第21話 思わせぶりなオレの推し
オレが好きなゲーム「リグレッド・ブレイカー」のメインヒロインのひとりであるサラ。
サラはクールな女騎士で、とある理由のために魔王を倒すことを心に誓っている彼女は、原作では主人公としょっちゅう衝突していた。
正直、最初はサラのことがあんまり好きじゃなかったが、ストーリーが進むにつれて彼女の戦う理由を知り、ようやく主人公に心を開いた時にたまに見せてくれる少女のような可愛らしい笑顔に、オレはいつのまにか心を掴まれてしまった。
この世界のサラは、ありがたいことに、最初からオレに優しくしてくれる。
よくよく考えたら不思議なことだ。本来原作では序盤に滅んでいた村の村長のオレと、メインヒロインのサラ。本来道が交わることのないオレたちがひょんなことで出会って、今ひとつ屋根の下で暮らしているだなんて、ちょっと前までは全然考えられなかった。
ここまできたら、いっそのことサラと恋人同士になりたい。……なんてわがままは言わない。できれば、サラともっと一緒にいたいと思っている。
この前騎士団長のモリアに無理を言ってサラがもう少しこの村に滞在することになったものの、いずれは魔王を倒すためにこの村を旅立つであろう彼女を見送らなければならない。
この幸せな日々にもいつか終わりが来るのだとしたら、せめて一日一日を大切に過ごそう。そう心に決めて、老人の姿で村の見回りをしていると……
「で、サラ。あんたはグランの嫁になる気はないのか?」
「!?!?!?」
どこからか聞こえた会話に、オレは驚いて物陰にとっさに身を隠した。
あれはリーのおっちゃんとサラと……もうひとり誰かいるようだが、この位置じゃ全くわからない。
ちなみにさっきの声はリーのおっちゃんだ。リーのおっちゃんはオレの隣の家に住んでいるおっちゃん(ちなみに転生前のオレより年上だ)で、話好きでいつもオレによくしてくれる。
……って、サラに一体何の話をしてるんだ!?
「わ、私にとって、グランは命の恩人だが、まだあいつと会ってから間もない。わ……私はともかく、あっちも好みとか、色々あるだろう……」
こういう時、原作の初期のサラなら「その気はない」ってきっぱり言い切るのに。今リーのおっちゃんの前にいるサラは、なぜかぽっと頬を赤らめていた……。
「それなら大丈夫よ。だって、前にグランが言っていた好みの女の子そっくりそのままなんですもの」
こ、この声はマチルダおばちゃんの声だ! マチルダおばちゃんはリーのおっちゃんの妻で、こっちも世話好きでいい人だ。
「私が、グランのタイプ……?」
「えぇ、そうよ。……たしか、グランのタイプは、胸が大きいポニーテールのクールな女の子だって言ってたわ」
「な……なんだと!?」
サラが驚きながら赤面する。
これじゃあまるでオレがサラの事が好きだと言っているようなものだ。
三人の会話をこっそり盗み聞きしているオレも顔が熱くなってきた……。
言っておくが、オレがマチルダおばちゃんに好みのタイプについて話をしたのは、サラと出会う前のことだ。
『グラン。お前はどういうやつがタイプなんだ? そろそろ嫁が欲しい年頃だろう。もしいいやつがいたらオレが紹介してやるよ』
あれはサラがここに来る前に行われた、村の飲み会での出来事だった。酔っぱらったリーのおっちゃんにオレはサラそのものの答えを口にして、偶然その場に居たマチルダのおばちゃんが覚えていたんだろうな。
まさか、あの時酒の勢いで口にした答えのツケが、今になって返ってくるなんて思わなかった……。
勝手に盗み聞きしておいて急に姿を見せるのも気後れするが、かといって困っているサラをこのまま放っておくわけにもいかない。
「お、おい……。リーのおっちゃんにマチルダおばちゃん……」
「おっと、用事を思い出した」
「じゃあ、私たちはこれで」
オレが姿を現した途端、リー夫妻は逃げるように去っていった……。
「グラン……」
あ、やべ。顔を真っ赤にしたサラと目が合ってしまった。
「さ、サラ……。こ、これはその……」
「グランは、私みたいな女が好みなのか?」
「ぎくっ! ……あ、あぁ、そうだよ……。はっきり言ってタイプだ……」
思春期の子どもじゃあるまいし、推しの前で「嫌い」だとか「何とも思ってない」なんて言えるわけがない。
「ふふっ」
てっきり怒るだろうと思っていたのだが……なぜかサラは、笑っていた……。
「サラ……?」
「騎士という身分のせいか、今までに色んな男から言い寄られることはあったが……そんなことを言ったのは、お前が初めてだ」
顔を上げたサラは、ちょっぴり恥ずかしそうに笑っている。
な、なんだ……? サラは一体どうしたんだ……!? そんなことを言われたら、いくら中身はおっさんのオレでも勘違いしちゃうだろ……。
返す言葉に迷っていると、サラがだんだん遠ざかっていくリー夫妻を遠目に見た。
「実はあのふたりからお前の話を色々と聞いてな。いい村長だと言っていたよ」
「改めて言われると照れるな……。だけどオレは最初からいい村長だったわけじゃないんだ」
「……?」
少しくらいならサラに本当のことを言ってもいいだろう。そう思ったオレは言葉を継いだ。
「実はこの村が滅ぶって知った時、ひとりでこっそり遠くに逃げようと思ってたんだ。……だけど両親が死んだ時、オレが風邪をひいて心細い思いをしている時……村の人たちがオレを支えてくれた」
さっきサラと話していた、リーのおっちゃんやマチルダのおばちゃんだってそうだ。
『グラン、大丈夫か? なにかあったら俺に言えよ』
『ひとりで大丈夫? 今日のごはんちょっと作りすぎちゃったからお裾分けに来たの。日持ちするから、好きなときに食べてちょうだいね』
当時のリー夫妻や村の人たちのことを思い出すと、胸の中がぽかぽかと温かくなった。
「その時オレは思ったんだ。もうひとりで逃げようだなんて思わない。なにがあっても、絶対に村のことを守ってみせるって……」
……って、だいぶキザなこと言っちゃったな。
慌てて様子をうかがうと、サラはにこにこと笑っていた。
「それでも立派だよ、お前は。……それに比べて私は、失ってから初めて後悔した……」
「サラ……?」
「……グラン。これから時間はあるか? お前を連れて行きたい場所があるんだ」




