第28話 ナタリアからの手紙
「忘れないうちに、サラに渡したいものがあるんだ」
懐から手紙を取り出して渡すと、サラは封筒に書かれた差出人を見るなり目を丸くした。
「これは……」
「見習い騎士になった時、万が一なにかあったときのために、大切な人宛ての手紙を書かされただろ? もちろんそれはナタリア本人が書いたもので、サラ宛ての手紙だ」
「なぜ、今になって急に……。あいつが亡くなった時、こんな手紙があったとは聞いていなかったぞ」
「ジンは君を自分のものにするために、その手紙を隠していたんだ。あいつは処分したつもりみたいだが、ナタリアと仲のよかったメイドのレナが、それをこっそり隠し持っていてくれたんだ」
「…………」
サラが潤んだ瞳で、封をしたままの手紙を見つめる。
「その手紙には、ナタリアの想いがこめられている。サラ、勇気を出して読むんだ」
「――――」
サラが強く息を飲んで涙をこらえた後、そっと封を開けて中に入っている便箋を取り出し、オレにも手紙の内容がわかるように文面を読み上げてくれた。
――サラへ。
この手紙を書くことになった時、真っ先にあなたに手紙を書こうと思ったわ。
あなたも知ってのとおりわたしは、生まれた時から将来も結婚相手もなにもかもが決められていて、それが嫌で、親の反対を押し切って騎士になることにしたの。
見習い騎士になった時も周りの人たちはわたしのことを色眼鏡で見ていたけれど、その中で唯一あなたはわたしに自然体で接してくれて、それがとっても嬉しかったわ。私にとってあなたは一番の親友よ。
あなたがこの手紙を読む頃には、この世にわたしはいないでしょう。
でも、どうか悲しまないで。
あなたはいつもこう口にしていたわね。わたしの優しさに甘えてばっかりだって。
本当にそう思ってくれているのなら、今度はあなたが誰かにその優しさを分けてあげるの。そうすることによってわたしはあなたの心の中で、いつまでも生き続ける。
だからサラ、顔を上げて、わたしの分まで生きて。
そんなに心配しなくても大丈夫よ。しばらくの間は遠い空で、あなたのことを見守っているから。
あなたの一番の親友 ナタリアより
最後まで手紙を読んだと同時に、サラの双眸からぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「サラ……」
「私はバカだな……。今まで、ナタリアのためにと思ってジンに身を捧げるつもりでいたが、本当はどうしたら自分の中でケリがつくのか考えてばかりで、あいつの本当の気持ちなんてまったく考えていなかったのかもしれない」
サラが自分の腕でごしごしと涙を拭いて、潤んだ瞳のままオレに向き直る。
「ありがとう、グラン。お前には二度も助けられたな……。この借りはいつか必ず返す。……それにしても、こいつらはこれからどうしたものか。放っておけばまたなにか仕掛けてくるだろう」
「それなら、心配は無用だ」
笑って、窓の外を見る。
眼下にはちょうどいいタイミングで、屋敷に突入する騎士団の人たちが見えた。
「なぜ、騎士団がここに……?」
オレの隣に立ったサラが、窓の外を見て不思議そうに首をかしげた。
「サラもどこかで聞いたことあるかもしれないけれど、ジンは武器の違法な密輸取引に手を染めていて、オレがここに来る前に証拠を用意して通報したんだ。こいつらはもうすぐ、騎士団に連行されて尋問を受けるだろう。そしたら、しばらくの間は日の目を見ることもできないだろうさ」
「お前は、強いだけではなく頭もまわるんだな……。まるで千里眼を持つ神のようだ」
「は、ははは……」
何度もやり込んだゲームだからジンの秘密を知っているのも当然……だなんて、口が避けても言えるわけがない。好きなゲームに異世界転生するってのも大変だな……。
オレが曖昧に笑って誤魔化していると、サラがにっこりと頬を緩めた。
「本当にありがとう、グラン。お前には感謝してもしきれないよ」
「君が無事で、本当によかった」
これで一件落着……と言いたいところだが、サラの問題はこれですべて解決したわけじゃない。
近いうちにサラには別の試練が訪れるが、モブ村長であるオレには、そのイベントを見届けることはできないだろう。
本当は原作の終盤で起こるイベントなんだが、今回はいいよな。この世界の主人公であるアレンはいまいち頼りにならないし、推しのサラが危ない目に遭っているのに、見て見ぬふりをすることなんてできない。
「騎士団のやつらに見つかったら面倒なことになりそうだし、そろそろここから逃げよう」
「あぁ、そうだな」
サラを連れてオレは元来た道をたどり、騎士団の人たちと鉢合うことなくジンの屋敷を脱出した。
こうしてオレは、見事ジンからサラを奪還してみせたのだった。




