第7話 【サラside】あの日私を助けてくれたのは
【サラside】
あの日のことは、これからも一生忘れないだろう。
「くっ……」
あれはルーク村に魔物の群れが押し寄せてきて、私が救援に駆けつけた時の話だ。
見慣れない魔物に遅れをとってしまい、私は左腕を負傷してしまった。
すぐさま反撃しようとしたものの、その魔物はすぐ近くにある森の中へと消えてしまった。
王都の騎士である私がこんなヘマをするなんて……。しかし、さっきの魔物は一体……? 左腕から伝わる激痛に地に膝をついて顔をしかめていると、遠くにいた骸骨兵がこちらに襲いかかってきた。
これまでか……。
死を覚悟すると、ひとりの老人がこちらに駆けつけてきた。
気持ちは嬉しいが、この距離では私を助けることはできないだろう。
だが、こちらに向かって走ってきた老人は、途中で青年の姿に変身した。
あの面妖な技は一体……? 私が呆然としている間に青年は槍を振るって骸骨兵を倒し、安全を確保した後私に声をかけた。
「大丈夫か?」
風に乗って黒の長い髪がなびき、先ほどの老人と同一人物だとは思えない精悍な顔つきをしている。
まるで物語から飛び出してきた主人公のような青年に、私は騎士でありながら一瞬の間彼に心を奪われてしまった。
それが、私とグランとの出会いだった……。
「ふっ、はっ!」
ルーク村に滞在してから数日後の早朝、私は外で素振りをしていた。
王都からきた医者に負傷した左腕の手当てをしてもらった後、しばらくの間激しい運動は控えるようにと言われていたが、日課である素振りを欠かすことはできない。
私はまだまだ未熟者だ。今度こそ大切な人を守れるように、もっと強くなりたい。
「精が出ますね」
「ミオ」
鍛錬している私に声をかけたのは、昨日友人になったばかりのミオだった。
「毎朝ここで素振りをしているって聞いて遊びにきちゃいました。朝ごはんも作ってきたんですよ」
ミオが片手に持っていたバスケットを私に見せて、人なつっこい笑みを浮かべる。
「素振りが終わったら一緒に食べませんか?」
「ちょうど素振りが終わったところだ。今食べよう」
剣を鞘にしまい、私はミオと一緒に朝食を食べることにした。
近くにあったベンチ代わりの丸太に腰掛け、ミオと一緒に朝食を食べる。
ミオが持ってきてくれたのは炊き込みご飯のおにぎりだった。
きのこや肉がたっぷり入っていて、味付けも濃すぎず薄すぎずちょうどいい。朝からでも充分食が進む味だ。
「……うまい。この村の料理はどれも本当にうまいな」
私が味の感想を伝えると、ミオはにっこりと頬を緩めた。
「大体はグランさんのアドバイスで改良したものなんですよ。あの人、食のことになると妙に詳しいんですよねぇ」
とても思い当たる節がある言葉に、私はおもわず笑ってしまった。
「あいつは本当に不思議なやつだな……。老人かと思ったらそれは仮初の姿で、この村のことを心の底から愛している。それに、グランとはつい最近初めて会ったばかりなのに、あいつは私の食の好みなどをよく知っている」
「そうなんですか? 実は、わたしも同じで……。グランさんって実は洞察力が鋭いんでしょうか?」
「お前とグランは幼なじみなのだろう? そういうのは、お前が一番よく知っているんじゃないのか?」
「わたしもそうだと思うんですけど……」
なにか言いにくいことでもあるのか、ミオが途中で口ごもってしまった。
「すまん。変なことを言ってしまったみたいだな」
「いえ、そうじゃなくて……」
ミオは視線を彷徨わせたかと思うと、膝に置いた拳をぎゅっと握りしめて、私に視線を向けた。
「子どもの頃からグランさんはやけに大人びていて、時々寂しそうな顔で遠くを見るんです。まるで、なにかひとりで悩みを抱えているような気がして……」
「悩みを抱えている……」
それを聞いて、私の脳裏に思い浮かんだのは、先日グランと夕食を食べた時のことだった。
『ワシは……いや、オレはこの村が好きだ。運命を変えた結果これから先どんな展開が待っているかわからないけれど、オレはこれからもこの村を守っていくつもりだ』
当時のグランは穏やかな顔をしていたが、その言葉の裏には強い意志がこもっているように感じた。
「わたしが何度尋ねてもそれは気のせいだよと言われるだけで、グランさんは結局わたしに何も打ち明けてくれませんでした……」
今にも泣き出しそうな顔をしたミオが、私を見上げる。
「サラにお願いがあるのですが、この村にいる間、できるだけグランさんのそばにいてあげてください」
「それは構わないが……なぜだ?」
「サラがこの村に来てから、グランさんは毎日とても嬉しそうで……。サラだったらいつか、グランさんが胸にずっと秘めている悩みを打ち明けてくれると思うんです」
「私なんかにそんな大役が務まるだろうか」
「大丈夫です。サラはわたしとは違って、とっても強いですから」
ミオが私の両手を取って、ぎゅっと握りしめる。
年頃の女子は本来こうあるべきなのだろうか。
豆だらけの私の手とは違って、ミオの手はすべすべとしていて気持ちよかった。
「……わかった。王都の騎士である以上、いつかはこの村を出なければいけないが……。できるだけグランのことは気にかけることにしよう」
「ありがとうございます」
その後、私はミオと一緒にのんびり話をしながら、残りのおにぎりを食べた。
朝食を食べながら周囲の光景を見渡したが、先日の魔物の襲撃によって損壊した家や施設はほぼ修繕作業が終わり、心なしか以前よりも村が活気づいている。
魔物に襲撃されてもなお、ここまで健在とはな……。
村の人たちがここまで健やかなのは、きっとグランのおかげだろう。
まったく、すごいやつだよお前は。
私は笑って、おにぎりを片手に真っ青な空を見上げたのだった……。
 




