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第22話 サラの婚約者

 サラに連れてこられた場所は、王都のはずれにある墓場だった。

 王都の墓場というだけあってどれも洒落た墓ばかりだが、それでも好き好んでここに立ち寄る輩はいないだろう。オレとサラが来た時には、墓場は閑散としていた。


「ここは……」

「なんだ、ここに来たことがあるのか?」


 周囲を見渡すオレに、振り向いたサラが小首をかしげた。

 ここに来たのは初めてだが、オレはこの場所を知っている……。オレが黙っていると、サラがとある墓の前で立ち止まってはしゃがみこんだ。


「久しぶりだな、ナタリア」

「――!」


 サラの言葉を聞いて確信する。

 ここは、原作の終盤、アレンにようやく心を開いたサラが連れてきてくれた場所だ。

 そしてそこにあるのは間違いなく≪彼女≫の墓だろう。


「サラ。オレを連れて行きたい場所って……」

「あぁ……。ロマンチックな場所じゃなくてすまん。だが、どうしても彼女にお前を紹介したかったんだ」


 サラが申し訳なさそうな顔をして、オレに振り向く。


「少しだけ私の昔話をしてもいいか?」

「あぁ、もちろん」


 サラが過去にどんな道を歩んできたかは原作を通して知っているが、だからといってわざわざ断ることもない。オレが首肯すると、サラが遠い目をして空を仰いだ。


「私がまだ見習い騎士だった頃の話だ。同期にナタリアという美人で男女共に人気のある女がいてな、いつも私によくしてくれたんだ」


あぁ、知っているさ。

 転生前に原作で見たナタリアはお人形さんみたいにとても可愛らしい女の子で、生真面目すぎるあまり人付き合いが苦手なサラと、よく行動を共にしていたそうだ。

 サラにとって、ナタリアは一番の友だちだったのだろう。ナタリアと過ごした日々を思い返したのか、優しげなサラの横顔がなによりの証拠だ。

 今もナタリアが生きていればよかったんだが……。サラが一拍置いて、言葉を紡ぐ。


「だが、ある日、外での演習中に大量の魔物が襲いかかってきたんだ。後から知った話、その魔物の襲撃は魔王の手によるものだったそうだ。その時見習い騎士たちは迎撃にあたったものの、見習いである以上実力なんてたかが知れている。そこで多くの同期たちが命を落とし、私も死を覚悟した時、ナタリアが私をかばって死んだんだ……」


 オレに背を向けているサラの肩はひどく震えている。悲しみに深く沈むサラにかける言葉が見当たらず、オレはそのまま黙って話を聞くことにした。


「私の命と引き換えに彼女が死んでしまった以上、立ち止まることは許されない。その日から私は死に物狂いで強くなって、今の座まで上り詰めたんだ。いつかはナタリアのかたき討ちのため、この手で魔王を倒す。そう思っている……」


 広げた手のひらをぎゅっと握りしめ、サラが墓に向かって誓うようにつぶやいた。


「すまん……。暗い話をして……。それでも、お前だけには話しておきたかったんだ……」

「サラ……」


 涙をこらえてかぶりを振ったサラが立ち上がり、オレに向き直る。

 ……やっぱり、オレはサラが好きだ。クールな美人でくわえて胸が大きいっていう見た目のアドバンテージもあるけれど……。本当は優しくて、健気に頑張っている彼女を見ていたら、愛おしくてたまらない。

 だけど、原作でのとあるイベントのことを思い出すと、今のサラは少し危なっかしい。


「頑張るのはいいことだけどよ、オレとミオがいることも忘れるなよ。サラはその……オレの村の一員でもあるから。なにかあったら真っ先に駆けつけるよ」


 そう言われるとは思わなかったのか、サラは一瞬きょとんとして……時間差でにっこりと極上の笑みを浮かべた。


「ありがとう、グラン」

「おいおい、誰かと思えばサラじゃねぇか」


 突然間に割って入ってきた第三者の声にサラと同時に振り向けば、そこにはひとりの男がいた。


「お前は……ジン」


 さっきまで穏やかな笑みを浮かべていたサラは、ジンを見た途端急に青ざめてしまった。


「おいおい、いつまで婚約者を避けてるんだよ。オレたちがケンカしてたら、天国にいるナタリアが悲しむぞぉ?」


 オレ(老人の姿)の前で、ジンがサラの肩を組んで密着する。

 つい最近も似たような光景を目にしたような……。サラの豊満な胸がジンの腕にめいっぱいあたっていて羨ましいが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「人前だ。空気を読め」


 オレを見ながら、サラが苦しげにつぶやいた。


「おっと、これは失礼。サラに会えたのが嬉しくて、オレ様としたことがついつい人前でイチャついちゃったぜ」


 ジンがわざとらしくサラから手を離して、オレに向かって作り笑いをする。

 こいつのことは原作を通して知っている。こいつには言葉を交わす価値などない。オレが無言を貫いていると、ジンがオレに近づいてこうつぶやいた。


「……爺さん。こいつと一緒にいると、いつか死ぬかもしれないぜ? なにせこいつは、オレの可愛い義妹を犠牲にしてまで生き延びたんだからよ」

「…………」

「じゃあな、サラ。次会う時まではオレとの結婚の話を考えとけよ」


 この世界のアレンが可愛く思えるほどの横暴すぎる言葉を残して、ジンが優雅な足取りで去っていく。

 ジンの姿が見えなくなった頃、オレは黙ってサラを見た。サラは俯いて、悔しさをこらえるように両手を握っている。


「……すまん。さっきの話でなんとなくは察したと思うが、ジンはナタリアの義兄で、私の婚約者なんだ……。ナタリアを死なせてしまったことの代償に、あいつに結婚を迫られている……」

「オレには、あいつがいいやつにはまったく見えない」

「同感だ。私も、あいつと一緒になるのは嫌だ……。それでも、私には罪を償う必要があるんだ……」

「サラ、そんなことをしてもナタリアは――」

「気持ちは嬉しいが、これは私の問題だ。放っておいてくれ」


 冷たい声色で、ぴしゃりと言い切られてしまった。

 いくら大切な親友を死なせてしまったとはいえ、あんな男と一緒になってまで責任をとる必要はない。オレが言葉を探していると、サラが首を横に振った。


「すまん……。少し、頭を冷やしてくる……」

「サラ……」


 サラが元気のない足取りで、ひとりで墓場の外に出る。

 原作どおりの展開に、オレはただただ、サラの背中を黙って見送ることしかできなかった……。

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