら、村になにかあったとき指揮をとれる人がいません」


 ……と真っ当な理由を言ったが、本音はこうだ。

 オレが騎士団なんて入ったらどうする!? 下手に活躍すれば、また原作の展開を変えてしまうことになる。

 ミオの問題も残っているし、大好きな村から離れたくないし……。今のスローライフを捨ててまでオレは転職する気はない。


「多少時間がかかってもいい。他の者に引き継げないのか」

「無理です。村長は一朝一夕で務まるものじゃありませんから」


 毅然とした態度で言うと、モリアは無言でオレを見た後、深いため息をついた。


「なんということだ……。私がこの話をして、首を横に振ったのは貴殿が初めてだぞ……」

「な、なんかすみません……」

「いや、こちらこそすまない。この国を守りたいという想いが強すぎるあまり、貴殿の気持ちを軽く考えていたようだ」


 イスに座り直したモリアは机の上で手を組んで、申し訳なさそうに笑っている。

 村を守りたいと思うオレと、国を守りたいと思うモリア。

 オレたちの立場は大きく違うが、志は少し似ているのかもしれない。


 サラの上司だし、できればモリアとはこれからも仲良くしていきたいなぁ。

 オレがそう思っていると、モリアが真剣な顔をした。


「貴殿がどうしても騎士団に入りたくないというのであれば、別の提案をさせてほしい」

「なんでしょうか?」

「これからしばらくの間、王都周辺に現れた手ごわい魔物の情報を共有する。貴殿の手が空いた時でいい。魔物の討伐に協力してもらいたい」

「一応聞きたいんですが、オレに拒否権は」

「ない。その代わり、貴殿が魔物を討伐した暁には報酬を弾むことにしよう。そのまま自分の懐に収めるなり、村で宴を開くなり自由に使ってくれてかまわない」


 異世界転生してからだいぶ経ったが、ついにオレが真っ当に働く日が来てしまうとは……。

 できればこのまま村長という名の半分ニートの生活を送りたかったんだけどなぁ。

 儚いニート生活の終わりにオレが遠目になっていると、モリアが眉尻を下げた。


「村長である貴殿に協力を依頼するのもおかしな話だが、猫の手も借りたいほど切羽詰まった状況でな……。貴殿の気持ちはわからなくもないが、こちらの事情も理解していただきたい」

「いえ、こちらこそワガママを言ってすみません」


 むしろ、ここまで譲歩してもらったことに深く感謝するべきなのかもしれない。

 騎士に転職は嫌だが、魔物退治に協力するくらいだったらいいだろう。

 もしかしたら魔物が村の人たちを襲うかもしれないと思うと他人事ではないし、アレンがいつ魔王を倒すかもわからないからな。


 そういやアレン、まだ村にいるけど、いつ旅立つつもりなんだろうな。

 まさか、このまま村に住みつくつもりじゃないだろうな……? そんな事になったら、オレは心を鬼にしてでもアレンを村から追い出すぞ……。



 かくしてオレは転職せずに、騎士団の魔物退治に協力することになったのだった。

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