バルレアン近くの森でマスター的なソードがあるらしいよ
ルルーク様に助けられてから数日、私は馬車に揺られていました。
ルルーク様も、もちろんご一緒です。
ルルーク様が嬉々として私に話しかけてきます。
「セリスちゃん。大丈夫かい? 辛かったら何でも俺に言ってね」
「は、はい大丈夫です。お気遣い感謝致します」
「あらやだ自然なご令嬢ムーブ……ステキ」
「そ、そうでしょうか……?」
「そうよ……ウッフフ」
たまにルルーク様は、一人称が変わったり語尾が女性口調になったりします。
変わった殿方ですが、本当にいい人なのはこの数日間で伝わりました。
武器や防具を揃えてくれたり、交通手段である馬車を魔法で即座に作ってくれたり、お洋服を新調してくれたり、10分刻みで「セリスちゃん。大丈夫かい」と先程の言葉をかけてくれたり……。
最後の一言に関しましては流石に過保護がすぎるように感じますが、それもルルーク様の優しさから自然と出てきてしまうのでしょう。
「あの。ルルーク様」
「んん? どぉしたのぉ?」
「今更なのですが……この馬車はどこへ向かっているのでしょうか?」
「ウッフフフ……ハッピーエンドの鍵を見つけるんだよ」
「ハッピーエンド……?」
御伽話のことでしょうか。
毎回ルルーク様の言葉を上手く汲み取れないのが悔しいです。
もっと理解したいのに。
「おっ? あそこかな?」
ルルーク様は馬車の前方を見ながら、そう言いました。
その方向には、バルレアンの近くにある大森林が見えていました。
小さい頃、私はお母様やお父様にあそこには絶対に入るなと忠告されてきました。
その理由を聞くと、一度入ったら死ぬまで迷い続けてしまうらしいのです。
そこに目的の物があるのでしょうか。
正直不安です。
「ルルーク様……まさかあの森に?」
「あぁ心配しなくていいよ! 絶対に俺が君を守ってみせるから! 安心して」
ルルーク様はそう言って、ニカっと笑顔を見せてくれます。
その笑顔と彼の優しい心遣いに、私はこの数日間何度も癒されました。
それ故に、何もお返しできない自分が情けなくて仕方がありません。
「わ、私にできることがあれば何でもやります。ルルーク様」
「オウフ……優し……天使……マイエンジェルセリス……」
「そ、その呼び方はやめてくださいルルーク様……!」
ルルーク様はなぜか大量の涙を流しながら、度々私のことをそう呼びます。
恥ずかしいです。
それにしても、なんだかはぐらかされたような気がしてなりません。
悔しいです。
彼のサポートをしたいのに。
それから数分経つと、目的地の大森林に辿り着きました。
ルルーク様は馬車から降りると、指をパチンと鳴らしました。
すると乗車していた馬車は、一瞬にして無くなってしまいました。
本当にすごいです。
まるで御伽話のヒロインにでもなった気分です。
……少し傲慢だったかもしれません。
ですが、ルルーク様がすごい人だというのは事実です。
肝心の彼は大森林の入り口で「レツゴ!!」と私に声をかけます。
相変わらず言葉の訛りが多い方です。
私は彼の後を追って、大森林の中へ向かいました。
……そういえばこの数日間、道具の準備や武器の手入れをしていたせいか彼のことを聞きそびれていました。
一体彼はどこからやってきたのでしょう。
彼の後を追いながら、私は問いかけました。
「ルルーク様」
「なーんだい?」
「ルルーク様は、一体どこからやってきたのですか?」
「え」
「え?」
もしかして、聞いてはいけないことだったのでしょうか。
だとしたら失礼なことをしてしまいました。
「ご、ごめんなさいルルーク様。言いづらいことであれば無理にとは……」
「あぁいや。別に無理ではないんだけどね。ただ……どう説明すればいいのやら」
「そ、それほど複雑な事情が……?」
「うーん。俺はかるーく考えてるけどね。リアルよりこっちの方が絶対楽しいし、セリスちゃんいるし……」
「りある……?」
「ちょっと話長くなるけど、いい?」
「はい。ぜひお聞かせください」
歩きにくい森林の道を歩きながら、彼は私に説明しました。
まず彼が異世界からの転生者であること。
そして私のことや私の周囲の人達のことも、その世界で既に知っていたということ。
それから彼が私の運命を変えるために、この世界の常識を一部変えようとしていたということ──。
「ってルルーク様……! 話が全然軽くないじゃないですか……!?」
「そーお?」
「そうです! そんなのまるで御伽話で聞く神様……いや、そもそもルルーク様の使う魔法もよくよく考えれば異常でしたし、そう考える方が妥当なのでしょうか……?」
「まぁ、この世界の一部を改変しようとしたっていう意味ではそうかもねぇ。そんなことよりセリスちゃん」
「そ、そんなことより?」
ルルーク様のいた世界では、異世界の創造や運命を捻じ曲げたりすることは容易でありふれたことなのでしょうか。
なんて恐ろしい世界なのでしょう。
ルルーク様が前方を指さします。
どうやら道が二つに分かれているようです。
ルルーク様は相変わらず、私に楽しそうに話しかけます。
「フフフ。心配する必要はないよセリスちゃん。こういうのは法則性があってね」
「法則性……?」
「こういう時は……左、かな」
確かに人間というのは左右に道が分かれていたら、左を選ぶというのを雑学として習いました。
なるほど、人間の直感は正しいということですねルルーク様。
「ついてきたまえ」
「はい!」
やはりルルーク様は凄いです。
私は彼の背中を追いました。
するとまた同じような分かれ道が見えてきました。
ルルーク様は「左だね☆」と私にウィンクをしました。
なぜウィンクしたのかは分かりませんが、並々ならぬ自信がルルーク様の言動から感じ取れます。
するとまた分かれ道。
ルルーク様はそれでも「左」と冷静に言いました。
一貫してますねルルーク様。
するとまた分かれ道、分かれ道、分かれ道……。
数分ぐらい経ちました。
流石に心配になってきました。
ルルーク様も心なしか、焦っているように見えます。
あまり考えたくないことが、頭に浮かんでしまいます。
「ル、ルルーク様……。これって」
「あれ……あの理論って右だったっけ……」
「ルルーク様!?」
「だ、大丈夫大丈夫! まだ慌てるような時間じゃない……うん」
「ほ、本当ですか?」
「お、おん……」
分かれ道が再度見えてから、ルルーク様は「逆だったかもしれねぇ……」と言い、右へ曲がりました。
するとまた別の分かれ道が──。
「ま、迷いましたね……」
「……ごめん。まじごめんセリスちゃん」
「い、いえ。私の方こそ、任せっきりだったので謝る必要は……」
「優しさが余計に沁みる……よし。俺の頬をぶってくれセリスちゃん」
「何がよしなんですか!? ぶちませんよ!?」
「そっか……」
なぜ残念がるのでしょう。
しかし困りました。
……ですがこれは逆にチャンスかもしれません。
ルルーク様のお役に立てるかもしれません。
何か私にできることは……。
「ルルーク様」
「何だい……」
「その。ルルーク様の魔法で目印を付けることは可能でしょうか……? そうすれば見つけた時、別の道を選択できるかもしれません……」
私がそう提案すると、ルルーク様は驚いて声も出ない様子。
やはり、安直すぎたかもしれません──。
「天才?」
「へ」
「いや天才だよ君。流石セリスちゃん! さすセリ!」
「そ、そうですか……??」
大袈裟にルルーク様が誉めてくれます。
お役に立てたのなら良かったです。
「まじまじ。マイエンジェルセリス」
「それはやめてくださいルルーク様……」
かくして、ルルーク様の魔法で分かれ道になった際に、印を定期的に付けていきました。
時間は少々かかりましたが何度もその行動をした結果、開けた場所にたどり着きました。
良かったです。
ルルーク様が「おっ! ちゃんとある!」と前方に視線を向けながら言いました。
私もルルーク様に倣って、前方を確認しました。
そこには古びた剣が、大木の側にある台座に突き刺さっていました。
神々しい光が剣を覆っています。
ルルーク様は「まじで緑服の勇者のアレ……もう少し設定いじれば良かったかなぁ」と何やら意味深なことをぶつぶつと言っています。
「ル、ルルーク様。あの剣は一体……?」
「フフフ……よくぞ聞いてくれたセリスちゃん。あれがハッピーエンドの鍵だよ」
「あれが……鍵」
御伽話ではなかったみたいです。
「あの剣であのクズ王をぶっ倒すんだ」
そう言いながら、ルルーク様は剣に触れました──。
「気安ク触ルナ」
その瞬間、ルルーク様とは別の声が聞こえました。
一体誰の声なのでしょう。
「えっ嘘。喋るのお前?」
「無論。悪イカ?」
どうやらあの剣から声が発せられているみたいです。
本当に御伽話で見る光景みたいで、私は驚くことで精一杯です。
対してルルーク様は冷静に対応してました。
あれがルルーク様の世界では普通のことなのでしょうか。
とんでもないです。
「触るなって言ってもさ。抜かなきゃ使えないだろ」
「貴様ノ心ハ汚レテル。出直セ」
「あ? やんのかコラ。こちとら少年心忘れない純度50%のルルーク様だぞ!」
「ル、ルルーク様。落ち着いて下さい!」
「……ソコマデ我ヲ欲スナラバ、娘ニ頼メ」
「わ、私ですか!?」
「ドウシタ。抜ケナイカ?」
剣の稽古は人並みにやってきたつもりですが、こんな立派な剣を私が引き抜くなんて……。
ルルーク様は「何だお前! スケベジジイか! ずるいぞ!」と、何やら怒っています。
何がずるいのかは理解に苦しみます。
「わ、分かりました。私が抜きます」
「近ウ寄レ……娘」
「は、はい」
「嫌だぁ! 何かNTRみたいで嫌だ! 行かないでセリスちゃん!!!」
「五月蝿イゾ。パツキン」
ルルーク様の悲痛な叫びに心が痛みます。
ですがこの剣がルルーク様の言う鍵なのであれば、私がやらなければなりません。
私は力を込めて引き抜こうとします。
「ふ……!!」
「モットダ……モット力ヲ込メロ!!」
「セリスちゃん……」
「ふぅ……!!」
「イイゾ……ソノ調子ダ……」
「セリスちゃん……!!」
「ふぅん……!!!」
「モウ少シダ……!」
「セリスちゃぁんん!!」
「五月蝿イゾパツキン!」
「ふぅん!!!!!」
「ウォオオオオ!!」
「セリスちゃあぁぁぁぁあんんん!!」
私はできる限りの力を込めて、剣を引っこ抜きました。
……少々、はしたなかったかもしれません。
恥ずかしいです。
ですが喋る不思議な剣を引き抜けました。
神々しい光を放っていて、妙に安心する不思議な光です。
「我ノ直感ハ正シカッタヨウダナ」
「直感、ですか?」
「ウム。我ヲ引キ抜ケルノハオ主ガ初メテダ」
「こ、光栄です……!」
「我ノ名ハエクスカリバーン。オ主ヲ主ト認メヨウ」
「よ、宜しくお願いします! エクスカリバーン様! 私はセリス・ランディスです!」
「エクスデ構ワヌ。ソレヨリ、アイツハ何ダ」
エクス様が言うアイツとは、ルルーク様のことでしょう。
「あの方はルルーク様。私を助けて下さった恩人です」
「アンナガリガリガ?」
「ガリガリで悪かったなスケベ剣」
「……我ノ名ハエクスカリバーンだ。二度ト間違エルナパツキン」
「んじゃエクスケベーンだな」
「アッ?」
「あん?」
「お、お二方! 喧嘩はやめてください!」
「あっごめんセリスちゃぁん……」
「何ダコイツ」
「あ、あのルルーク様。私が握ってるエクス様が──」
私が「ハッピーエンドの鍵、なのでしょうか」と言い切る前に、ルルーク様が「危ない!」と言いながら私を押し倒しました。
えっえっえっ。
一体何事ですか。
ルルーク様の顔が近いです。
恥ずかしいです。
私が顔を真っ赤にした瞬間、ルルーク様の頭上を禍々しいオーラが掠りました。
……まさか、このオーラは。
私の思考を読み取っていたかのように、ルルーク様は私が考えている名前を呼びました。
「きやがったな。クズ王」