表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/29

第25話 残念だったな、サラ

 それから数日後、オレが村の見回りをしていると、偶然サラを見かけた。サラに会ったのは墓場で口論して以来だ。


「あ、グラン……」


 サラはオレに気づくなり、ばつが悪そうな顔をして俯いてしまった。


「サラ……」

「この前はすまん。だが、お前が気にすることはない。これは私の問題だからな」

「だけど……」

「グラン、大変だ!」


 まだサラと話している途中なのに、リーのおっちゃんが血相を変えてオレの所に走ってきた。


「いつも王都の商人に買い取ってもらっているルークアップルなんだけどよ、今日になって急に取引をやめるって言い出したんだ!」

「えっ、えぇっ!?」


 なんでそんなことになったんだ……? リーのおっちゃんもまた、混乱しているみたいだ。


「なんでも、上からの命令みたいでな。その商人も頭を抱えていたよ」

「もしかしたら、私のせいかもしれない……」

「サラ……?」


 驚いて振り向くと、サラはとても真っ青な顔をしていた。


「ジンは王都の商人のまとめ役でな。ルークアップルの取引が急に中止になったのは、そうだとしか考えられない……」

「待て、サラ。まだそうだと決まったわけじゃない」


 今にも村を飛び出しそうなサラにオレはそう言ったものの、その推測はあながちはずれじゃないだろう。

 原作でもジンは手下を使ったり、悪い噂を流したり、様々な手を使って主人公に嫌がらせをしてきた。

 ルークアップルはこの村の一番の収入源で、商人に買い取ってもらえないとなるとかなりの痛手になる。


 ジンのことについてもう少し情報収集をしたかったんだが、あんまりのんびりしている暇はなさそうだな……。

 ちらりと隣を見ると、サラは何かを思い詰めた顔をしては、それ以上は何も言わなかった。




 同日の晩、自室でオレは、机に広げた地図を見下ろしていた。

 地図には、王都にあるジンの屋敷の内部が描かれている。

 この件を解決するには、ジンの屋敷に乗り込んで≪とある物≫を手に入れるしかない。


 商人のまとめ役ということもあり、ジンの屋敷にはあちこちにごろつきがいて、厳重に警備されている。

 確実に≪あれ≫を手に入れるためにも、なるべく人目を避けて移動したい。だとしたらあの部屋の窓から入るしかないか……。あれこれ思考を巡らせていると、静寂の中、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。オレが返事をすると、メイドが部屋に入ってきた。


「グラン村長。サラ様がお呼びです」

「サラが……?」


 どうしたんだ、こんな時間にオレを呼び出すなんて。

 首をかしげながらオレはサラの部屋に向かい、控えめにドアをノックした。


「グランか。中に入ってくれ」


 促されるまま部屋に入ると、中にはサラがいた。


「――!」


 サラの姿を見た途端、オレは息を飲んでしまった。

 今のサラはキャミソールにショートパンツという防御力皆無の格好でいたからだ。

 前から気になってたんだが、そのキャミソールの下って一体どうなってるんだろうな……。柔らかそうな胸の膨らみにちらちらと視線を注いでいると、サラが眉尻を下げた。


「すまないな、こんな時間に呼び出して」

「いいけど、オレに何か用か……?」

「マチルダさんからいい酒をもらったんだ。私だけ独り占めするのも気おくれするし、よかったら一緒に飲まないか?」


 テーブルに置いてあった酒瓶を片手に持って、サラが恥ずかしそうに笑う。




 少しした後、オレはサラと向かい合わせにイスに座って酒を飲んでいた。

 グラスに入った酒をちびちび飲みながら、物思いに耽る。こんな時間に薄暗い部屋の中、美人とふたりっきり……。サラの胸もとにはくっきりと胸の谷間が見えていて、頬はほんのりと赤く染まっている。

 このままサラとあんなことやこんなことをして、気づいた時には朝になっていたりして……。今はそんなことを考えている場合じゃないんだが、目の前で好きな子に無防備な姿を見せつけられて、オレの頭の中はどうしても煩悩に塗れてしまう。

 そんなオレの胸中など露知らず、サラは悪戯っぽく笑っていた。


「……ふふ。グラン、酒は苦手か?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……。なんだか緊張しちゃって……」

「私もだ。こんな時間に誰かを誘って酒を飲んだのは、グラン。お前が初めてだ」


 サラが頬をほんのりと赤く染めながら、オレに向かって優しく微笑む。

 サラはもともと美人だが、やっぱり笑っている時が一番可愛いな。これまでに何度も見たであろう推しの笑顔に、オレもつられて頬が緩んでしまう。


「お前と会ってからは、毎日が楽しいんだ。かなうことならずっとこの村にいたい。そう思ったこともあるよ」

「なら、いればいいじゃないか。王都の騎士でも、サラはこの村の立派な一員だ」

「――――」


 なにか変なことを言っただろうか。サラは一瞬涙ぐんでしまった。


「……ありがとう、グラン。お前に会えて本当によかった」

「サラ……? あっ……」


 突然身体の力が抜けて、手に持っていた空のグラスを床に落としてしまった。

 敷物を敷いていたからグラスはかろうじて割れなかったものの、さらに身体の力が抜けてテーブルに突っ伏してしまう。

 あ、あれ……? 酒の飲み過ぎか……?

 だんだん重たくなる目蓋に抗っていると、頭上からサラの悲しげな声が降ってきた。


「すまん、グラン。こうでもしないと私を引き留めると思って、お前の酒に薬を混ぜておいた」

「――!」

「安心しろ。薬といっても、そんなに強いものじゃない。お前が次に目を覚ます時は朝になっているだけの話だ」


 サラに言いたいことはたくさんあるのに、急な眠気に今の思いを言葉にすることすらままならない。


「これから私はジンの所に行く。ジンの所に行ったら私はどうなるのか、それがわからないほど子どもじゃない。それでも、私は償いをしなきゃいけないんだ」

「待ってくれ、サラ」


 身体の力を振り絞って、言葉でサラを引き留める。


「今までありがとう、グラン。お前のことは、一生忘れない」


 その言葉を最後に、オレの視界は闇に閉ざされてしまった。




 ……。


 …………。


 ………………。


 ゆっくりと目蓋を開けて、オレは上半身を起こした。

 オレが起きた頃にはサラはいなくなっていたが、窓の外はまだ暗いままだ。

 残念だったな、サラ。オレは村を守るために、毒や睡眠といった状態異常もある程度は克服している。

 今ならまだ間に合うかもしれない。オレはすぐさま装備を整えて、自分の家を飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