第25話 残念だったな、サラ
それから数日後、オレが村の見回りをしていると、偶然サラを見かけた。サラに会ったのは墓場で口論して以来だ。
「あ、グラン……」
サラはオレに気づくなり、ばつが悪そうな顔をして俯いてしまった。
「サラ……」
「この前はすまん。だが、お前が気にすることはない。これは私の問題だからな」
「だけど……」
「グラン、大変だ!」
まだサラと話している途中なのに、リーのおっちゃんが血相を変えてオレの所に走ってきた。
「いつも王都の商人に買い取ってもらっているルークアップルなんだけどよ、今日になって急に取引をやめるって言い出したんだ!」
「えっ、えぇっ!?」
なんでそんなことになったんだ……? リーのおっちゃんもまた、混乱しているみたいだ。
「なんでも、上からの命令みたいでな。その商人も頭を抱えていたよ」
「もしかしたら、私のせいかもしれない……」
「サラ……?」
驚いて振り向くと、サラはとても真っ青な顔をしていた。
「ジンは王都の商人のまとめ役でな。ルークアップルの取引が急に中止になったのは、そうだとしか考えられない……」
「待て、サラ。まだそうだと決まったわけじゃない」
今にも村を飛び出しそうなサラにオレはそう言ったものの、その推測はあながちはずれじゃないだろう。
原作でもジンは手下を使ったり、悪い噂を流したり、様々な手を使って主人公に嫌がらせをしてきた。
ルークアップルはこの村の一番の収入源で、商人に買い取ってもらえないとなるとかなりの痛手になる。
ジンのことについてもう少し情報収集をしたかったんだが、あんまりのんびりしている暇はなさそうだな……。
ちらりと隣を見ると、サラは何かを思い詰めた顔をしては、それ以上は何も言わなかった。
同日の晩、自室でオレは、机に広げた地図を見下ろしていた。
地図には、王都にあるジンの屋敷の内部が描かれている。
この件を解決するには、ジンの屋敷に乗り込んで≪とある物≫を手に入れるしかない。
商人のまとめ役ということもあり、ジンの屋敷にはあちこちにごろつきがいて、厳重に警備されている。
確実に≪あれ≫を手に入れるためにも、なるべく人目を避けて移動したい。だとしたらあの部屋の窓から入るしかないか……。あれこれ思考を巡らせていると、静寂の中、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。オレが返事をすると、メイドが部屋に入ってきた。
「グラン村長。サラ様がお呼びです」
「サラが……?」
どうしたんだ、こんな時間にオレを呼び出すなんて。
首をかしげながらオレはサラの部屋に向かい、控えめにドアをノックした。
「グランか。中に入ってくれ」
促されるまま部屋に入ると、中にはサラがいた。
「――!」
サラの姿を見た途端、オレは息を飲んでしまった。
今のサラはキャミソールにショートパンツという防御力皆無の格好でいたからだ。
前から気になってたんだが、そのキャミソールの下って一体どうなってるんだろうな……。柔らかそうな胸の膨らみにちらちらと視線を注いでいると、サラが眉尻を下げた。
「すまないな、こんな時間に呼び出して」
「いいけど、オレに何か用か……?」
「マチルダさんからいい酒をもらったんだ。私だけ独り占めするのも気おくれするし、よかったら一緒に飲まないか?」
テーブルに置いてあった酒瓶を片手に持って、サラが恥ずかしそうに笑う。
少しした後、オレはサラと向かい合わせにイスに座って酒を飲んでいた。
グラスに入った酒をちびちび飲みながら、物思いに耽る。こんな時間に薄暗い部屋の中、美人とふたりっきり……。サラの胸もとにはくっきりと胸の谷間が見えていて、頬はほんのりと赤く染まっている。
このままサラとあんなことやこんなことをして、気づいた時には朝になっていたりして……。今はそんなことを考えている場合じゃないんだが、目の前で好きな子に無防備な姿を見せつけられて、オレの頭の中はどうしても煩悩に塗れてしまう。
そんなオレの胸中など露知らず、サラは悪戯っぽく笑っていた。
「……ふふ。グラン、酒は苦手か?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……。なんだか緊張しちゃって……」
「私もだ。こんな時間に誰かを誘って酒を飲んだのは、グラン。お前が初めてだ」
サラが頬をほんのりと赤く染めながら、オレに向かって優しく微笑む。
サラはもともと美人だが、やっぱり笑っている時が一番可愛いな。これまでに何度も見たであろう推しの笑顔に、オレもつられて頬が緩んでしまう。
「お前と会ってからは、毎日が楽しいんだ。かなうことならずっとこの村にいたい。そう思ったこともあるよ」
「なら、いればいいじゃないか。王都の騎士でも、サラはこの村の立派な一員だ」
「――――」
なにか変なことを言っただろうか。サラは一瞬涙ぐんでしまった。
「……ありがとう、グラン。お前に会えて本当によかった」
「サラ……? あっ……」
突然身体の力が抜けて、手に持っていた空のグラスを床に落としてしまった。
敷物を敷いていたからグラスはかろうじて割れなかったものの、さらに身体の力が抜けてテーブルに突っ伏してしまう。
あ、あれ……? 酒の飲み過ぎか……?
だんだん重たくなる目蓋に抗っていると、頭上からサラの悲しげな声が降ってきた。
「すまん、グラン。こうでもしないと私を引き留めると思って、お前の酒に薬を混ぜておいた」
「――!」
「安心しろ。薬といっても、そんなに強いものじゃない。お前が次に目を覚ます時は朝になっているだけの話だ」
サラに言いたいことはたくさんあるのに、急な眠気に今の思いを言葉にすることすらままならない。
「これから私はジンの所に行く。ジンの所に行ったら私はどうなるのか、それがわからないほど子どもじゃない。それでも、私は償いをしなきゃいけないんだ」
「待ってくれ、サラ」
身体の力を振り絞って、言葉でサラを引き留める。
「今までありがとう、グラン。お前のことは、一生忘れない」
その言葉を最後に、オレの視界は闇に閉ざされてしまった。
……。
…………。
………………。
ゆっくりと目蓋を開けて、オレは上半身を起こした。
オレが起きた頃にはサラはいなくなっていたが、窓の外はまだ暗いままだ。
残念だったな、サラ。オレは村を守るために、毒や睡眠といった状態異常もある程度は克服している。
今ならまだ間に合うかもしれない。オレはすぐさま装備を整えて、自分の家を飛び出した。




