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第20話 本当に守るべきもの

「そういえばふたりに相談があるんだが……」

「何ですか?」


 ミオが食事の手を止めて、オレの話に耳を傾ける。


「この前オレが盗賊を退治した時のお礼に、王都の騎士団長のモリアから報酬金をもらったんだが、使い道に迷っててな……」


 オレが頭を掻くとサラが小首をかしげた。


「欲のないお前が謝礼を受け取るとは珍しいな」

「は、はは……。ちょっと、色々あってな……」


 サラやモリアにはオレが聖人だと思われているようだが、決してそんなことはない。

 今の暮らしになにひとつ不自由はしていないし、分不相応の大金を手にしたら絶対に面倒事に巻き込まれるに決まっている。

 オレの健やかなスローライフのために、報酬金は絶対に受け取らないつもりだったのだが……。


『お願いします、受け取ってください!!!!』


 プライドを捨てて全力で頭を下げるモリアを前にしたら、さすがに断ることなんてできなかった……。

 慎ましく生きるってのは、もしかしたらすごく大変なことなのかもしれない。心の中で苦笑しながらオレは、さらに言葉を継いだ。


「できることなら村のために使いたいと思っているんだが、なかなかいい案が思い浮かばなくてな」


 先日のような魔物の襲撃に備えて村の守りを強化する、いっそのこと村の人たちを集会所に集めて、一晩中どんちゃん騒ぎをする……。自分でいくつか案をひねり出してみたんだが、どれもいまいちピンとこない。

 できることなら、村の人たちが喜んでくれることがいいんだけどな……。

 そんなオレの相談に真っ先に答えてくれたのはミオだった。


「それなら、王都顔負けの雑貨屋さんを作るとかどうでしょうか?」

「それは悪くないと思うが……」


 いくら王都に近い村といえど、こんな村に大きな雑貨屋を作ったところで需要があるとは思えない。

 もしなにか必要なものがあったら王都に行って買った方が一番早いしな。

 大きな雑貨屋を作るというのは魅力的だが、それはもう少しこの村に人が来るようになってから改めて考えたい。


「それじゃあ温泉を作るのはどうでしょうか?」

「温泉……?」


 ミオから温泉という言葉を聞いた途端、オレの頭にはリグブレの温泉イベントが思い浮かんだ。

 リグブレの温泉イベントって、ファンの間でもしょっちゅう話題になるほどきわどいんだよな。あの家庭用ゲーム機の限界に挑戦した女湯のイベントCGは転生後の今でもはっきりと憶えている……。


「どうした、グラン。顔が赤いぞ」


 温泉イベントのことを思い返していると、サラに不思議そうな目で見られてしまった。


「それもいいけどよ、温泉っていっても簡単に作れるものじゃないんだぞ」


 まずこの村に源泉はあるのだろうか。温泉を作るとしたら専門家に調査を依頼するところから始まるが、仮に源泉があったとして、作るのにかなりの時間と費用がかかるだろう。

 この案も魅力的だが、これはまた別の機会にとっておきたい。

 やっぱり、ひとりでじっくり考えてみるべきか……。頭を悩ませるオレにサラがぽつりと言った。


「それじゃあお前の家にある食堂を改装して、他のやつらも使えるように開放するのはどうだ?」

「食堂……?」

「この村の食べ物や料理はどれも美味い。それを、村のやつだけしか知らないと思うと、なんだかもったいなくてな」


 そういえばサラにはこの村の特産品のルークアップルや郷土料理のシチューライス、色んなものを食べてもらったな。

 この村で収穫した野菜や果物や独自の料理はどれも胸を張って美味いと言えるほどのものだ。

 それを身内だけしか知らないというのはたしかにもったいない。


「いいな、それ。村の人には無料で、旅の人には有料……といってもちゃんと適正な価格で提供することにしよう」


 この村は自給自足が基本だが、普段農作業やらなにやらやっているとどうしても時間がない時もあるしな。もし食堂を作ったら、きっとみんな喜んでくれるだろう。


「わたしもいいと思います。ひとりで食べるより、みんなで食べるごはんはもっとおいしいですから」


 サラの出した案に、ミオも頬を緩めて賛成してくれた。


「肝心の人手は王都で探せばなんとかなるだろう。よかったら私から騎士団長に相談してみよう」

「ありがとう、サラ。そうしてくれると助かるよ」

「わたしも、もし食堂を開くとしたらどんなメニューがいいか考えておきますね」

「あぁ、そうしてくれると助かるよ」


 食の好みは人によって様々だからな。オレが適当に決めるより、料理に詳しいミオに決めてもらう方がいいだろう。

 そうと決まったらこれから頑張るぞ!

 こうして村に食堂を作ることにしたオレは、英気を養うために朝食をたっぷり食べたのだった……。





 朝食を食べた後、ミオとサラと別れたオレは自分の家に一旦戻ることにした。

 まずは村の人たちに食堂を作ることを公表するために、集会を開く準備をしないとな。


 軽い足取りで家に向かって歩いていると、遠くに見知った顔を見つけた。あれはアレンだ。

 アレンはオレに何か用があるのか、険しい表情でまっすぐこちらに向かって歩いてくる。


「おい、お前」

「な、なんだ。オレになにか用か……?」


 っていうかこいつ、いつまで村に居座る気なんだ? サラを引き留めたオレが言えるセリフじゃないが、まさか魔王を倒すことを忘れてるんじゃないだろうな?

 半目で見るオレに構わず、アレンが話を続ける。


「最近サラとミオに優しくされているようだが、あんまり調子に乗んなよ」

「は?」

「ふたりはいずれオレの女になる。お前がどこの誰かは知らないが、傷つきたくないなら今のうちに手放すんだな」

「どこの誰かって……あっ」


 そういえば今のオレは変身を解いている。

 よぼよぼのおじいちゃんの村長が、実はいかつい青年だったなんて秘密、アレンは知らないもんな。

 オレの秘密については基本的に村の人以外には内緒にしているし、面倒くさい事になりそうだからアレンには黙っておこう。


「フン」


 とっさに口をつぐむオレを見て、怯えていると勘違いしたであろうアレンが鼻で笑った。


「じゃあな」


 言いたいことだけ言って、アレンはさっさと去っていってしまった……。


「…………」


 誰もいなくなった道の先を見て、オレは物思いに耽った。

 本来ならアイツのために色々根回しするべきなんだろうが、いざというときアイツにサラとミオを守れるとは思えない。

 こんなことを考えるだなんて、オレもとんだ原作クラッシャーだな……。


 ……だが、同時に思うこともある。いくら原作が好きだからといって、本当に守るべきものを履き違えてはいけない。

 それに、この世界のアレンはなんだか変だ。しばらくはアイツのことを警戒することにしよう。

 そう心に決めたオレは、誓いを立てるようにぎゅっと拳を握りしめたのだった……。

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