クズ王グランス、オタクな精霊に挑発。そして……
ズシンズシンと、まるで雷が歩いているかのような足音が森中に響き渡りました。
そしてルルーク様の言った相手、私が憎んでいる魔物の王が応えました。
「ほう……やるではないか。金髪の男」
お父様やお母様、そして屋敷にいる従者を殺した魔物の王──グランスが現れました。
ルルーク様は立ち上がり、私を引っ張りながらグランスに話しかけます。
「不意打ちとか古典的で卑怯で姑息だなぁ。それでいいのかよクズ王さんよぉ」
「随分余裕だな金髪。貴様、何故私を知っている? 名乗れ」
「俺はルルーク。セリスちゃんを助けるために来た金髪イケメンだこの野郎」
「自分デ言ウノカ」
「事実じゃん?」
私の目の前にいるルルーク様がそう言った直後、後方にいる私に指で合図を送りました。
振り返ると姿は見えませんが、何やらガサガサと音がしています。
恐らく、グランスが連れてきた魔物達でしょう。
……囲まれてしまいました。
身動きが下手に取れない状況になってしまいました。
私達のその状況を嘲笑うように、グランスは余裕の表情で続けて話しかけてきます。
「その娘を渡せ。さすれば貴様の命だけでも助けてやる」
「嫌に決まってんだろクズ。俺は彼女を助けるためにこの世界に来たんだよ……多分」
「言イ切レ」
「何故助ける必要がある」
「……あ?」
グランスがルルーク様に問いかけます。
確かにその疑問は最もです。
考えてみれば、ルルーク様が私を救おうとする理由が分かりません。
今の私は堕ちた令嬢。
後ろ盾も何もありません。
「その娘には我々魔族の繁栄に役立つ。それ以外に用途はないだろう」
バルレアンという国一つを落とした原因です。
……魔力を持っているばかりに。
こんな私は、呪い以外の何ものでも──。
「おい。そのクッセェ口閉じろ。二度とそんな腐った思想をぶちまけんじゃねぇ」
「……なに?」
「ルルーク様……?」
「何かに役立つとか、役立たないから要らないとか、そんな冷たい考えは世間だけで充分だわこの野郎。俺が彼女を助けたいのはなぁ──」
ルルーク様が私に振り返り、微笑みながら言いました。
「君が大好きだからだよ。セリスちゃん」
ルルーク様のその優しい声、優しい顔がお母様やお父様を連想させて、思わず涙をポロポロと頬に流してしまいました。
「だから嫌だね。絶対に渡さない」
「……ふ。後悔するなよルルーク!!」
グランスはそう言った直後、パチンと指を鳴らしました。
そして周囲にいたと思われる魔物達が、私達に飛びかかってきました。
「セリスヨ。我ヲ使エ」
「エ、エクス様!」
「剣術ハ習ッテイルナ?」
「は、はい!」
「デハユクゾ」
エクス様を握りしめ、私は魔物へ斬りかかりました。
実戦すること自体初めてです。
なのにまるで今までずっと使い続けたかのように、剣が思うように動きました。
「ぐぎゃああっ!!」
魔物の叫ぶ声が耳をつんざきます。
……今までの鬱憤を晴らさせていただきます。
「中々ヤルナ。セリス」
「お、お褒めいただき恐縮です……」
「おい。セリスちゃんとイチャイチャするんじゃないぞスケベ剣!」
「い、いちゃいちゃ……?」
「……無駄口ヲ叩ク暇ガアルナラ応戦シロ」
「言われなくとも!」
ルルーク様がそう言って、グランスとは正反対の光の魔法を放ちます。
魔物達がその魔法を至近距離で受け、森林のあちこちへ吹っ飛ばされます。
ルルーク様はニカっと笑いながら、振り返ります。
「どうよ?」
「……魔法ダケハ凄イナ貴様」
「おい。魔法『だけ』ってなんだ」
「事実ヲ言ッタ。褒メテルゾ」
「あん?」
「ル、ルルーク様! 次来ます!」
「おっとぉ!!」
その後も魔物達との攻防が続きました。
順調に魔物達を倒していきましたが、違和感がありました。
グランスが攻撃を仕掛けてきません。
というよりも、魔物達と戦い始めてからグランスの影が見当たりません。
一体どこへ──。
「もらった」
背筋が思わずビクつくような声が聞こえた直後、私は飛ばされました。
尻もちをついただけで怪我は負いませんでした。
けれど──。
「ルルーク様!?」
私を飛ばしてくれたのはルルーク様でした。
その理由は、後方から私を襲おうとしたグランスの手から逃すためです。
肝心のルルーク様は大量の血を、腹部から垂れ流していました。
グランスの手が、そこに貫通していました。
