第3話 推しに村を案内しよう
サラがしばらくの間オレの家に泊まることになった翌日の朝のことだ。
朝食の時間になっても食堂に現れないサラに、見かねたオレは彼女を捜すことにした。
サラの性格を考えると、彼女はおそらくあそこにいるだろう。
家の裏口から外に出ると、サラは剣を持って素振りをしていた。
「ふっ! はっ!」
気合いのこもった掛け声とともに、剣が空を切る気持ちのいい音がする。
そういえば原作でもサラは仲間たちがゆっくりと休んでいる間、ひとりで外に出ては鍛錬に励んでいたっけ。
原作で何度も見たシーンが実際にこの目で見れたのだと思うと非常に感慨深い。
左腕の怪我はまだ治っていないみたいだけどサラの性格上、日課である素振りを欠かすことはできないんだろうな。
王都の騎士というだけあって素振りは様になっているが……
――ぷるんっ!
サラが素振りをするたびに、大きな胸がたぷんと揺れる。
今は鎧も着けていないから、ふたつの大きな胸の膨らみはサラの動きに合わせて暴れ放題だ。
このままサラの素振りを眺めていたいところだが、そういうわけにはいかない。
「おはようサラ」
「グラン村長か。おはよう」
オレが声をかけると、サラは素振りをやめて剣を下ろした。
「グランでいいよ」
推しに村長って呼ばれるのはなんだか変な気分だしな。
「ではグラン。私に何の用だ?」
「朝食の時間になってもサラが食堂に来ないから呼びに来たんだ」
「もうそんな時間か……。迷惑をかけてすまん」
サラが申し訳なさそうな顔をして剣を鞘に収める。
いつから鍛錬をやっていたのだろう。サラはうっすらと汗をかいていて、額から流れた汗が頬を伝っている。
もしこれがオレだったら普通にむさ苦しい光景だが、サラの場合これでも絵になってしまうんだから不思議だ。
「ところでグラン。お前に頼みがあるんだが、空いているときでいい。私にこの村を案内してくれないか?」
「いいけど……騎士の君なら、この村のことはある程度知っているんじゃないのかい?」
「それはそうだが、しばらくの間この村に滞在することになる。村の住民として、少しでもこの村のことについて知っておきたいんだ」
「そこまで言うならわかった。オレに任せてくれ」
村長の仕事の一環として、たまに旅の人相手に村の案内をすることがある。せっかくだし、サラにこの村の魅力を余すことなく伝えよう。
オレはそう決心しながら、サラと一緒に食堂に向かったのだった。
午後、オレは約束どおりサラに村の案内をすることにした。
約束した時間に家の外に行くと、既に待ち合わせ場所に来ていたサラはオレのことを待っていた。
「お待たせ、サラ」
「グラン。その姿は……」
「ふぉっふぉっふぉ。いつもの姿でもよかったんじゃが、村案内はこっちの姿の方が気合いが入るからのぅ」
今のオレは仮初の姿――どこからどう見ても村長な老人の姿に変身している。
「改めて見るとすごい技だな……」
いつもはクールなサラが珍しく、興味深そうな顔をしてオレに近づいてきた。
「もしかして他の姿にも変身できるのか?」
「いいや。ワシが……じゃなかった、オレが変身できるのはこれだけだ」
変身は一見便利な技だが、限界までステータスを強化したオレでも魔力の消費量が半端ない上に高度な技だ。
それに、いくら変身したところで元のステータスは変わらないし、こんな平和な村でわざわざ別人に変身する必要もない。オレは基本的に老人の姿にしか変身しないつもりだ。
「元の姿のお前とは似ても似つかないな……」
感嘆の息を吐いたサラが間近でオレを見る。
こんな美人に体のあちこちを見られていると思うと、ドキドキしすぎて心臓が破裂してしまいそうだ。
「こ、こほんっ」
「あっ、すまん。私としたことが、つい夢中になってしまった」
オレの咳払いで我に返ったサラがかぁぁと頬を赤らめる。やっぱりサラは可愛いなぁ。
赤面する推しを内心で愛でながら、オレはこの村のことについて説明した。
ここは王都に一番近い村――ルーク村だ。
本当に村でいいのかと思うほど立派な土地で、畑に植えた作物はよく育ち、家畜もかなり特殊な動物じゃなきゃ大体飼うことができる、スローライフにはうってつけののどかな村だ。
「この村の特産品はルークアップルなんじゃ。ほれ、一口食べてみるがえぇ」
村の隅にある小さな果樹園に足を運んだオレは、真っ赤に実ったルークアップルを採ってサラに手渡した。
サラが形のいい唇を大きく開けて、リンゴを一口かじる。
「瑞々しくてうまいな。何個でも食べられそうだ」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
味の感想を伝えた後、サラが夢中で残りのルークアップルにかぶりついてはおいしそうに頬張る。サラの気持ちのいい食べっぷりを見ていると、こっちまで嬉しくなってしまう。
転生前は果物にそこまでうるさくはなかったが、ルークアップルはこの世界で一番うまいリンゴだと思っている。
まぁ、原作では村が滅んでしまった後、幻の特産品と化してしまうんだがな……。
なにはともあれ、村の自慢の果物をサラに食べてもらうことができて本当によかった。
サラがリンゴを完食した後、オレは引き続き村の中を案内した。
先日の魔物の襲撃で損壊してしまった家や施設が一部あるものの、目もあてられないほど酷い有様じゃない。
この村を守ることができて本当によかった……。
魔物の襲撃後も以前とそんなに変わらない村の光景を見てじんとしていると、通りすがりの村娘がオレに声をかけた。
「村長、こんにちは」
「おぉ、こんにちは」
「もしかしてついに結婚相手を見つけたの? とっても美人な人ね!」
オレからサラに視線を移した村娘が、きらきらと目を輝かせる。
「ち、違うんじゃ! このお方は王都の騎士のサラといってのぅ」
「まぁ、失礼しました! ご無礼をお許しください」
「謝らなくていい。顔を上げてくれ」
村娘が深く頭を下げると、サラは気にしていないと言わんばかりにかぶりを振った。
「グランは私の命の恩人でな。グランに恩を返すために、昨日からこの村に滞在している。これからよろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします……」
「そんなに硬くならなくていい。なんなら、私のことも呼び捨てで呼んでくれても構わない」
「い、いえ! 王都の騎士様相手にそんなことできません! で、では、わたしはこれで失礼します!」
村娘はそう矢継ぎ早に口にして、オレたちが引き留める間もなく、逃げるように去っていってしまった……。
だんだん小さくなっていく村娘の背中を、サラはちょっぴり寂しそうな顔で見送った。
「ふむ……。人付き合いは難しいな……」
そういえば原作でも、騎士という立場の上に真面目な性格のせいか、サラはなかなか友達ができなくて悩んでたんだっけ。
オレも友達作りはどちらかといえば苦手な方だが、推しが悩んでいるところを見るとなにもせずにはいられない。
「ふぉっふぉっふぉ。そんなに焦らなくても大丈夫じゃよ」
「グラン……?」
「みんな、お前さんがべっぴんさんだからどうしても緊張してしまうんじゃ。お前さんが根気よく声をかけ続ければ、そのうちきっとみんなと仲良くなれるじゃろう」
「そ、そうか……? なら、焦らずに頑張ってみるか」
サラが照れくさそうな顔をしながら、オレに向かって微笑む。
オレが声をかけたことで、少しは気持ちが楽になったかな? どちらにしろ推しの尊い微笑みを見ていると、今にも成仏してしまいそうだ……。




