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第4話 この村の郷土料理は

 その後、サラに村をひととおり案内した頃には、空はすっかり真っ暗になってしまった。

 村の案内はこれで終わりだが、最後にサラにひとつだけ紹介したいものがある。

 そう思ったオレはサラを連れて、自分の家の中にある食堂に向かった。


「少し早いが夕食にしようかのぅ」


 席についてサラとふたりでのんびりおしゃべりをしながら待っていると、メイドが料理を運んできた。

 オレとサラの前に並べられたのは、具がたっぷり入ったシチューだった。


「お前が私に食べさせたいと言ったものはこれか?」

「あぁ、そうじゃ。どれもルーク村で育てた野菜で作ったシチューじゃよ」


 シチューの中に入っているニンジンやジャガイモなどは、すべてルーク村で収穫したものだ。


「いただきます」


 サラがシチューをスプーンですくって口に運び、ゆっくりと噛んで味わう。


「……うまい」

「そうじゃろう? 実はこれにはさらにおいしい食べ方があってのぅ」


 オレが目で合図をすると、メイドが厨房からライスをふたり分持ってきた。

 疑問符を浮かべているサラの前でライスにシチューをかけて食べる。


「その食べ方は初めて見るな……」

「よかったらお前さんも一度やってみるといい」


 シチューとライスを交互に見て息を飲んだサラが、オレと同じようにライスにシチューをかけて一口食べる。


「……うまい! 何杯でもいけそうだ」


 そんなに気に入ったのか、サラは味の感想を伝えた後、ハイペースでシチューライスを食べ始めた。

 実はこれはオレが考案したメニューで、ごはんにも合うようにシチューはわざと濃いめの味つけにしてある。

 転生前は料理なんて全くしなかったからこれを作るのには結構苦労したが、オレが苦労した甲斐あって、今では村の立派な郷土料理となっている。


 ちなみにサラは気づいていないようだが、このシチューの隠し味には特産品のルークアップルが使われている。

 シチューを半分ほど平らげた後、サラはちょっぴり恥ずかしそうな顔をしてオレに向き直った。


「何から何までありがとう、グラン。お前のおかげでこの村のことがよくわかった」

「その様子だと、ルーク村の魅力が伝わったみたいじゃな」

「あぁ。今まで色んな村をまわったが、自分の住んでいる村についてここまで誇りに思っているのはお前だけだ」

「そんな……。ははは」


 推しに褒められておもわず照れくさくなってしまったが、サラの言うとおりオレはこの村のことを大切に思っている。


 オレがこの世界に転生したばかりの頃の話だ。

 異世界転生したと思ったら、序盤で滅ぶ村の村長だと気づいた時にはひどくがっかりした。

 どうして過労死で死んだばっかりなのに、転生先がいずれ滅ぶ村の村長なんだろう。せっかく好きなゲームの世界に転生したのにこれじゃああんまりだ。

 もし未来の勇者がこの村に来たら、その時はひとりでこっそり遠くにでも逃げようかと思ったが……ここにいるうちに、オレはこの村のことが好きになってしまった。


 この村にいる人たちはみんないい人たちで、オレが風邪をひいた時、親父やおふくろが立て続けに死んで膝を抱えていた時……事あるごとにオレを支えてくれた。

 転生前はブラック企業に勤めていて軽く人間不信になっていたオレは、村の人たちの優しさにいつの間にか心を開いていて、転生前の心の傷もすっかり癒えてしまった。

 だからこそオレは、大好きなゲームの展開を変えてでもこの村を守りたいと思ったんだ。


「ワシは……いや、オレはこの村が好きだ。運命を変えた結果これから先どんな展開が待っているかわからないけれど、オレはこれからもこの村を守っていくつもりだ」

「!」


 サラが驚きに目を見張ったかと思えば、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「なんでお前が村の人に慕われているのか、今のでよくわかった気がするよ」


 サラに褒められたものの、時間差で顔がだんだん熱くなってきた。推しの前で何小っ恥ずかしいこと言ってるんだオレは……。


「す、すまん。今のは忘れてくれ」

「恥ずかしがることはない。その村を愛する心意気、私も見習わなければな」


 本当にそう思っているのだろう。サラはにこにこと笑っている。

 その後、オレは顔を真っ赤にしながら、サラと一緒にシチューライスを完食したのだった……。





 晩ごはんを食べた後食堂を出ると、続いて食堂を出たサラがオレに向き直った。


「改めてグラン、今日は村の案内をしてくれてありがとう。お前に村の案内を頼んで本当によかった」

「いやぁ、ははは」


 推しにこんなにお礼を言われると何度でも照れてしまう。

 充分すぎるご褒美に幸せを噛みしめていると、誰かがこちらに近づいてきた。あれは……


「アレン」


 こちらに近づいてきた人物――未来の勇者でありリグブレの主人公のアレンに気づいたサラが、そいつの名前を呼んだ。


「サラ、晩メシは終わったのか?」

「あぁ。ついさっきな」


 いつの間に顔見知りになったのだろう。

 オレが疑問符を浮かべていると、サラがこっそり教えてくれた。


「アレンとは昨日の夜、廊下でばったり会ってな」

「あ、あぁ、そうか……」


 そりゃふたりはひとつ屋根の下に住んでるんだから顔見知りになってもおかしくはないか。サラの話を聞いてオレは納得した。

 本来はアレンはルーク村が滅んだ後、とある女を連れて村を旅立ち、王都でサラと出会うはずだった。

 オレがこの村の運命を変えたので当然といえば当然なんだが、まさかふたりがこの村で顔を合わせることになるなんてな……。これからなにか嫌なことでも起きなきゃいいんだが……。


「この後鍛錬するんだろ? オレも付き合うぜ」

「お、おい、アレン」


 アレンが村長のオレを完全に無視して、サラの肩に手をまわして抱き寄せる。

 サラの大きな胸がむにゅっとあたっていて羨ましい……じゃなくて! あ、あれ……? アレンってこういうキャラだったっけ……?

 アレンはプレイヤーが選んだ選択肢でしか喋らないギャルゲータイプの主人公だったから、今の軟派なアレンにはどうしても違和感を覚えてしまう。


「じゃあ行こうぜ」


 アレンがサラを連れて、玄関に向かって歩き出す。

 な、なんか、腹が立ってきたぞ……!

 目の前で推しとイチャイチャする光景を見せつけられて、オレはその後もしばらくの間ムカムカしていたのだった……。

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