これは。
まずい、です。
どうにか、しないと。
グランスは、嘲笑ってルルーク様に喋りかけました……。
「かかったなルルーク。貴様ならあの娘を庇うと思っていた」
「……ぐはっ」
地面にルルーク様の血が滴ります。
駄目、です。
「ルルーク様!!! ルルーク様ぁ!?」
必死に私は叫びます。
動かないといけないのに。
目の前の光景を見て、腰が抜けて動けません。
「ぐははははっ!! 我は勝機を伺っていたのだよ!」
「……っ」
「哀れだなぁ娘! そしてルルーク! ここで貴様は──」
「かかったのはテメェだ……クズ王……!」
「……何、だと?」
ルルーク様は苦しそうにしながらも、笑いながらグランスの手を握りしめました。
一体。
何をしようとしてるのです。
「テメェはもう逃げられねぇぞ。クズ王」
「き、貴様。一体何をしているのだ!?」
「セリスちゃん! エクスカリバーンを!!」
突然呼びかけられて、私は何とか立ち上がりました。
エクス様を握りしめます。
「エクスカリバーンの力を! このクズ王に叩き込むんだ!」
「な、何だと!!?」
「ル、ルルーク様!!?」
何を言っているのです。
そんなことをしたら……。
「そ、それでは、ルルーク様にも……!!」
「それでいいんだセリスちゃん……!」
「何、言って……!?」
「セリス、ちゃん。君はきっと、自分の魔力は呪いとか、そんなこと考えてるだろ……」
「え……?」
「それは、今からエクスカリバーンを通して、奇跡になるんだ、シナリオ通り、ならな」
「何を、言ってるんです……」
「だから早く、セリス……!!」
「ぐっ!! 離せ!! この外道がぁっ!」
「どっちが、だよ……!」
思考できません。
いえ、思考を放棄したいです。
だってここで言う通りにしたら、ルルーク様は無事では済みません。
「セリス。奴ノ言ウ通リニシロ」
エクス様が静かに喋りかけます。
「……でき、ません」
「……奴ハ覚悟シテル」
「……で、でも」
「奴ノ意志ヲ、無駄ニスルナ」
「……!」
「力ヲ込メロ。セリス」
……私はエクス様に力を込め、剣をグランス達に向けます。
意識を集中させ、魔力をエクス様に込めるイメージをします。
すると神々しい光がより増して、辺りに光の魔法が集まりました。
「準備ハデキタ。ヤルゾ」
「……くっ」
私はエクス様を掲げました。
ルルーク様が吐血しながらも、笑顔を見せてくれました。
こんなの、嫌です。
それでも。
やらなくちゃ。
いけません……。
私はエクス様を──。
「うぁぁああああっ!!!」
振り下ろしました。
閃光が走り、グランスとルルーク様に襲い掛かりました。
「一緒に地獄行きだ。クズ王……!」
「おのれぇぇええええええっ!!!!!」
グランスの断末魔が森中に響き渡りました。
魔物の王、グランスは光の魔法と共に跡形もなく消えました。
その閃光が消えるまで数秒間、全身の力が抜けました。
けれど、休んでいられません。
「ルルーク様!!!」
私はルルーク様へすぐ駆け寄りました。
腹部に穴が開き、苦しそうな顔を浮かべるルルーク様の元へ。
それでもルルーク様は、笑顔を忘れません。
「ぐは……きっつ……。ざまぁみろクズ王……」
「い、今すぐ治療します!!」
私は必死に回復魔法を、ルルーク様にかけます。
傷が、中々塞がりません。
「よかった……シナリオ、通りだったな」
「ル、ルルーク様……」
「……これで君は自由の身だセリスちゃん」
「……喋らないでください」
「……シナリオ通りなら、俺はもうすぐ死──」
「喋らないで!!!」
私はルルーク様の言葉を遮りました。
……聞きたくありません。
ルルーク様はそれでも笑顔を忘れませんでした。
「……やめて、ください」
「……まぁ、確かに、苦しいかも」
「……苦しいなら、無理しないでください」
「……それでも、俺は最期までそうするさ」
「最期じゃないです! 絶対に助けます……!!」
「……これが俺の運命、だから」
「そんなの、認めません……!」
「……」
「……ルルーク、様……?」
ルルーク様が、返事をしなくなりました。
……嫌です。
待って。
待ってください。
私はまだ。
貴方に何も返せていません。
……貴方が私の運命を変えるために来たというなら。
私も、貴方の運命を変えてみせます。
絶対に。
恩返しします……。
ルルーク様……!