第6話 ふたりのヒロイン
「はぁ……」
家から追い出された後、オレは外で素振りをしているサラを見ながら深いため息をついていた。
結局ミオを旅立たせるどころか、ますますひきこもりにさせてしまった……。
疲れた時はサラの素振りを見るにかぎる。動くたびに豪快に揺れる乳揺れを見て気を紛らわせていると、サラが剣を下ろしてこちらに振り向いた。
「ため息をついてどうした?」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……」
「お前は私の命の恩人だ。場合によっては力になれるかもしれん。よかったら話してくれ」
「サラ……」
サラに頼るほどのことでもないかもしれないけれど、推しにそこまで言われたら話さないわけにはいかない。
オレは今悩んでいることについて、正直に話すことにした。
「実は、オレの幼なじみが前からこの村を出て、各地をまわって冒険がしたいみたいでな。背中を押してやりたいんだが、いざ旅立つとなるとなかなか勇気が出ないみたいで……」
「そいつにとって、今はまだその時じゃないんじゃないのか? いくらお前が村長でも、そこまで気をまわす必要はないだろう」
「それはそうなんだけどさ」
このままミオが旅立たなければ、ゲームの展開が変わらなくなってしまう。
そしたらこの世界はずっと魔王の脅威に晒されることになる……って、よくよく考えたらわりと重大な問題だな!? 異世界転生は楽しいけど、こういう時、誰かに本当のことを言えないのがすごくもどかしい。
一体どんな言葉を口にすれば、サラにわかってもらえるのだろうか。
迷った末にオレは、もうひとつの想いを伝えることにした。
「でも、この前魔物が村を襲撃した時みたいにこれから先、いつなにが起こるかわからないだろ? ミオには何かあって後悔する前に、ずっと憧れていた外の世界を見てほしい。オレはそう思うんだ……」
膝に置いた拳をぎゅっと握りしめるとサラが眉尻を下げた。
「なにか訳ありのようだな……。わかった。お前がそこまで言うのなら力になろう」
「サラ……?」
オレが顔を上げると、サラはこくりと頷いた。
「今から私がそいつと話をしよう」
「!?!?!?」
ど、どうしよう! 大変なことになってしまった! その気になったサラを止められるはずもなく、オレは小高い丘の木陰に隠れてふたりが来るのをじっと待っていた。
サラとミオは本来原作では王都で出会う上に、リグブレの中で一二を争う人気ヒロインだ。
今からふたりがここで話をするのだと思うと、緊張で胸から心臓が飛び出してしまいそうだ。
木陰に隠れて息を潜めていると、サラがミオが連れて丘にやってきた。
先に前を歩いていたサラが、立ち止まってミオに振り向く。
「すまん。お前とは初対面なのに、こんな所まで連れてきてしまって」
「いいえ。それで、話って……」
「グランから聞いたぞ。お前は、外の世界に強い憧れがあるそうだな」
「それは……」
もしかしてまださっきの事を気にしているのだろうか。ミオが気まずそうな顔をしてサラから視線をそらす。
「子どもの頃からお前に、本を通して知った外の世界の話をさんざん聞かされたと、グランが困ったように笑いながら教えてくれたよ。お前たちふたりは、とても仲がいいんだな」
「……はい。グランさんはわたしのたったひとりの幼なじみですから」
子どもの頃のことでも思い出したのだろうか。オレの話になった途端、ミオはとても照れくさそうな顔をした。
それを見て、つられて頬を緩めたサラが話を続ける。
「今日グランに旅の話を持ちかけられた時、お前を村から追い出そうとしているように聞こえたかもしれんが、あいつはあいつなりにお前のことを思って言ったんだ」
「今思い返せば、グランさんに少し言い過ぎちゃいました……」
ミオがしゅんとうなだれると、サラがミオに向き直った。
「この村を出たら魔物に襲われるのはもちろん、無垢なお前をいいように利用しようとする輩も出てくるだろう。決して楽しいことばかりではないが、それでも、自分から一歩踏み出さなきゃ世界が広がらないのも事実だ」
「わかっています……。実際に、少し前までこの村を出て旅に出たいと思っていました。できれば、グランさんと一緒に」
「なら……」
そう思うなら、なんで頑なに旅立つことを嫌がるんだ。ミオたちに見つからないように静かに身をよじらせて、ふたりの会話に耳をすませる。
「でも、この前アレンさんと一緒にダンジョンに行って戻ってきた時、魔物の群れがこの村を襲撃したと聞いて頭の中が真っ白になったんです。結局村の人たちが守ってくれたからよかったものの、もしこの村にまた何かあったらどうしようって……そう思ったら、すごく怖くなったんです……」
「ミオ……」
両手で顔を覆うミオに、サラが彼女の背中を優しくさすった。
「グランさんや騎士様がわたしの背中を押してしてくれるのは嬉しいですけど、もう少しだけこの村にいさせてください。旅は、それからでも遅くないと思うんです」
「いいや、こちらこそすまん。まさか、そんな想いを胸に秘めていたなんて思わなかった」
オレも、まさかミオがそんなことを考えていたとは思わなかったな……。
オレはこれ以上原作の展開を変えたくないという気持ちが強すぎるあまり、ミオのことを全然考えていなかったのかもしれない。
……後でミオに謝ろう。内心そう決意していると、ミオが顔から手を離して、涙をこらえてサラに向き直った。
「あの、騎士様。これもなにかの縁ですし、わたしと友だちになってくれませんか?」
「私と……?」
「見たところ歳も近そうですし、騎士様となら、いいお友だちになれそうな気がするんです」
「友人、か。私は別に構わないが……」
こういうことには慣れていないのか、いつもはクールなサラがやけに動揺している。
本来だったら王都でイベントが起きるはずのミオとサラが友だちになる名シーンがここで見られるなんてな……。
感動的なシーンに、ぽろぽろと涙がこぼれてしまう。
……これ以上は盗み聞きする必要はないだろう。
サラには後で改めてお礼を言うことにして、オレは黙ってその場を立ち去ることにした。
結局ミオを旅立たせることはできなかったが、あいつに嫌な思いをさせてまでこの村から追い出すことはできない。
それに、サラとミオが友だち同士になったしな。場所は違うけれど、一応は原作どおりの展開になったからこれでよしとしよう。
だが、いつかはミオに、この村から出ていってもらうつもりだ。
だってミオは、メインヒロインであると同時に魔王の生き別れの妹でもあり、後にこの国の≪聖女≫となる超重要人物なのだから……。




