第11話 なんて日だ
次にオレが目を開けた時には、薄暗い部屋の中にいた。
「あれ……ここは……」
「ようやく目が覚めたか」
下卑た声に顔を上げれば、オレの前にはガラの悪そうな男ふたりがいた。
「あんた、王都の近くにある村の村長なんだってな」
「それはそうじゃが、あんたたちは……」
「悪いがオレたち金に困っていてな。これからお前を利用して、村のやつらに金を要求させてもらうぜ」
どうやらオレは縄で腕ごと胴体を縛られているみたいだ。
近くにはミオがいて、オレと同じように縄を縛られたまま気絶している。
なんだ、一日に二回も盗賊に遭うだなんて今日は厄日か? オレが眉根を寄せていると、ひとりの男が背を向けた。
「腹減った。メシ行こうぜ」
「メシって、人質放っておいていいのかよ」
「何言ってんだよ。ジジイと女になにができるっつうんだ」
「それもそうだな」
能天気な男ふたりが部屋から去っていく。
「…………」
男ふたりの足音が聞こえなくなったことを確認してからオレは腕に力をこめて、胴体に巻かれた縄を引きちぎった。
その後懐を確かめてみたが、護身用に持ち歩いていた短剣は取り上げられてしまったみたいだ。
もし武器が必要になったらその場で調達すればいいだろう。
それよりこの先老人の姿じゃいざというとき動きにくい。
いつもの姿に戻ってから、オレはミオに近づいた。
「ミオ、ミオ」
辛抱強く身体を揺すると、ミオがゆっくりと目を覚まして起き上がった。
「グランさん……?」
「静かに。今縄をほどいてやるからな」
巻かれた縄を手で引きちぎると、自由に動けるようになったミオはきょろきょろと周囲を見渡した後首をかしげた。
「あれ? ここは……」
「落ち着いて聞け。どうやらオレたちは盗賊に捕まったみたいだ」
「そんな……」
「しかもオレが村長であることがバレで、今から村の人たちに身代金を要求するらしい。もちろん、そんな真似はさせない。今すぐここから出るぞ」
「で、でも……。わたしたちだけで、ここから出られるのでしょうか……」
ミオはすっかり恐怖で顔が青ざめている。
王都でオレと楽しく遊んでいたら、いきなり盗賊に捕まってしまったのだ。ミオが怯えるのも無理はない。
本来なら慎重に脱出する計画を立ててここから出るべきなのかもしれないが、オレたちがもたもたしている間に村の人たちが危ないと思うとじっとしていられない。
「大丈夫だ、ミオ。お前はオレが守ってやる」
「――!」
今のオレの言葉がよほど心に響いたのだろうか。オレの目の前でミオが強く息を飲んだ。
本人には絶対に言えないが、お前はこのゲームのメインヒロインだ。
ここでお前になにかあったら原作の展開が大きく変わってしまう。
……それに、ミオはオレの大事な村の一員であり、幼なじみでもあるからな……。
ならばなおさら、オレが命に替えても守り抜かなければいけない存在だ。
「立てるか?」
「ありがとうございます……」
手を貸してミオを立ち上がらせたオレは、周囲に盗賊がいないか用心しながら部屋を出た。部屋を出た先は長い通路が続いていた。
なるべく足音を立てないように通路を歩き、開けっ放しのドアの前で一旦立ち止まる。
この先の部屋の中には、イスに座って新聞を読んでいる男がいた。
「ミオ、ここでじっとしてろよ」
ミオに声をかけてから、オレは音もなく男に詰め寄った。
「何者だ!?」
遅れて反応した男が、新聞を放り投げてイスから立ち上がった。
男が剣を抜く前に、オレは左胸に力強い掌底をお見舞いした。男は呆気なく気絶してしまった。
ふぅ……。いつもは魔物と戦ってばかりだから対人戦は緊張するな……。
「グランさん……?」
オレが深い息をついていると、後ろからミオの声が聞こえてきた。
「いつの間にそんなに強くなったんですか……?」
振り向けばミオはとても怯えた顔をしていた。
そういえばミオにオレが戦うところを見せるのはこれが初めてだな……。
「驚いたか?」
「はい。噂には聞いていましたが、まさかここまで強いとは思いませんでした……」
今のオレは化け物みたいに見えているのだろう。
ミオは気まずそうにオレから視線をそらしている。
……こうなった以上、正直に話すしかないか……。そう思ったオレはミオに向き直った。
「……ミオ。お前に言わなきゃいけないことがあるんだが、この前魔物が村を襲撃してきただろう。実は、ああなることは前から知ってたんだ」
「え……えぇっ?」
「王都の高名な占い師に、近いうちに魔物が村を襲撃すると聞いてな。お前には内緒で、事前に村のみんなで対策を練っていたんだ」
「そっ、そんな大事なこと、どうしてわたしに黙っていたんですか!?」
「それは、お前を守りたかったからだ!」
「!!」
オレの言い分に納得してくれたのだろうか。ミオはそれ以上なにも言わずに、急激に頬を赤らめて黙ってしまった。
ミオを守るというのはもちろん建前で、本当は原作の展開をこれ以上変えたくないだけなんだが……結果的にミオのことはちゃんと守っているし、細かいことはこの際いいだろう。
「それに、これは村を守るためにみんなに隠れて必死に努力して身につけた力なんだ……」
昔のことを思い出して、己の拳をぎゅっと握りしめる。
ゲームの序盤でこの村は滅んでしまう。
その運命を回避するためにオレは人知れずダンジョンにこもってはステータスを限界まで強化して、分不相応な強さを身につけた。
「村を、守るために……」
ミオがどこかぼうっとした様子で、オレの言葉を復唱する。
「怖いかもしれないが、お前を危険な目に遭わせたくない。だから、ここを出るまででいい。オレのことを信じてくれ」
祈るような気持ちで言うと、ミオはとんでもないと言わんばかりにかぶりを振った。
「大丈夫ですよ、グランさん。さっきはちょっと驚いちゃいましたが、理由を聞いて、あなたの強さに納得しました」
「じゃあ……」
「えぇ。ここを出るまでの間、わたしのことを守ってくださいね」
ほどよく膨らんだ胸に手を添えて、ミオがちょっぴり恥ずかしそうにはにかんだ。
それはゲーム中にアレンに言ったセリフじゃないか……! 不覚にもきゅんとしてしまったが、オレの推しはあくまでもサラだ。
「先に進むぞ」
気を取り直してオレとミオは、出口を目指して歩くことにした。




